21 / 60
17話
しおりを挟む
「さて、スッキリした所で……イヤイヤ状態のロイちゃんへの対策を教えてげるわ」
「あ、あるの?」
姉の言葉は、暗闇の中で灯った光のように私の心を前向きに傾ける。自分でも情けないけど、対処法はなかった現状、助言があるなら喉から手が出る程に望んでしまう。
「といっても、私なりの対処法ね。正解なんてないけど、私の経験は教えてあげる」
二児の子を育てた姉の経験談。ロイが寝ている間に拝聴し、その夜から早速試す事を始めた。
いつも通り、ご飯を食べる事を「イヤイヤ」と首を横に振るロイの頭をそっと撫でて、愛しさを全面に押し出して微笑む。
「じゃあ、食べる前に絵本読んであげるよ」
「ほーと?」
「それが終わったら、いっぱい食べようね?」
「うーー……うん」
まずは、無理に私がしたい事をしない。食べて欲しいという都合は押し付けず、嫌なら少し時間を置いて試した。とはいえ、それが毎回成功する訳ではない。根気よく、辛抱強く。時には適当に切り上げたりもする。
「ロイ、お着替えしようか」
「やーーやー!」
「じゃあ、ママとどっちが早くお着替えできるか。競争しようか!」
「っ!!」
ロイに最も効果的だったのは、日々の行動へ遊びを取り入れる事だ。それも私と一緒に行動をする事を、喜んで受け入れてくれる。
絶えず、愛しいという感情を伝えるのを忘れはしない。自分の時間も大事にし、ロイが寝てからはなるべく一人で過ごす時間も増やした。
ロイが自分の感情をコントロールして成長をするように、私自身もロイとの付き合い方を変えて感情を自制する。
そうやって、時間を過ごしていく内、少しずつ……本当に少しずつだけど。ロイは以前と同じように可愛らしく素直な子へ戻っていった。
まだ、イヤイヤは続いてはいるけど。私自身にも心の余裕が生まれている。
(良かった……本当に)
「ママ! おそと! あそぼ!」
以前と同じ、ロイの元気で天真爛漫な姿に微笑みが絶えない。少しだけ遅れて戻ってきた平穏な日々。その中で、アウルムと約束していた百着もの洋服作製へ、本腰を入れて取り組めそうだ。
再び進みだした私の事業。カレンや屋敷の使用人に再び給金を支払いつつ、洋服の作製作業を進めて在庫を増やしていく。
残り三ヶ月となった頃、アウルムが経過の確認のために屋敷へと訪れる。ジェレドは不在のため、今回はカルヴァート邸ではない。
案内した客室。彼は私へ視線を向けた際、微笑を頬に写す。その理由は……たった一つだ。
「随分と、仲の良い親子じゃないか」
「そうね。ありがたいことに」
「うー?」
首をかしげて、戸惑いの声を漏らすロイは私を抱きしめ離さない。「イヤイヤ」は少しずつ減ってきたが、代わりにロイは惚ける程の甘えん坊になっている。可愛らしく、抱きしめながら「おかしゃん」と呼んでくれるこの子に胸がキュンキュンとして、ある意味で作業に集中は出来ない。これは嬉しい誤算だろう。
「ロイ、ママは大事なお話があるから。少しだけカレン達と遊んでこれる?」
「いや、ママといっしょ!」
愛らしくて仕方がない。「いいよ」と即答したいのだけど、アウルムの視線は許してくれそうにない。
「じゃあ、我慢できたら。ロイの好きなお菓子、一緒に作ろ?」
「ほーとに!? ろい、まってる!」
物で釣るのは褒められたやり方ではないけど、今回ばかりは仕方がない。ロイが客室を出ていく背を見送ると、アウルムは小さく息を吐いた。
「すまないな、経過確認だけならあの子も同席でも良かったのだが……今日は別件もある。それは聞かせられない」
彼は珍しく、神妙な表情を見せる。胸がざわつくと同時に問いかけが漏れ出た。
「別件、ですか?」
「あぁ、だがその前に経過確認をする。本題はそちらだ。何着作れた?」
「現在で、約四十着です」
残りの期限は三ヶ月、目標の数字には半分も届かぬ経過報告に、アウルムは当然ながら眉をひそめる。
「大丈夫か?」
当然の問いかけだけど、胸を張って頷きを返す。
「直近の一か月で、余裕を持って二十着を作れたわ。最近は手伝ってくれているカレン達の作製速度も上がってる。必ず期日までには要望通り揃えてみせる」
「そうか……念のため、こちらからも数人。裁縫が得意な人材を派遣するよ」
「っ、ありがとう」
思いがけぬ、彼の援助。らしくない申し出に虚を突かれてしまう。だけど、続く言葉でその真意が分かった。
「君の作った洋服、名家のご婦人方からかなりの好評でな。商品化すれば直ぐに欲しいという声が絶えず、百着でも足りぬ程だ」
胸に希望が宿る報告だ。ロイから着想を得て作った衣服が認めてもらえたのだ。アウルム自身の話術も重なり、好調な始まりとなる。三年後に一億ギルという目標、頂上が見えぬ山では無くなるかもしれない。
「あと三ヶ月後には、想定以上を作製します」
「頼んだ。……それで、別件とは君の夫であるジェレド殿についてだ」
不意に出てきた、ジェレドの名。暫くは屋敷に帰っても来ていなかったために、私の思考の片隅にすら残っていなかった。アウルムの神妙な表情も合わさって、何か厄介な事案があったのかと不安がよぎる。
「なにか、あったのですか?」
「申し訳ないが、あと一か月もすれば彼は帰ってくる可能性がある」
「どうして?」と問いかけが漏れ出そうになった刹那。彼は言葉を続けた。
「想定通り、金は一切採掘出来ていない。それに加えて、彼は当初に組んでいた予算の一部を横領して、俺やローレシア当主にすら明かさず、えらく豪奢な邸を建設したようだ。それも、建設を早めるために多額の予算を組んで……」
啞然としてしまう。何をやっているの、ジェレドは……。
仮初であっても、「応援」していると吐いた私が恥ずかしい程だ。
「その件で彼は約三千万ギルもの損失を抱えてしまった。予算の横領も加えてこれ以上の事業の継続は不可能だとローレシア家当主が判断したようだ」
結果として……彼は両親からの信頼を得るどころか。
最悪な形でローレシア家に多大な損失を与えてしまったようだ。
「あ、あるの?」
姉の言葉は、暗闇の中で灯った光のように私の心を前向きに傾ける。自分でも情けないけど、対処法はなかった現状、助言があるなら喉から手が出る程に望んでしまう。
「といっても、私なりの対処法ね。正解なんてないけど、私の経験は教えてあげる」
二児の子を育てた姉の経験談。ロイが寝ている間に拝聴し、その夜から早速試す事を始めた。
いつも通り、ご飯を食べる事を「イヤイヤ」と首を横に振るロイの頭をそっと撫でて、愛しさを全面に押し出して微笑む。
「じゃあ、食べる前に絵本読んであげるよ」
「ほーと?」
「それが終わったら、いっぱい食べようね?」
「うーー……うん」
まずは、無理に私がしたい事をしない。食べて欲しいという都合は押し付けず、嫌なら少し時間を置いて試した。とはいえ、それが毎回成功する訳ではない。根気よく、辛抱強く。時には適当に切り上げたりもする。
「ロイ、お着替えしようか」
「やーーやー!」
「じゃあ、ママとどっちが早くお着替えできるか。競争しようか!」
「っ!!」
ロイに最も効果的だったのは、日々の行動へ遊びを取り入れる事だ。それも私と一緒に行動をする事を、喜んで受け入れてくれる。
絶えず、愛しいという感情を伝えるのを忘れはしない。自分の時間も大事にし、ロイが寝てからはなるべく一人で過ごす時間も増やした。
ロイが自分の感情をコントロールして成長をするように、私自身もロイとの付き合い方を変えて感情を自制する。
そうやって、時間を過ごしていく内、少しずつ……本当に少しずつだけど。ロイは以前と同じように可愛らしく素直な子へ戻っていった。
まだ、イヤイヤは続いてはいるけど。私自身にも心の余裕が生まれている。
(良かった……本当に)
「ママ! おそと! あそぼ!」
以前と同じ、ロイの元気で天真爛漫な姿に微笑みが絶えない。少しだけ遅れて戻ってきた平穏な日々。その中で、アウルムと約束していた百着もの洋服作製へ、本腰を入れて取り組めそうだ。
再び進みだした私の事業。カレンや屋敷の使用人に再び給金を支払いつつ、洋服の作製作業を進めて在庫を増やしていく。
残り三ヶ月となった頃、アウルムが経過の確認のために屋敷へと訪れる。ジェレドは不在のため、今回はカルヴァート邸ではない。
案内した客室。彼は私へ視線を向けた際、微笑を頬に写す。その理由は……たった一つだ。
「随分と、仲の良い親子じゃないか」
「そうね。ありがたいことに」
「うー?」
首をかしげて、戸惑いの声を漏らすロイは私を抱きしめ離さない。「イヤイヤ」は少しずつ減ってきたが、代わりにロイは惚ける程の甘えん坊になっている。可愛らしく、抱きしめながら「おかしゃん」と呼んでくれるこの子に胸がキュンキュンとして、ある意味で作業に集中は出来ない。これは嬉しい誤算だろう。
「ロイ、ママは大事なお話があるから。少しだけカレン達と遊んでこれる?」
「いや、ママといっしょ!」
愛らしくて仕方がない。「いいよ」と即答したいのだけど、アウルムの視線は許してくれそうにない。
「じゃあ、我慢できたら。ロイの好きなお菓子、一緒に作ろ?」
「ほーとに!? ろい、まってる!」
物で釣るのは褒められたやり方ではないけど、今回ばかりは仕方がない。ロイが客室を出ていく背を見送ると、アウルムは小さく息を吐いた。
「すまないな、経過確認だけならあの子も同席でも良かったのだが……今日は別件もある。それは聞かせられない」
彼は珍しく、神妙な表情を見せる。胸がざわつくと同時に問いかけが漏れ出た。
「別件、ですか?」
「あぁ、だがその前に経過確認をする。本題はそちらだ。何着作れた?」
「現在で、約四十着です」
残りの期限は三ヶ月、目標の数字には半分も届かぬ経過報告に、アウルムは当然ながら眉をひそめる。
「大丈夫か?」
当然の問いかけだけど、胸を張って頷きを返す。
「直近の一か月で、余裕を持って二十着を作れたわ。最近は手伝ってくれているカレン達の作製速度も上がってる。必ず期日までには要望通り揃えてみせる」
「そうか……念のため、こちらからも数人。裁縫が得意な人材を派遣するよ」
「っ、ありがとう」
思いがけぬ、彼の援助。らしくない申し出に虚を突かれてしまう。だけど、続く言葉でその真意が分かった。
「君の作った洋服、名家のご婦人方からかなりの好評でな。商品化すれば直ぐに欲しいという声が絶えず、百着でも足りぬ程だ」
胸に希望が宿る報告だ。ロイから着想を得て作った衣服が認めてもらえたのだ。アウルム自身の話術も重なり、好調な始まりとなる。三年後に一億ギルという目標、頂上が見えぬ山では無くなるかもしれない。
「あと三ヶ月後には、想定以上を作製します」
「頼んだ。……それで、別件とは君の夫であるジェレド殿についてだ」
不意に出てきた、ジェレドの名。暫くは屋敷に帰っても来ていなかったために、私の思考の片隅にすら残っていなかった。アウルムの神妙な表情も合わさって、何か厄介な事案があったのかと不安がよぎる。
「なにか、あったのですか?」
「申し訳ないが、あと一か月もすれば彼は帰ってくる可能性がある」
「どうして?」と問いかけが漏れ出そうになった刹那。彼は言葉を続けた。
「想定通り、金は一切採掘出来ていない。それに加えて、彼は当初に組んでいた予算の一部を横領して、俺やローレシア当主にすら明かさず、えらく豪奢な邸を建設したようだ。それも、建設を早めるために多額の予算を組んで……」
啞然としてしまう。何をやっているの、ジェレドは……。
仮初であっても、「応援」していると吐いた私が恥ずかしい程だ。
「その件で彼は約三千万ギルもの損失を抱えてしまった。予算の横領も加えてこれ以上の事業の継続は不可能だとローレシア家当主が判断したようだ」
結果として……彼は両親からの信頼を得るどころか。
最悪な形でローレシア家に多大な損失を与えてしまったようだ。
116
お気に入りに追加
3,038
あなたにおすすめの小説
断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです
珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。
その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。
そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。
そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。
[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで
みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める
婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様
私を愛してくれる人の為にももう自由になります
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました
あおくん
恋愛
父が決めた結婚。
顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。
これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。
だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。
政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。
どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。
※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。
最後はハッピーエンドで終えます。
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる