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第1話
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今日は私の新たな門出を空が祝ってくれているような、澄み渡る青天だった。
「エレツィア様、ジェレド様がおよびです」
かけられた言葉に頷きを返し、鏡に映る自身の姿に思わず感嘆の息を吐く。
父に似た黒い瞳、社交会では地味と言われる茶髪に私の纏う純白のソレはよく映えている。
幼少より夢見ていたウェディングドレスを着飾った姿は、本当に自分なのかと見紛うほどに綺麗で、感極まってだらしなくも頬を緩めてしまう。
「本当にお綺麗ですよ。エレツィア様。旦那様もきっとお喜びになるはずです」
「ありがとうカレン」
私の侍女であるカレンの忌憚のない言葉にはにかみつつ、ドレスのトレーンを持ってもらいながらゆっくりと旦那様の元へと歩みを進める。
外から差し込む陽光を浴びながら、私はこの日……結婚する実感を胸に抱く。
相手はジェレドという男性。名家であるフローレンス伯爵家の次期当主となる人だ。
といっても、彼について知っている事は多くはない。それは私自身もカルヴァート子爵家という爵位は低いながらも華族として生まれ落ちた者であり、此度の結婚は愛や恋情によって成り立つ結婚ではなく、家々の仲を良好に繋ぐための政略結婚だからだ。
そのため結婚相手であるジェレドとは数回の顔合わせのみで済ませ、規定日通りに挙式を挙げる。
相手を知らぬ事に不安もあるが、それが華族に産まれた者の婚姻の通例だ。
「やはり、ご不安ですか?」
カレンの問いかけは私が外を見て物憂げに黙っていたからだろう。
同年代であり、心境は察するものがあるのか。彼女の心配に慌てて首を横に振る。
「大丈夫よ」
口ではそう言ったが、実際には前日まで眠れぬ程に憂慮に苛まれていた。ジェレドとの数度の顔合わせでは、やはりお互いの事は分かり合えない、そっけなく見えた彼に抱いた不安は簡単には消えはしなかった。
しかし、いざウェディングドレスを着飾った自身の姿を見た際に、それらの雑念は消えていた。我ながら単純ではあるが、憧れのドレスを着て人と変わらぬ喜びを抱けたのだ。
短絡的な考えだけど、迷っていても事態は変えられないのだから希望を持つ方が気楽だ。
「ジェレドを待たせても悪いから、少しだけ急ぎましょう」
「はい」
不安を捨て、希望を胸に一歩を進み出す。
私の旦那様となる……ジェレドの元へと。
「ジェレド、お待たせしました」
「エレツィア……」
輝くような銀色の髪、整った顔立ちに大人びた微笑を浮かべる姿は美丈夫という言葉がよく似合う。
なにより特徴的な深紅の瞳を持つのは、この国ではジェレドのみ。その美しき瞳は宝石のようだ。
私と同様に着飾った姿に微笑を添えている彼に、自身の心境の変化も相まって胸が大きく脈打つ。
「とても、似合っていますね。ジェレド」
「ありがとう。エレツィアも……とても美しいよ」
世辞の言葉だと分かっていても、痺れるような言葉に自然と頬がほころぶ。そっと差し出された手に自身の手を添えれば、優しい力で身を引かれた。
「式が始まる。行こうか」
「……はい、ジェレド」
彼の優しい笑みと、甘い声色に不安は消えて身を任せて歩き出す。式場ではお互いの親族や知人、友人の祝言が飛び交い、胸に響く拍手が私達を祝ってくれる。
「エレツィア、これから……君を幸せにすると誓うよ」
新郎として、ジェレドが述べた言葉に微笑みを返しながら頷く。
「私も、貴方を幸せにすると誓います」
両者が誓いを立て、抱き寄って唇を重ねる。純潔であれと育てられてきた私にとって初めての口付けは沢山の祝福に包まれながら、つつがなく、されど惚ける程に甘かった。
結婚という人生の新たな門出、自身の人生を共に過ごす伴侶との幸せを少女のように純粋に期待して。私の結婚は問題なく終わった。
◇◇◇
その夜は参列者への祝辞や挨拶でジェレドとはあまり話せず、夕刻には両者共に疲れ切っており、これから共に過ごす事になる屋敷へ帰って早々に眠りに落ちた。
翌朝、起きた頃にはジェレドは出かけていた。所用らしいけど、式の翌日ぐらいは何も予定を入れずに二人で仲を深めたかったと少し寂しさを感じる。
それでも、新たな人生の始まりに胸はワクワクとしてジェレドの帰りを待つ。
しかし、世の中は私が思うほど期待通りの結果をくれなかった。
「ジ……ジェレド? どうしたの、その子」
夕刻に帰ってきた彼に出迎えの言葉もなく尋ねたのは、彼の腕の中で赤子が眠っていたからだ。
「……」
問いかけに対して返ってきた沈黙に、不安が胸を駆け巡る。式の時とは違う、激しく苦しい鼓動が胸をしきりに叩きつける。
「すまない……エレツィア」
謝罪の理由を問いかけようとした時、見えてしまった。眠りから覚めた赤子の両眼の瞳。
ジェレドと同じ、深い紅を携えた瞳が……
謝罪の意味を、私は知ってしまった。
「エレツィア様、ジェレド様がおよびです」
かけられた言葉に頷きを返し、鏡に映る自身の姿に思わず感嘆の息を吐く。
父に似た黒い瞳、社交会では地味と言われる茶髪に私の纏う純白のソレはよく映えている。
幼少より夢見ていたウェディングドレスを着飾った姿は、本当に自分なのかと見紛うほどに綺麗で、感極まってだらしなくも頬を緩めてしまう。
「本当にお綺麗ですよ。エレツィア様。旦那様もきっとお喜びになるはずです」
「ありがとうカレン」
私の侍女であるカレンの忌憚のない言葉にはにかみつつ、ドレスのトレーンを持ってもらいながらゆっくりと旦那様の元へと歩みを進める。
外から差し込む陽光を浴びながら、私はこの日……結婚する実感を胸に抱く。
相手はジェレドという男性。名家であるフローレンス伯爵家の次期当主となる人だ。
といっても、彼について知っている事は多くはない。それは私自身もカルヴァート子爵家という爵位は低いながらも華族として生まれ落ちた者であり、此度の結婚は愛や恋情によって成り立つ結婚ではなく、家々の仲を良好に繋ぐための政略結婚だからだ。
そのため結婚相手であるジェレドとは数回の顔合わせのみで済ませ、規定日通りに挙式を挙げる。
相手を知らぬ事に不安もあるが、それが華族に産まれた者の婚姻の通例だ。
「やはり、ご不安ですか?」
カレンの問いかけは私が外を見て物憂げに黙っていたからだろう。
同年代であり、心境は察するものがあるのか。彼女の心配に慌てて首を横に振る。
「大丈夫よ」
口ではそう言ったが、実際には前日まで眠れぬ程に憂慮に苛まれていた。ジェレドとの数度の顔合わせでは、やはりお互いの事は分かり合えない、そっけなく見えた彼に抱いた不安は簡単には消えはしなかった。
しかし、いざウェディングドレスを着飾った自身の姿を見た際に、それらの雑念は消えていた。我ながら単純ではあるが、憧れのドレスを着て人と変わらぬ喜びを抱けたのだ。
短絡的な考えだけど、迷っていても事態は変えられないのだから希望を持つ方が気楽だ。
「ジェレドを待たせても悪いから、少しだけ急ぎましょう」
「はい」
不安を捨て、希望を胸に一歩を進み出す。
私の旦那様となる……ジェレドの元へと。
「ジェレド、お待たせしました」
「エレツィア……」
輝くような銀色の髪、整った顔立ちに大人びた微笑を浮かべる姿は美丈夫という言葉がよく似合う。
なにより特徴的な深紅の瞳を持つのは、この国ではジェレドのみ。その美しき瞳は宝石のようだ。
私と同様に着飾った姿に微笑を添えている彼に、自身の心境の変化も相まって胸が大きく脈打つ。
「とても、似合っていますね。ジェレド」
「ありがとう。エレツィアも……とても美しいよ」
世辞の言葉だと分かっていても、痺れるような言葉に自然と頬がほころぶ。そっと差し出された手に自身の手を添えれば、優しい力で身を引かれた。
「式が始まる。行こうか」
「……はい、ジェレド」
彼の優しい笑みと、甘い声色に不安は消えて身を任せて歩き出す。式場ではお互いの親族や知人、友人の祝言が飛び交い、胸に響く拍手が私達を祝ってくれる。
「エレツィア、これから……君を幸せにすると誓うよ」
新郎として、ジェレドが述べた言葉に微笑みを返しながら頷く。
「私も、貴方を幸せにすると誓います」
両者が誓いを立て、抱き寄って唇を重ねる。純潔であれと育てられてきた私にとって初めての口付けは沢山の祝福に包まれながら、つつがなく、されど惚ける程に甘かった。
結婚という人生の新たな門出、自身の人生を共に過ごす伴侶との幸せを少女のように純粋に期待して。私の結婚は問題なく終わった。
◇◇◇
その夜は参列者への祝辞や挨拶でジェレドとはあまり話せず、夕刻には両者共に疲れ切っており、これから共に過ごす事になる屋敷へ帰って早々に眠りに落ちた。
翌朝、起きた頃にはジェレドは出かけていた。所用らしいけど、式の翌日ぐらいは何も予定を入れずに二人で仲を深めたかったと少し寂しさを感じる。
それでも、新たな人生の始まりに胸はワクワクとしてジェレドの帰りを待つ。
しかし、世の中は私が思うほど期待通りの結果をくれなかった。
「ジ……ジェレド? どうしたの、その子」
夕刻に帰ってきた彼に出迎えの言葉もなく尋ねたのは、彼の腕の中で赤子が眠っていたからだ。
「……」
問いかけに対して返ってきた沈黙に、不安が胸を駆け巡る。式の時とは違う、激しく苦しい鼓動が胸をしきりに叩きつける。
「すまない……エレツィア」
謝罪の理由を問いかけようとした時、見えてしまった。眠りから覚めた赤子の両眼の瞳。
ジェレドと同じ、深い紅を携えた瞳が……
謝罪の意味を、私は知ってしまった。
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