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第3話

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 父の怒りを諌めつつ、私はジェレドと父を応接間へと招集する。
 あの部屋では、眠っている赤子にまで声が漏れ聞こえるだろう。これから始まる醜い会話を無垢な子に聞かせる訳にはいかない。

「ジェレド……貴方のご両親は呼んでいないの?」

「……あぁ」

(どうやら私が思う以上にこの人は浅ましいようね。この後に及んで両親には不貞を隠したいのかしら)

 私の問いに肯定を返すジェレドに、父は当然ながら声を荒げる。

「ジェレド殿、此度の件は君だけの責で済むと思っているのか? 君の不貞はエレツィアの将来さえ壊したのだぞ!」

 父は決して私を貶している訳ではない、此度の影響を理解しているからこその発言だ。
 不幸にも私とジェレドは行為こそ無かったものの、式を挙げて同じ屋根の下で一夜を過ごした。つまり、第三者が見た私はすでに非処女の評価。そうなれば純潔を重んじる貴族社会での私の価値は底値だ。
 離縁して再婚を望んでも、応じる相手はいない。

 せめて、式を挙げる前に発覚していればと思うのが、私と父の本音だ。

「エレツィア、君を貶す結果になる事だけは避けていたんだ。信じてくれないか?」

「どれだけ贖罪の言葉を並べても結果は貴方の不貞と、私の純潔の消失……それだけです。此度の結婚による幸せを期待していた私が愚か者でした」

 末の言葉に漏れ出た本音、ジェレドをそれを受けて再び押し黙る。その姿に胸に溜めた鬱憤を吐き出してしまう。

「先ほどから謝罪の言葉だけはご立派ですが、貴方が不貞を働いた責をどうするおつもりですか? 私達カルヴァート家は形だけの謝罪など求めておりません。具体的なけじめをご提示ください」

「それは……すまない、考える事が出来ない。君が望むのなら離縁し、謝罪金も言い値を払う。言い逃れをする気はない」

「……」

 答えのない問答だとは理解している。
 彼の軽率な行為によって貴族社会における私の価値は底値となった。それは幾ら金銭を積まれても取り戻す事が出来ない。逆を言えばジェレドができる贖罪に、私の救済は不可能という事だ。

「エレツィア、お前が決めても良い。私に文句はない」

 父の言葉、自由にしろと聞こえは良いが、実際の本心は価値の無くなった私に興味はないのだろう。非情に思えるが、それが華族の社会で合理的に生きる父の判断だ。
 このまま謝罪金を請求し、独身として生きていくか。不貞を黙認してジェレドとの結婚生活を続けるか。
 父にとってこの二択はどちらも益であり、損失。故に判断を委ねたのだ。

(どうしろっていうのよ……本当に最低)

 正直、不貞を黙認してジェレドとの結婚生活を円滑に果たす事は嫌悪が勝る心では無理だ。かといって離縁して謝罪金を受け取ったとて再婚相手を望めない。
 新たな人生の門出からの急降下、私の未来は暗く狭い……

「……あの子は、どうする気? ジェレド」

 ふと気になった、今も就寝している赤子について。問いかければジェレドは俯いたまま、か細い声で答える。

「孤児院にでも預ける。俺にはあの子を見ているだけで……辛いんだ」

「っ!!」

 思わず私の手は自然と動き、ジェレドの頬を強く叩く。責任もなくあの子をこの世に連れてきて、辛い等とほざく目の前の男に、私の怒りは抑えられなかった。
 少女のように抱いていた期待、それが裏切られ……挙句に赤子さえ無下にする男に憎しみさえ感じる。

「ふざけないで、責任もなく……あの子を産んだというの?」

「……」

 残念な事に、この国の孤児院制度はあまり良いとは言えない。育ててはくれるが必要最低限のみ、六歳になる頃には労働のために派遣される人生を送る。
 だからこそ、ジェレドが産まれた子に責任を持たないでいる事が看過できなかった。
 どうしてたった数刻を共に過ごした赤子に熱が入っているのか、自分でも答えはでない。だけど、身勝手な者達の醜い争いに巻き込まれてしまう事が不憫に思うのだ。
 きっと、今の私と重ねてしまっている気持ちもあるだろう。

『貴方だけでも不幸にならぬよう、最善を尽くすわ』

 自身の言葉を思い出し、ギュッと目を閉じて思案する。どうやら私の選択にはあと一つ残されているようだ。
 私の価値は底値、離縁しても再婚は望めず将来は暗い。
 ならせめて、情愛を抱いたあの子の未来ぐらいは明るくしてやれないだろうか。

 いま離縁してあの子を引き取れば、不貞の間に産まれた子だと周囲に知れ渡る。
 ならば、ジェレドとの結婚生活をあの子が産まれていても不自然でない期間を過ごせば、誤魔化しは利くのではないか。

(皆が不幸になるなら。一人だけでも幸せな方がきっといいはずよ)

 心の中で決めた決意。どうせ先の暗い私の人生、赤子の幸せに使えるのなら悔いはない。
 自分でも馬鹿らしい決断だと思いながらも、きっと後悔しない選択に誇りを抱く。

「ジェレド、貴方の不貞を隠して結婚生活を送らせて頂きます」

「っ!? ゆ、許してくれるのか?」
 
「勘違いしないで、あの子が不貞の間に産まれた子だと隠すためです。よって五年、あの子を育てながら結婚生活を送らせてもらいます。社交会からは身を外し、五年の後に離縁してあの子を引き取ります。謝罪金もしかと受け取りますので」

 不貞を隠してあの子に不幸が及ばぬよう過ごし、謝罪金と共に離縁させてもらう。
 これが私に出来る最善の選択で、ジェレドへ譲渡できる限度だ。

「か、構わない! ありがとう! エレツィア!」

「これ以上、不幸な者を増やしたくないないだけです」

 父は少し怪訝な表情を浮かべる。当然だが、あの子をカルヴァート家の跡取り争いに巻き込むつもりはない。それが伝わっているのか、表情は曇りながらも父は押し黙ってくれていた。
 せめて謝罪金が渡されるのであればと、私の選択を容認してくれたのだろう。
 先の内容を誓約書へ記し、お互いのサインを書く。
 
「本当にすまないエレツィア……ありがとう」

「あの子のためですので」

 もはや、ジェレドへ抱いていた期待や愛情は欠片も残ってはいない。
 しかし交わした契約。歪な結婚生活を送る覚悟を決めた私は、赤子へと人生を捧げる事に後悔はなかった。
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