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ほどけぬ糸④
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「ジェレド、私のために……この邸を建ててくれたの?」
「そうだよ。君を独りにはさせないためにね」
リエスの柔らかく、細い手を握って歩む。共に過ごす事になる邸へと。
鉱山近くに急遽として建てた邸、そこへリエスと共に過ごす。この日を焦がれて、待ち続けていた。
見えるのは、豪奢な装飾と綺麗な庭。リエスの好きな薔薇を取り寄せて作った薔薇園が出迎えてくれる。
「す……すごいよ。ジェレド」
「君に見せても、恥ずかしくはないようにしておいたんだ」
正直に言って、費用はかさんでしまった。しかし、金鉱脈さえ掘り当てる事が出来れば帳消しに出来る。何よりも、リエスと過ごす時間を一時でも長く過ごすため。この出費は必要な事だ。
「ジェレド愛してる! ……私ね、まだ会った事もないロイ君と、ここで一緒に暮らす日々が想像できちゃった」
「あぁ、俺もだ」
「ここで、一緒に暮らせば。私達はきっと幸せな家族になれるはずよ」
ここで、共に。
庭の庭園ではしゃぐロイと。それを見て微笑む俺とリエス。
想像するだけで、甘美な程に幸せな光景だった。家族として、ここから始めよう。
今は別々だけど、きっと一緒に過ごせるはずだから。
「ほら、リエス。中に入ろう」
「ええ、ジェレド」
手を引いて、リエスと共に愛を育んでいこう。
いずれロイを含めて家族になる、その夢を抱きながら俺とリエスは邸へと足を進める。幸せを夢見ながら。
◇◇◇
「なにを……なにをしているのだ! ジェレド!」
呼び出された一室、叫びにも近い激昂の声に肩が大きく跳ねてしまう。目の前にいる、我が父の怒りに染まった表情を見れば、冷や汗が止まらなくて。目線を合わせる事が出来なかった。
「金鉱脈事業を任せて、三ヶ月。音沙汰もないと思い、調べてみれば……金は欠片もなく、挙句に予算を横領して屋敷を建てただと!? お前が作った債務は三千万を超えているのだぞ! どうする気だ!」
「……」
言い訳の言葉すら出なかった。アウルム殿に警告されていた言葉を無視して、金が採掘できる前提で建てた邸は今や、債務の塊となってしまっている。
リエスと濃密な時間を過ごしていたが、金が発見出来ない報告を受ける日々。この一か月、食事が喉を通らずに心は疲弊していた。
(こんな……つもりはなかったのに)
いつもこうだ。浅はかな判断で、失敗してしまう。後悔しても、懺悔しても失った物は取り戻せない。いつまで経っても、成長ができない自分自身に腹が立つ。
「金鉱脈の事業はこれ以上の負債を抱える前に終了だ。お前が建てた屋敷も売り払う」
「そ……そんな、お父様。屋敷は残せないでしょうか?」
「馬鹿者! 報告を受けているぞ、お前が不倫している相手と逢瀬するための屋敷だろ。わざわざ不貞の証拠を残す馬鹿が何処にいる!」
「っ!!」
「エレツィア殿には申し訳ないが、これ以上謝罪金がかさむ行為は避けろ。私達はお前が愛する者と再婚を望む事に否定はしない。だが、跡取りである子供を失う可能性が高い事だけはするな」
切り捨てるような言葉、父は俺をローレシア家の当主にする事を諦めているのだろう。かつての愛人との間に産んだ子、ロイだけが血を継ぐ正式な跡取り候補。例え、様々な噂が立ち込めようと、俺よりもロイを当主にする選択が益と判断されたのだ。
情けない……本当に。
こうして、金鉱脈事業は俺の失態によって終わりを迎えた。
落ちた肩に、父は二度と励みをくれる事はない。リエスには自身の屋敷へ帰ってもらい、俺も建てた邸に別れを告げて、重い足取りでエレツィアの待つ屋敷へと帰る。
どのような表情で会えばいい、『応援しております』と言ってくれた彼女に合わせる顔がない。
下を向く視線が上がることはなく、久方ぶりにたどり着いた屋敷。違和感に気付いたのは直ぐだった。
出迎えてくれるはずの家人がいない。エレツィアも、ロイも……人の気配すらない。
「な、なんだ? 何処にいる? エレツィア! ロイ!」
叫んでも、答えは返ってこない。ただ虚しく叫びがこだまする。
訳も分からず、途方に暮れていると私室に文が残されてる事に気付いた。その内容に膝を落としてしまう。
エレツィアが、俺の負債を肩代わりしてこの屋敷を売り払ったのだ。住む場所を失った彼女は、現在は知人の元でロイと家人を含めて面倒を見てもらっているという内容が書き記されていた。
最後に『私が戻るのは、この屋敷です。取り戻して頂く事を願います』という言葉も記されている。
三千万ギルで売られた屋敷……。直ぐに用意できる額ではなく、思考が絶望に染まっていく。
(どうして、俺の手からは……多くの事がこぼれ落ちていくんだ)
分かっている。自分の過ちが最も悪い事は。
だけど、もぬけの殻となった屋敷の中。俺は孤独に悲泣の声を漏らしてしまう。
(寂しい……独りは嫌なんだ)
絶えず流れていく涙、今は深く考える事も出来なくて屋敷を後にする。落ちた肩と視線、沈み切った心境の中で向かうのは、リエスの元。
この寂しさと、虚しさを埋めるため。愛してくれる彼女の元へ向かう足を止める事は出来なかった。
「そうだよ。君を独りにはさせないためにね」
リエスの柔らかく、細い手を握って歩む。共に過ごす事になる邸へと。
鉱山近くに急遽として建てた邸、そこへリエスと共に過ごす。この日を焦がれて、待ち続けていた。
見えるのは、豪奢な装飾と綺麗な庭。リエスの好きな薔薇を取り寄せて作った薔薇園が出迎えてくれる。
「す……すごいよ。ジェレド」
「君に見せても、恥ずかしくはないようにしておいたんだ」
正直に言って、費用はかさんでしまった。しかし、金鉱脈さえ掘り当てる事が出来れば帳消しに出来る。何よりも、リエスと過ごす時間を一時でも長く過ごすため。この出費は必要な事だ。
「ジェレド愛してる! ……私ね、まだ会った事もないロイ君と、ここで一緒に暮らす日々が想像できちゃった」
「あぁ、俺もだ」
「ここで、一緒に暮らせば。私達はきっと幸せな家族になれるはずよ」
ここで、共に。
庭の庭園ではしゃぐロイと。それを見て微笑む俺とリエス。
想像するだけで、甘美な程に幸せな光景だった。家族として、ここから始めよう。
今は別々だけど、きっと一緒に過ごせるはずだから。
「ほら、リエス。中に入ろう」
「ええ、ジェレド」
手を引いて、リエスと共に愛を育んでいこう。
いずれロイを含めて家族になる、その夢を抱きながら俺とリエスは邸へと足を進める。幸せを夢見ながら。
◇◇◇
「なにを……なにをしているのだ! ジェレド!」
呼び出された一室、叫びにも近い激昂の声に肩が大きく跳ねてしまう。目の前にいる、我が父の怒りに染まった表情を見れば、冷や汗が止まらなくて。目線を合わせる事が出来なかった。
「金鉱脈事業を任せて、三ヶ月。音沙汰もないと思い、調べてみれば……金は欠片もなく、挙句に予算を横領して屋敷を建てただと!? お前が作った債務は三千万を超えているのだぞ! どうする気だ!」
「……」
言い訳の言葉すら出なかった。アウルム殿に警告されていた言葉を無視して、金が採掘できる前提で建てた邸は今や、債務の塊となってしまっている。
リエスと濃密な時間を過ごしていたが、金が発見出来ない報告を受ける日々。この一か月、食事が喉を通らずに心は疲弊していた。
(こんな……つもりはなかったのに)
いつもこうだ。浅はかな判断で、失敗してしまう。後悔しても、懺悔しても失った物は取り戻せない。いつまで経っても、成長ができない自分自身に腹が立つ。
「金鉱脈の事業はこれ以上の負債を抱える前に終了だ。お前が建てた屋敷も売り払う」
「そ……そんな、お父様。屋敷は残せないでしょうか?」
「馬鹿者! 報告を受けているぞ、お前が不倫している相手と逢瀬するための屋敷だろ。わざわざ不貞の証拠を残す馬鹿が何処にいる!」
「っ!!」
「エレツィア殿には申し訳ないが、これ以上謝罪金がかさむ行為は避けろ。私達はお前が愛する者と再婚を望む事に否定はしない。だが、跡取りである子供を失う可能性が高い事だけはするな」
切り捨てるような言葉、父は俺をローレシア家の当主にする事を諦めているのだろう。かつての愛人との間に産んだ子、ロイだけが血を継ぐ正式な跡取り候補。例え、様々な噂が立ち込めようと、俺よりもロイを当主にする選択が益と判断されたのだ。
情けない……本当に。
こうして、金鉱脈事業は俺の失態によって終わりを迎えた。
落ちた肩に、父は二度と励みをくれる事はない。リエスには自身の屋敷へ帰ってもらい、俺も建てた邸に別れを告げて、重い足取りでエレツィアの待つ屋敷へと帰る。
どのような表情で会えばいい、『応援しております』と言ってくれた彼女に合わせる顔がない。
下を向く視線が上がることはなく、久方ぶりにたどり着いた屋敷。違和感に気付いたのは直ぐだった。
出迎えてくれるはずの家人がいない。エレツィアも、ロイも……人の気配すらない。
「な、なんだ? 何処にいる? エレツィア! ロイ!」
叫んでも、答えは返ってこない。ただ虚しく叫びがこだまする。
訳も分からず、途方に暮れていると私室に文が残されてる事に気付いた。その内容に膝を落としてしまう。
エレツィアが、俺の負債を肩代わりしてこの屋敷を売り払ったのだ。住む場所を失った彼女は、現在は知人の元でロイと家人を含めて面倒を見てもらっているという内容が書き記されていた。
最後に『私が戻るのは、この屋敷です。取り戻して頂く事を願います』という言葉も記されている。
三千万ギルで売られた屋敷……。直ぐに用意できる額ではなく、思考が絶望に染まっていく。
(どうして、俺の手からは……多くの事がこぼれ落ちていくんだ)
分かっている。自分の過ちが最も悪い事は。
だけど、もぬけの殻となった屋敷の中。俺は孤独に悲泣の声を漏らしてしまう。
(寂しい……独りは嫌なんだ)
絶えず流れていく涙、今は深く考える事も出来なくて屋敷を後にする。落ちた肩と視線、沈み切った心境の中で向かうのは、リエスの元。
この寂しさと、虚しさを埋めるため。愛してくれる彼女の元へ向かう足を止める事は出来なかった。
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