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13話

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「––––!! ––––!!」

 身を焦がす程の熱が、身体を駆け巡る。激しい鼓動と、怒りが冷静な思考をかき消してくる。
 走る勢いのまま、ジェレドを突き飛ばして私はロイの傍へと駆け寄った。

「ロイ、大丈夫? ごめん、怖かったね。ごめんね」

「おかしゃん! うあぁーー!!」

 抱きしめると、泣きじゃくって私にすがりつくロイ。その身体は未だに小さく。怯えて私の服を掴む手はあまりにも小さい。
 そんなロイへ、ジェレドがした行為は許し難く。厳しい視線を彼へと向けた。

「違う、俺はそんなつもりはなかったんだ」

「何が違うの。どんな理由があっても、ロイに暴力をしていい理由なんてない」

「ロイを連れて、彼女と会ってもらおうとしたんだ。きっと、受け入れてくれると……」

「その話を、ロイの前でしないで」

 駄目だ。身を焦がす激情が抑えられない。
 許されるのならば、ジェレドを八つ裂きにしてやりたいと思う憎しみが募っていく。
 未だに、ロイの心配もしない彼が許せなかった。

「ロイに躾をしておいてくれ、俺が父親だと」

「それは、日々の行動で示すものです。いきなり父になれると思わないで」

「おか……しゃん」

「ごめんね、ロイ。怖いよね。おそとに行こう?」

 泣き叫び、震える身体で私に抱きつくロイを早く安心できる場所へ連れて行きたい。
 激情を閉じ込めながらロイを抱き上げてその場を後にする。

 しかし、私の背に彼は言葉を吐き続けた。

「絶対に、ロイは彼女と会わせる。その子の母は、君じゃない」

「何度も……言わせないで、ロイの前でその話はしないで」

 泣き叫ぶロイの頭を撫でながら、屋敷を出る。
 心配して姉とマルクが駆けつけて来るが、私は傍にいたカレンへと視線を向けた。

「カレン、荷造りを頼めますか? すぐに屋敷を出ていきます」

「っ!!」

「エレツィアさん、どうしたんですか!? 事情を聞かせてください」

 引き止められ、マルクが詰め寄る。
 未だに泣くロイをなだめながら、私は先程の経緯を姉達へと伝えた。

 最も感情を露にしたのは、姉だ。

「信じられない、最低よ。私、ぶん殴ってくるわ! いや、殺してでも……」

「待ってルリアン義姉さん! エレツィアさんも、早まらないでください。出て行っては駄目です!」

「マルク、貴方……誰の味方なのよ! こんな事を許せるの!? 犯罪よ!」

 姉が激情に駆られて、問いかける。マルクは真剣な表情を浮かべて、私と姉へと視線を投げた。

「許せる訳がない、僕はエレツィアさんの味方だ。でも、これだけでは騎士団へ話を通しても家庭の問題と片付けられます! むしろ出て行けば、エレツィアさんに有責が出来てしまう!」

「っ……マルクさん」

「聞いてくださいエレツィアさん。今、ロイ君を連れて行けば親権を持たぬ貴方は人攫いとなる。そうなれば、三年後に控えた調停さえ出来ない」

 その言葉に、駆られていた心に冷水がかかる。冷静な思考を取り戻しながら、私はマルクの言葉に耳を傾けた。

「嫌な言い方をすれば、今回の件は三年後の調停で有利になる事案です。虐待行為は躾と証言しても、調停委員からは厳しく見られる」

「分かってる。だけど、ジェレドはロイを連れて行こうとしてるの。私の見えぬ場でまた暴力を受けたら? ロイが泣いているのに、私が近くに居てあげられないかもしれない。それが怖くて仕方ない」
 
「それでも、耐えてください。お願いします……ここで出て行けば、有責が貴方になってしまう」

「っ……どうしたらいいの? なんで、こんな……」

 上手くいっていた。
 絶望だった現状に光が灯って、三年後に向けて進みだしていたのに。
 なのに、ジェレドはいつだって私の積み上げた全てを壊していく。結婚も、ロイも……平穏な生活さえも。

 これを我慢しろなんて、出来る訳がない。ロイがまた暴力を受けるかもしれない事が怖くて仕方がない。

「おあ……しゃん?」

 気付けば、久しく流していなかった涙が頬を伝っていく。それを見たロイが心配そうに私の頬へと手を伸ばした。
 未だに頬が赤くて、痛いはずなのに。私の心配をしてくれるこの子が愛しくて仕方がない。
 なのに、ロイを守れぬ自分が……悔しくて情けない。

「どうしたら、いいの……」

 嘆いた言葉、誰も答えられず。
 ただ沈黙の時間だけが、ゆっくりと流れて、解決策が出る事はなかった。









 はずだった。










「これは……面倒な時に来てしまった、というやつか?」

 聞こえた呟き。視線を上げれば、アウルムが立っていた。
 漆黒の髪をかきながら、複雑な表情を浮かべて一枚の紙をひらひらとさせている。

「契約書の控えを渡し忘れていたのだが……面倒な事が起きているようだから、また今度にさせてもら––––っ!!」

 颯爽とその場を去ろうとするアウルムの袖を掴み、私は涙を拭う事すら忘れて彼の金眼を見つめた。

「助けて、アウルム」

 事情も知らない、まだ知り合って間も無い。
 そんな彼に、私が頼ったのは……彼は信用できる一つの理念を持っているから。

「現在、私が持っている資産を全部渡します。だから、お願い……私の旦那を遠ざけて」

 彼の行動原理は益か損か。二択のみ。
 だからこそ、返してくれる言葉を私は知っていた。

「幾ら払える? エレツィア」

 損得の算段を始めたのか、彼は頬に笑みを浮かべた。
 
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