【完結】旦那様の愛人の子供は、私の愛し子です

なか

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20話

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「ご、ごめんなさい。過ぎた提案をしたわ」

 自身の言葉に慌てて頭を下げようとするが、アウルムは即答した。

「では、そうしようか」

「へぁ?」

 提案しておきながら、あっさりと受け入れた彼におかしな声が漏れ出てしまう。
 しかし私の動揺すらお構いなく、彼は従者に荷物を持ってくるよう手配をしていく。初めて会った時のような手際に思わず声が出た。

「よろしいのですか? 自分で言うのもおかしいですが、ややこしい身の上にいますよ?」

 提案してきながら、彼へ被害が出る可能性を考えてしまう。
 私はジェレドの妻である事に変わりはない。この屋敷に住む事は秘匿だが、私と共に暮らす事が見つかれば逢瀬を疑われるのは必然だ。

 しかし、彼は私の心配でさえも「杞憂」だと切り捨てた。

「俺は、商談により五日に一度ほどしか帰らない。それに……バレなければ問題ないだろう」

 ハッキリと言われて、それもそうだと頷く。
 他に方法見当たらないのだし、私とアウルムにそのような感情の乱れはない。大丈夫だ。
 若干、言い聞かせるように自身を納得させ、奇妙な共同生活が始める事を決めた。


 その夜。ロイのために食事を用意していると、ふとダイニングテーブルに置かれた食事に目線が移る。
 蒸したジャガイモに、茹でた鶏肉。豪奢な器には似つかわしくない、簡素な料理。それらを無言で食し、特に感情も浮かべないアウルムが気になって仕方がない。

「おかあしゃ! きょーのごはん、なに」

「ロイの好きなオムライスだよ、今日は荷物の整理をお手伝いしてくれてありがとうね」
 
「やた!」 

 ソースのかけられたオムライスをロイの前に置くと、瞳がキラキラと輝き出すのが見えた。食べていいの? と問いかけてくるような視線に、微笑みを返して頷く。

「いただきますは?」

「いたらきまふ!」

 興奮して、若干かみかみだったロイの頭を撫でながら。私は再びアウルムへと視線を戻す。
 器は空になっており、もう食べ終わったのが分かる。食後にブドウ酒でも飲んでいるのかと思えば、彼のコップに注がれているのは水であった。

 嫌味でなく、彼の装いや調度品の豪奢さに比べて質素に見えてしまう料理に驚きが隠せない。
 あれだけ儲ける事に長けているのに、使い方は質素倹約なのだから。

「……なんだ、先程から」

 流石に凝視していたのが分かったのだろう、自身で水を汲みながら彼は視線をこちらへと向ける。
 こなれた手付き、私達の前でだけ倹約を装っているという訳ではなく、これが彼の「素」なのだろう。

「あの……食事はそれでいいの?」

「あぁ、別に腹が膨れればいい。何か文句はあるか?」

「いえ……ただ、貴方ならもっと豪勢な食卓なのかと」

「舌は貧しい方がいい。肥えさせれば満足する料理を常に食い続ける必要があるからな」

 そこまで徹底的に益を求めるとは。
 いきすぎだ。と言えればいいのだけど、それをあっさりと受け入れる彼ではないだろう。
 だけど、私はその考えだけには賛同できそうにない。
 
「次にこちらで食事をするのはいつですか」

「ん? 五日後だが」

「そうですか」

「?」
 
 首を傾げ、何かを問いかけようとした彼から逃げるように私はロイの口元を拭う。
 それ以上の追及はなく、食卓を去る彼の背を見つつ私は頬を上げた。


   ◇◇◇
 

 それから五日間、新たな屋敷で過ごす時間は快適であった。 
 洋服を作る作業も好調。なによりも、ロイが遊具で喜んでくれて笑みが絶えない。家人達も加わりロイと遊ぶのが日課にさえなっていた。
 幸せな時間を過ごし、迎えたアウルムが帰ってくる夜。

「これは……どういうつもりだ?」

「貴方の分です」

 食卓に並べたのは、グラタンだ。
「わぁ~」とまるで宝石を見るように瞳を輝かせるロイの対面に、もう一つの器が置かれている。
 私のではなく。アウルムのものだ。

「別に頼んではいない。いつもの食事でいい」

 使用人へ指示を飛ばそうとした彼へ、私は止めた。

「人が生きるには食事は絶対に必要です。豪勢に食べるのは控えても、普通の食事をするぐらいはいいのでは?」

「倹約できることはすべきだ」

「そうやって生きていれば、貴方自身の健康も危ぶまれるわ」

「必要最低限は食っている。料理は食わん」

 考えは変わらないか……まぁ、そう簡単に理念は覆せないだろう。
 美味しい物を食べるのは、心の健康のため。いつも同じ食事、味気のないものを食べていれば心は疲弊する事を危惧したけど、彼は聞く耳さえ持たない。
 諦めて、席に着いた時だった。
 先程までキラキラとグラタンを見つめていたロイが忽然と消えて、アウルムの服を掴み見上げていた。

「あうるう。いっしょたべよ」

「は? お、俺は」

「おかしゃんの、おいしいよ。いっしょ!」

「お、おい!」

 抵抗は出来ず、アウルムはあっさりと席に座らされていき、ロイが匙を手渡す。
 満面の笑みで「たべて~」と呟くロイに、根負けしてアウルムはグラタンを食す。
 途端に、目が見開かれたのが見えた。

「おいし?」

「……あぁ」

 無言で食べ進めていくアウルムに満足したのか、ロイも「いただきます!」と言って食べ始める。アウルムも釣られるように「頂く」と私へ視線を向けた。
 
「また食事を作っておきますので、要らなければ食事の時間をずらしてください」

「……ありがとう」

 最後に呟かれた言葉に、ニマリと笑みを浮かべると彼は視線を逸らす。しかし匙を止める事はなかった。
 ロイの優しさには感謝しないといけないと思いながら、私も匙を手に取った。




 再度五日後、料理の合間に食卓を覗く。
 ロイの対面には、期待したように座るアウルムが居た。
 何気ない会話を重ねているロイと彼を微笑ましく感じつつ、私は作った料理を並べていく。

 本心を明かせば、彼の健康への気遣いは第一の理由ではない。
 私は……こうして食卓を囲みたかったのだ、憧れていた家族のような時間を作ってみたかった。
 叶わぬ夢を今でも抱く自分の未練がましさに辟易する。

 だけど、この微笑ましい時間を今は大切にしたかった。

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