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17話
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「さて、スッキリした所で……イヤイヤ状態のロイちゃんへの対策を教えてげるわ」
「あ、あるの?」
姉の言葉は、暗闇の中で灯った光のように私の心を前向きに傾ける。自分でも情けないけど、対処法はなかった現状、助言があるなら喉から手が出る程に望んでしまう。
「といっても、私なりの対処法ね。正解なんてないけど、私の経験は教えてあげる」
二児の子を育てた姉の経験談。ロイが寝ている間に拝聴し、その夜から早速試す事を始めた。
いつも通り、ご飯を食べる事を「イヤイヤ」と首を横に振るロイの頭をそっと撫でて、愛しさを全面に押し出して微笑む。
「じゃあ、食べる前に絵本読んであげるよ」
「ほーと?」
「それが終わったら、いっぱい食べようね?」
「うーー……うん」
まずは、無理に私がしたい事をしない。食べて欲しいという都合は押し付けず、嫌なら少し時間を置いて試した。とはいえ、それが毎回成功する訳ではない。根気よく、辛抱強く。時には適当に切り上げたりもする。
「ロイ、お着替えしようか」
「やーーやー!」
「じゃあ、ママとどっちが早くお着替えできるか。競争しようか!」
「っ!!」
ロイに最も効果的だったのは、日々の行動へ遊びを取り入れる事だ。それも私と一緒に行動をする事を、喜んで受け入れてくれる。
絶えず、愛しいという感情を伝えるのを忘れはしない。自分の時間も大事にし、ロイが寝てからはなるべく一人で過ごす時間も増やした。
ロイが自分の感情をコントロールして成長をするように、私自身もロイとの付き合い方を変えて感情を自制する。
そうやって、時間を過ごしていく内、少しずつ……本当に少しずつだけど。ロイは以前と同じように可愛らしく素直な子へ戻っていった。
まだ、イヤイヤは続いてはいるけど。私自身にも心の余裕が生まれている。
(良かった……本当に)
「ママ! おそと! あそぼ!」
以前と同じ、ロイの元気で天真爛漫な姿に微笑みが絶えない。少しだけ遅れて戻ってきた平穏な日々。その中で、アウルムと約束していた百着もの洋服作製へ、本腰を入れて取り組めそうだ。
再び進みだした私の事業。カレンや屋敷の使用人に再び給金を支払いつつ、洋服の作製作業を進めて在庫を増やしていく。
残り三ヶ月となった頃、アウルムが経過の確認のために屋敷へと訪れる。ジェレドは不在のため、今回はカルヴァート邸ではない。
案内した客室。彼は私へ視線を向けた際、微笑を頬に写す。その理由は……たった一つだ。
「随分と、仲の良い親子じゃないか」
「そうね。ありがたいことに」
「うー?」
首をかしげて、戸惑いの声を漏らすロイは私を抱きしめ離さない。「イヤイヤ」は少しずつ減ってきたが、代わりにロイは惚ける程の甘えん坊になっている。可愛らしく、抱きしめながら「おかしゃん」と呼んでくれるこの子に胸がキュンキュンとして、ある意味で作業に集中は出来ない。これは嬉しい誤算だろう。
「ロイ、ママは大事なお話があるから。少しだけカレン達と遊んでこれる?」
「いや、ママといっしょ!」
愛らしくて仕方がない。「いいよ」と即答したいのだけど、アウルムの視線は許してくれそうにない。
「じゃあ、我慢できたら。ロイの好きなお菓子、一緒に作ろ?」
「ほーとに!? ろい、まってる!」
物で釣るのは褒められたやり方ではないけど、今回ばかりは仕方がない。ロイが客室を出ていく背を見送ると、アウルムは小さく息を吐いた。
「すまないな、経過確認だけならあの子も同席でも良かったのだが……今日は別件もある。それは聞かせられない」
彼は珍しく、神妙な表情を見せる。胸がざわつくと同時に問いかけが漏れ出た。
「別件、ですか?」
「あぁ、だがその前に経過確認をする。本題はそちらだ。何着作れた?」
「現在で、約四十着です」
残りの期限は三ヶ月、目標の数字には半分も届かぬ経過報告に、アウルムは当然ながら眉をひそめる。
「大丈夫か?」
当然の問いかけだけど、胸を張って頷きを返す。
「直近の一か月で、余裕を持って二十着を作れたわ。最近は手伝ってくれているカレン達の作製速度も上がってる。必ず期日までには要望通り揃えてみせる」
「そうか……念のため、こちらからも数人。裁縫が得意な人材を派遣するよ」
「っ、ありがとう」
思いがけぬ、彼の援助。らしくない申し出に虚を突かれてしまう。だけど、続く言葉でその真意が分かった。
「君の作った洋服、名家のご婦人方からかなりの好評でな。商品化すれば直ぐに欲しいという声が絶えず、百着でも足りぬ程だ」
胸に希望が宿る報告だ。ロイから着想を得て作った衣服が認めてもらえたのだ。アウルム自身の話術も重なり、好調な始まりとなる。三年後に一億ギルという目標、頂上が見えぬ山では無くなるかもしれない。
「あと三ヶ月後には、想定以上を作製します」
「頼んだ。……それで、別件とは君の夫であるジェレド殿についてだ」
不意に出てきた、ジェレドの名。暫くは屋敷に帰っても来ていなかったために、私の思考の片隅にすら残っていなかった。アウルムの神妙な表情も合わさって、何か厄介な事案があったのかと不安がよぎる。
「なにか、あったのですか?」
「申し訳ないが、あと一か月もすれば彼は帰ってくる可能性がある」
「どうして?」と問いかけが漏れ出そうになった刹那。彼は言葉を続けた。
「想定通り、金は一切採掘出来ていない。それに加えて、彼は当初に組んでいた予算の一部を横領して、俺やローレシア当主にすら明かさず、えらく豪奢な邸を建設したようだ。それも、建設を早めるために多額の予算を組んで……」
啞然としてしまう。何をやっているの、ジェレドは……。
仮初であっても、「応援」していると吐いた私が恥ずかしい程だ。
「その件で彼は約三千万ギルもの損失を抱えてしまった。予算の横領も加えてこれ以上の事業の継続は不可能だとローレシア家当主が判断したようだ」
結果として……彼は両親からの信頼を得るどころか。
最悪な形でローレシア家に多大な損失を与えてしまったようだ。
「あ、あるの?」
姉の言葉は、暗闇の中で灯った光のように私の心を前向きに傾ける。自分でも情けないけど、対処法はなかった現状、助言があるなら喉から手が出る程に望んでしまう。
「といっても、私なりの対処法ね。正解なんてないけど、私の経験は教えてあげる」
二児の子を育てた姉の経験談。ロイが寝ている間に拝聴し、その夜から早速試す事を始めた。
いつも通り、ご飯を食べる事を「イヤイヤ」と首を横に振るロイの頭をそっと撫でて、愛しさを全面に押し出して微笑む。
「じゃあ、食べる前に絵本読んであげるよ」
「ほーと?」
「それが終わったら、いっぱい食べようね?」
「うーー……うん」
まずは、無理に私がしたい事をしない。食べて欲しいという都合は押し付けず、嫌なら少し時間を置いて試した。とはいえ、それが毎回成功する訳ではない。根気よく、辛抱強く。時には適当に切り上げたりもする。
「ロイ、お着替えしようか」
「やーーやー!」
「じゃあ、ママとどっちが早くお着替えできるか。競争しようか!」
「っ!!」
ロイに最も効果的だったのは、日々の行動へ遊びを取り入れる事だ。それも私と一緒に行動をする事を、喜んで受け入れてくれる。
絶えず、愛しいという感情を伝えるのを忘れはしない。自分の時間も大事にし、ロイが寝てからはなるべく一人で過ごす時間も増やした。
ロイが自分の感情をコントロールして成長をするように、私自身もロイとの付き合い方を変えて感情を自制する。
そうやって、時間を過ごしていく内、少しずつ……本当に少しずつだけど。ロイは以前と同じように可愛らしく素直な子へ戻っていった。
まだ、イヤイヤは続いてはいるけど。私自身にも心の余裕が生まれている。
(良かった……本当に)
「ママ! おそと! あそぼ!」
以前と同じ、ロイの元気で天真爛漫な姿に微笑みが絶えない。少しだけ遅れて戻ってきた平穏な日々。その中で、アウルムと約束していた百着もの洋服作製へ、本腰を入れて取り組めそうだ。
再び進みだした私の事業。カレンや屋敷の使用人に再び給金を支払いつつ、洋服の作製作業を進めて在庫を増やしていく。
残り三ヶ月となった頃、アウルムが経過の確認のために屋敷へと訪れる。ジェレドは不在のため、今回はカルヴァート邸ではない。
案内した客室。彼は私へ視線を向けた際、微笑を頬に写す。その理由は……たった一つだ。
「随分と、仲の良い親子じゃないか」
「そうね。ありがたいことに」
「うー?」
首をかしげて、戸惑いの声を漏らすロイは私を抱きしめ離さない。「イヤイヤ」は少しずつ減ってきたが、代わりにロイは惚ける程の甘えん坊になっている。可愛らしく、抱きしめながら「おかしゃん」と呼んでくれるこの子に胸がキュンキュンとして、ある意味で作業に集中は出来ない。これは嬉しい誤算だろう。
「ロイ、ママは大事なお話があるから。少しだけカレン達と遊んでこれる?」
「いや、ママといっしょ!」
愛らしくて仕方がない。「いいよ」と即答したいのだけど、アウルムの視線は許してくれそうにない。
「じゃあ、我慢できたら。ロイの好きなお菓子、一緒に作ろ?」
「ほーとに!? ろい、まってる!」
物で釣るのは褒められたやり方ではないけど、今回ばかりは仕方がない。ロイが客室を出ていく背を見送ると、アウルムは小さく息を吐いた。
「すまないな、経過確認だけならあの子も同席でも良かったのだが……今日は別件もある。それは聞かせられない」
彼は珍しく、神妙な表情を見せる。胸がざわつくと同時に問いかけが漏れ出た。
「別件、ですか?」
「あぁ、だがその前に経過確認をする。本題はそちらだ。何着作れた?」
「現在で、約四十着です」
残りの期限は三ヶ月、目標の数字には半分も届かぬ経過報告に、アウルムは当然ながら眉をひそめる。
「大丈夫か?」
当然の問いかけだけど、胸を張って頷きを返す。
「直近の一か月で、余裕を持って二十着を作れたわ。最近は手伝ってくれているカレン達の作製速度も上がってる。必ず期日までには要望通り揃えてみせる」
「そうか……念のため、こちらからも数人。裁縫が得意な人材を派遣するよ」
「っ、ありがとう」
思いがけぬ、彼の援助。らしくない申し出に虚を突かれてしまう。だけど、続く言葉でその真意が分かった。
「君の作った洋服、名家のご婦人方からかなりの好評でな。商品化すれば直ぐに欲しいという声が絶えず、百着でも足りぬ程だ」
胸に希望が宿る報告だ。ロイから着想を得て作った衣服が認めてもらえたのだ。アウルム自身の話術も重なり、好調な始まりとなる。三年後に一億ギルという目標、頂上が見えぬ山では無くなるかもしれない。
「あと三ヶ月後には、想定以上を作製します」
「頼んだ。……それで、別件とは君の夫であるジェレド殿についてだ」
不意に出てきた、ジェレドの名。暫くは屋敷に帰っても来ていなかったために、私の思考の片隅にすら残っていなかった。アウルムの神妙な表情も合わさって、何か厄介な事案があったのかと不安がよぎる。
「なにか、あったのですか?」
「申し訳ないが、あと一か月もすれば彼は帰ってくる可能性がある」
「どうして?」と問いかけが漏れ出そうになった刹那。彼は言葉を続けた。
「想定通り、金は一切採掘出来ていない。それに加えて、彼は当初に組んでいた予算の一部を横領して、俺やローレシア当主にすら明かさず、えらく豪奢な邸を建設したようだ。それも、建設を早めるために多額の予算を組んで……」
啞然としてしまう。何をやっているの、ジェレドは……。
仮初であっても、「応援」していると吐いた私が恥ずかしい程だ。
「その件で彼は約三千万ギルもの損失を抱えてしまった。予算の横領も加えてこれ以上の事業の継続は不可能だとローレシア家当主が判断したようだ」
結果として……彼は両親からの信頼を得るどころか。
最悪な形でローレシア家に多大な損失を与えてしまったようだ。
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