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19話

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「おっきーーい!」
 
「待って、ロイ。おてて繋いで歩こう?」

「うん!」

 見えているのは、本当に大きく豪奢な屋敷だった。
 共に来た家人達も、その様相に感嘆の声を漏らしている。貴族に仕える事が多い彼らでさえ、見える屋敷の華やかさに驚いているようだ。

 招待をくれたアウルムは、何処か自慢気に胸を張った。

「遠慮はしないでいい。今日から暫く、ここが君たちの屋敷となるのだからな」

「本当に……良いの? アウルム。貴方の別荘で暮らしていいなんて」

「あぁ。この屋敷は他国の貴人への宿泊施設として商いをする予定で建てた。だから今のうちに利便性を向上させておきたい。遠慮なく暮らして、不便な点があれば申し出てくれ」

 本当に、商いに関してはアウルムに頭が上がらない。今回の補填案のために私達に貸し出す邸、それすらも後に益となるよう計算しているのだから。

「居住地の移動でゴタゴタとさせてすまないが、洋服の件。どうか頼んだぞ、エレツィア」

「ええ、ここまでしてもらったのだから。期待以上をお待ちください」

「あぁ……頼りにしている」

 頬に笑みを刻み、笑う姿。
 それは作り物の笑みでなく、純粋な言葉から漏れ出る笑みなのだろう。端麗な姿に胸が鳴るのは、気のせいだろうか。

「おかしゃん! こっち、すごーい!」

「どうしたの、ロイ……うわぁ」

 ロイの声に導かれ、訪れた屋敷の中へと歩みを進めた時。見えた光景に感嘆の声が漏れ出てしまう。
 感激したロイが、「すごい、すごい!」笑って飛び回り、私は目の前のソレに目を瞬かせた。

「これは……何。アウルム」

「子にとって住む環境が変わるのはストレスだと思ってな。せめてもと、一通り揃えたつもりだ」

 言葉通り、玄関を抜けた広間には滑り台や、シーソー。その他、子共にとって魅力的な遊具の数々が揃えられていたのだ。どれもロイが喜んでくれる物ばかりで、今もロイは滑り台を滑って大きく笑っていた。

「ありがとう。本当に……感謝しかないわ。アウルム」

「ははは、これも詫びとして受け取ってくれ」

「詫びは、充分過ぎる程に貰っているわよ」

 本当に充分過ぎる。ここまでしてもらって、返す事が何もないのが申し訳ない程だ。
 彼がここまでしてくれるとは思ってもみなかった。

「どうして……ここまでの事を?」

「これから、君と長い商いをするのだから。まぁ、俺からのサービスだと思ってくれ」

 尋ねた言葉への返答は、今後のことを考えてくれているからこそ。彼が私を重要だと思ってくれている事が嬉しく思う。
 あまりの親切に見返りを要求されるかもと警戒したが、気にする必要は無いかもしれない。

「充分です……ロイが喜ぶ事をくれて、本当に感謝しています」

「あぁ、出来れば。どの遊具を一番気に入ったのか聞いておくようにな。商いに使えるかもしれん」

 ロイの喜ぶ姿にどのような商いを企んでいるのか、卑しささえ感じる笑みを見せる彼に思わず苦笑がこぼれてしまう。
 補填の提案や、彼の意外な提案に驚いたけれど、こうして次の商いの準備に私達がちょうど良かったのだろう。
 これなら、気兼ねなくこの屋敷を使っても問題なさそうだ。

「では、私達は荷卸しがありますので失礼するわ」

「あぁ、また経過報告を聞きに来る。自由にしてくれ」

 カレン達が荷物を屋敷へと持ってきてくれて、すれ違いにアウルムが屋外へと歩いていく。自邸に帰るのだろうと、頭を下げて彼を見送った。

 のだけど……彼は自身の従者になにやら報告を受けて立ち止まった。
 見える表情は笑みから一転し、頬が引き攣って青ざめている。

「どうしました、アウルム」

 思わず、声をかけてしまう。心配してしまう程に彼らしくない憔悴した様子だったから。
 いつもの自信満々な表情はどこへやら、彼はぎこちなく笑って言葉を返した。

「本邸に、俺の両親がやって来ているようだ」

「……何か不都合があるのですか?」

「正直に言って、両親と顔を合わせたくはない。両親が帰ってくるときは、大抵が金の無心だからな」

 吐き捨てるように言った彼に、軽々しく「そんな事はありませんよ」などとは言えなかった。
 ウィンソン家はアウルムが代を継ぐ前、借金や面倒事を頻繫に起こしている事で有名であった。私も何度か父が愚痴を吐いているのを聞いた事がある。
 それらの悪名を次代のアウルムが立て直したからこそ、より一層の注目があったのだ。

「普段は別荘で暮らしているのだが、大方金が尽きてせがみに来たのだろう。暫くは帰れそうにないな」

 虚しく笑うアウルムが、何処か可哀想にも見えてしまう。
 商いに聡く、自信満々な彼でも私と同じく苦手な人や嫌悪する相手がいるのだと、同情と共に妙な共感を感じた。

 だからなのか、自分でも意外な行動をとってしまう。

「良ければ、この邸で貴方も過ごしますか?」

 彼の手を取り、自分でも大胆だと思う提案をしたのだから。

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