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14話
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「渡せるのは、私が個人的に保有する資産。二百万ギルです」
衣服を作るための前金は借り金であり、渡せない。なので私が個人的に貯蓄してきた資産を提示する。
懐が空になったとしても、ロイには平穏が必要だ。
「その額でどうしろと?」
「ロイと平穏な生活を過ごしたい。夫であるジェレドによってそれが叶わない、だから遠ざけて欲しいの」
「なるほどな」
アウルムは空へと視線を泳がせ、何かを計算するように指で数字を描く。
暫しの時間の後、大きなため息を吐いた。
「駄目だ、二百万ギルでは俺が損だ。君の夫を屋敷から出す方法はあるが、コストが大きい」
「なら、我がテルモンド家から支援させてください」
アウルムの言葉へ返したのは、姉だった。
しかし、その返答を否定するようにアウルムは首を横に振るう。
「これは、俺とエレツィアの商談だ」
呟き、彼は視線を私へと向けた。その瞳は鷹のように鋭く射貫いてくる。
「どうする? 他に対価を出せるか」
「……えぇ。もちろん」
問われた言葉に、私は微笑みを返す。
彼が望むのは金のみ。しかし私の手元には何も残っていない。
私自身が立ち上げた事業以外……
「今後、私が作る洋服の卸値を貴方だけに下げます。売り先も貴方だけにしても構わない。専売契約を結びましょう」
「不思議だな。君が損をするだけだが……どうしてそこまでする」
「私にとってロイが平穏を得るためなら。お金なんて惜しくない……私はこの子の母として、安心して笑って過ごして欲しいの。他に何もいらない」
私には、何も無かった。希望を抱いていた結婚生活は消え去り、何もない人生を送るはずだった。
そんな私に、諦めていた『母』になる機会をくれたロイには感謝しかない。
この子のためなら、どんな犠牲だって惜しくはない。それが……私の覚悟だ。
後悔なき選択、視線はアウルムを見つめ。みっともない姿を見せぬよう凛と背を伸ばす。
彼は……そんな私へ。頷きつつ微笑を見せた。
「わかった。その条件なら……半年は君の旦那を近づけさせないように出来る」
「っ!! それでもいいわ。今のロイには怖がらぬ家が必要だから」
「君の旦那……ジェレドといったか。どんな方法を使ってもいいのか? 手段は選ばず、騙して大損させても」
心配するようなその言葉に、私は思わず笑ってしまう。
アウルムの気遣いは、私にとっては不要な事だ。あの人に対して、最早何が起こっても感情は揺らぐはずもないのだから。むしろ好都合だ。
「ええ、もうあの人に情や愛なんてない。徹底的にやってください……私はそれを望みます」
「では、契約は成立だ。契約書を結ぶか」
相変わらずの手際だった、アウルムは直ぐに従者へ契約書を手配して。私のサインを望んだ。
こんな時でも契約を結ぶのは、彼自身が裏切らぬと誓う信頼を見せるためらしい。その誠意を私は嬉しく思った。
契約書にサインを終えた時、彼は視線をロイへと移す。
「おい、誰かこの子に果実水を持ってきてくれ、馬車に置いていたはずだ」
「っ、お金を払うわ」
「いらん、さすがに泣く子からせびる程に落ちぶれてないからな」
「あ……ありがとう……」
「それと、エレツィア。君も涙を拭え、他者の愚行で流す涙など損だぞ」
彼は懐から高級そうな刺繡の入ったハンカチを取り出し、私の頬へと押し当てる。
その仕草や力加減はガサツで、優しさなのかも分からぬ行為に戸惑いが浮かぶ。
「損……ですか?」
「あぁ、流した涙の分。水分補給に金が必要だから」
「ふふ……なんですか、それ」
こぼれた笑い。
アウルムの極端な拝金主義は好意すら抱いてしまう。そんな魅力が彼にはあった。
現に私は、彼の言動に不快感を感じない。むしろ清々しい程、彼の考え方は一貫しているから。
「本当に、お金が好きなのですね。アウルム」
「あぁ。俺は金さえあればなんだってする。契約を結べば、対価に見合った成果をくれてやる」
笑いながら、アウルムは私へと微笑みを見せた。
「だから、安心しろ。君とその子共が益へと導いた契約だ。望む結果にしてみせるさ」
「アウルム……」
「君とは今後も長い付き合いを望む。重要な商売相手だからな。まぁ、後は任せて……涙でも拭いておけ!」
ほのかに笑いつつ、アウルムはジェレドの待つ屋敷へと向かう。
その背は理由などないのに、何故か信用できる安心感があった。
衣服を作るための前金は借り金であり、渡せない。なので私が個人的に貯蓄してきた資産を提示する。
懐が空になったとしても、ロイには平穏が必要だ。
「その額でどうしろと?」
「ロイと平穏な生活を過ごしたい。夫であるジェレドによってそれが叶わない、だから遠ざけて欲しいの」
「なるほどな」
アウルムは空へと視線を泳がせ、何かを計算するように指で数字を描く。
暫しの時間の後、大きなため息を吐いた。
「駄目だ、二百万ギルでは俺が損だ。君の夫を屋敷から出す方法はあるが、コストが大きい」
「なら、我がテルモンド家から支援させてください」
アウルムの言葉へ返したのは、姉だった。
しかし、その返答を否定するようにアウルムは首を横に振るう。
「これは、俺とエレツィアの商談だ」
呟き、彼は視線を私へと向けた。その瞳は鷹のように鋭く射貫いてくる。
「どうする? 他に対価を出せるか」
「……えぇ。もちろん」
問われた言葉に、私は微笑みを返す。
彼が望むのは金のみ。しかし私の手元には何も残っていない。
私自身が立ち上げた事業以外……
「今後、私が作る洋服の卸値を貴方だけに下げます。売り先も貴方だけにしても構わない。専売契約を結びましょう」
「不思議だな。君が損をするだけだが……どうしてそこまでする」
「私にとってロイが平穏を得るためなら。お金なんて惜しくない……私はこの子の母として、安心して笑って過ごして欲しいの。他に何もいらない」
私には、何も無かった。希望を抱いていた結婚生活は消え去り、何もない人生を送るはずだった。
そんな私に、諦めていた『母』になる機会をくれたロイには感謝しかない。
この子のためなら、どんな犠牲だって惜しくはない。それが……私の覚悟だ。
後悔なき選択、視線はアウルムを見つめ。みっともない姿を見せぬよう凛と背を伸ばす。
彼は……そんな私へ。頷きつつ微笑を見せた。
「わかった。その条件なら……半年は君の旦那を近づけさせないように出来る」
「っ!! それでもいいわ。今のロイには怖がらぬ家が必要だから」
「君の旦那……ジェレドといったか。どんな方法を使ってもいいのか? 手段は選ばず、騙して大損させても」
心配するようなその言葉に、私は思わず笑ってしまう。
アウルムの気遣いは、私にとっては不要な事だ。あの人に対して、最早何が起こっても感情は揺らぐはずもないのだから。むしろ好都合だ。
「ええ、もうあの人に情や愛なんてない。徹底的にやってください……私はそれを望みます」
「では、契約は成立だ。契約書を結ぶか」
相変わらずの手際だった、アウルムは直ぐに従者へ契約書を手配して。私のサインを望んだ。
こんな時でも契約を結ぶのは、彼自身が裏切らぬと誓う信頼を見せるためらしい。その誠意を私は嬉しく思った。
契約書にサインを終えた時、彼は視線をロイへと移す。
「おい、誰かこの子に果実水を持ってきてくれ、馬車に置いていたはずだ」
「っ、お金を払うわ」
「いらん、さすがに泣く子からせびる程に落ちぶれてないからな」
「あ……ありがとう……」
「それと、エレツィア。君も涙を拭え、他者の愚行で流す涙など損だぞ」
彼は懐から高級そうな刺繡の入ったハンカチを取り出し、私の頬へと押し当てる。
その仕草や力加減はガサツで、優しさなのかも分からぬ行為に戸惑いが浮かぶ。
「損……ですか?」
「あぁ、流した涙の分。水分補給に金が必要だから」
「ふふ……なんですか、それ」
こぼれた笑い。
アウルムの極端な拝金主義は好意すら抱いてしまう。そんな魅力が彼にはあった。
現に私は、彼の言動に不快感を感じない。むしろ清々しい程、彼の考え方は一貫しているから。
「本当に、お金が好きなのですね。アウルム」
「あぁ。俺は金さえあればなんだってする。契約を結べば、対価に見合った成果をくれてやる」
笑いながら、アウルムは私へと微笑みを見せた。
「だから、安心しろ。君とその子共が益へと導いた契約だ。望む結果にしてみせるさ」
「アウルム……」
「君とは今後も長い付き合いを望む。重要な商売相手だからな。まぁ、後は任せて……涙でも拭いておけ!」
ほのかに笑いつつ、アウルムはジェレドの待つ屋敷へと向かう。
その背は理由などないのに、何故か信用できる安心感があった。
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