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白きガーベラ①

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アイザックside

 人を待つ時間というのは好きではなかった、王子であるランドルフに呼ばれた時でさえ俺は遅れて行く、自分の時間を他人を待つ時間に使うなど考えられないからだ。
 しかし、今の俺の考えは一転して変わってしまっている、ルドウィン家の屋敷前で馬を停めて君を待つ時間は酷く幸福であり、ワクワクと期待する時間には心地よさを感じる。
 好きな人を待つ時間とは、ここまで良いものだったとは……予定の一時間前に来てよかった。

「……お待たせしました、アイザック」

 屋敷から慌てた様子で出てきたデイジーはシックなワンピースにつばの広い帽子をかぶりながり、少し不機嫌そうに頬を膨らませていた。
 そんな彼女も愛らしく、変わらず好きという気持ちが膨れていく。

「いや、待っていないさデイジー」

「そうでしょうね…一時間も早く貴方が来るのでこちらの準備が大変でしたよ」

「ふはは!!仕方がないだろう!早く君に会いたかったからな!デイジーは違うのか?」

 デイジーは被っていた帽子で自身の顔を隠してゴニョニョと呟く。

「私だって同じ気持ちです…でも髪も結えてないし……もっと可愛い姿で貴方とは会いたかったの」

 呟きながら、自身の気持ちを伝える事に慣れていないデイジーは耳まで朱色に染まっており…いつもの強気とは裏腹に俺の前で見せてくれるようになった素直さや、弱気な所がより一層デイジーを好きにさせてくれた。

「分かった、今度は我慢して時間通りに来ようデイジー」

「べ、別にいいです…私が一時間早く準備しておけば良いので……会いたいのは私も同じですから」

 恥ずかしさで目を合わせられないデイジーであったが、素直に気持ちを伝えてくれるのは嬉しいものだ。

「では、行こうかデイジー」

「…うん、アイザック」

 俺が伸ばした手に彼女が触れる、柔らかく暖かい手に触れていると何にも代えがたい幸福に包まれる、これはどのような欲求を満たしても感じる事はできない多幸感だ、好きな人の手に触れているだけで人生が一変したような気分になれる。
 俺は彼女に出会って恋をするまで不安など消し去るような幸福など存在していないと思っていたが大きな間違いだ、手を握って歩くだけで人生の幸せを更新しているのだから。

「今日行く場所は……あそこで良かったのか?デイジー」

「はい、私1人では行く勇気がなくて…アイザックと一緒に行きたかったの」

 俺とデイジーはお互いに忙しい身だ、学園を卒業して各々の立場は大きく一変した、ドーマス王は様々な罪を犯しており王家は瓦解、ファルムンド王国は新たに公国となり貴族が君主となって政治体制は変わった。
 俺もマグノリア公爵家の次期当主という立場があり、父上に付いて責務を教わっていて時間が中々取れない、デイジーもまた別の役目があり、俺達は久しぶりに会える事になったのだが…。

 デイジーが一緒に行くと指定した場所は意外な場所だった。


 デイジーを前に乗せて暫く走っていく、デイジーは帽子を抑えており態勢をとるのが難しそうなために俺が片手で抱きしめるように支えた、感謝の言葉と共に恥ずかしそうに顔を紅潮させている姿は愛いしい……何度も思う…好きだと。
 

「着いたぞデイジー…ここでいいか?」

「はい………相変わらず綺麗な場所ですね」

「あぁ、俺もここまでとは思ってなかった」

 馬を走らせて数刻、たどり着いた場所は一面に広がっている花畑であった、真っ白なガーベラが真っ青な空との境界線を作るように咲いている。
 話には聞いていたがここまで広い花畑とは思っていなかった、まさかデイジーがこんな場所を知っていたなんて…。

「相変わらず……という事は前に来たことがあるのか?」

「そうですね、正確には記憶にあるといった所でしょうか?」

「?」

 首を傾げているとデイジーは手を俺に差し伸べ、馬から下して欲しいと伝えた、彼女を支えながら馬を降りていく。

「手綱を何処かで留めてくる、ここで待っていてくれ」

「ええ、待ってるわ」

 花畑を見つめて答えた彼女の瞳は何処かはかなげで、悲しそうに見えた。









   ◇◇◇

 馬を近くの木陰で休ませながら木の枝に手綱を括り付けてデイジーの元へと戻る、先程の表情が気になっていた俺は敢えて足音をさせないように注意して歩き、デイジーの元へと向かっていく。
 ––––彼女は、一面に広がる白き花畑を見ながら手を胸に当てて…大粒の涙を流していた、悲しげで何かに祈るように胸に手を当てていた彼女…俺は思わず声をかけてしまった。

「誰に…祈っているんだ?」

「!……アイザック、戻ってきてたの………この祈りは私の幸せを願ってくれた者に向けてです」

 そう答えながら、目元を拭った彼女の真意は分からない…答えたくはないのだろう、俺も深くは聞かない…前に聞いた話では彼女は二度目の人生を生きている、一回目の人生では自死を選ぶ程の苦しみを受けており、その理由は詳しくは教えてくれなかった。

 だが、俺にもできる事はあった。
 デイジーの隣に立って、共に胸に手を当てて祈る…空いた手で彼女を抱きしめながら。

「アイザック…」

「俺もその者に感謝しないとな、デイジーと会えたのはその者が願ってくれたおかげだ」

「……ありがとう」

 デイジーは俺を見つめながら、意を決したようにポツンと呟き始めた。

「…その子はね、きっと逃げ場のない中で死ぬしかなかったの…でも本当は生きたくて仕方なかった、幸せに生きていたかったのに……追い詰められて死ぬ選択しか考えられなかった」

 彼女は抑えが効かなくなったように、とめどなく涙を流して言葉を続ける。
 俺は彼女を抱きしめて優しく背中をさすりながら何も言わずに彼女の言葉を聞き続ける。

「それでも…あの子が願ってくれたから今の私がいて、私は幸せで…幸福なのに………私の幸せを祈ってくれたあの子は……………どうしようもない事なのに…私が本当に幸せになってもいいのか今でも迷ってしまうの」

 涙を流しながら自分の想いを呟いた彼女は暫くの間、涙を流してすすり泣いた……きっと彼女の幸せを願った人物は…一回目の人生での彼女であり、自分自身を犠牲にしたように感じているのだろう。
 優しいからこそ自分自身で悩んでしまって、苦しんでいる…俺にできる事はただ一つだ、ここでどれだけ綺麗な言葉を並べても、励ましても彼女は悩んでしまうだろう。

 だから……俺は、俺のままでいい。


「ふ……ふはははは!!!」

「っ!?」

 突然笑い出した俺に彼女は驚愕して言葉を失っている、当然だろう…俺はそのまま抱きしめていた力を離さないように強める。

「俺は君に会えて幸せだ、それは変わらない事実だ」

「アイザック…なにを?」

「君は幸せか?モネやエリザ……親友達がいて、俺もいる……今の君は不幸ではないだろう?」

「私は…幸せだよ、何が言いたいの?アイザック…」

 俺は彼女を見つめながらニコリと微笑んで言葉を続けた。

「それでいいではないか?今の君が幸せで何が悪い?」

「それは……そうだけど、でも私の幸せを祈ってくれたあの子は」

「その子は君が幸せであれば恨むような子なのか?死ぬ間際になっても幸せを願ってくれた優しいその子が、そんな事で恨むと思うのか?」

「っ!?」

「君はその子のためにも目一杯幸せになるべきだ、その子自身が願った事じゃないか!泣いて悲観している事を願ってなんていない、その子が願ったのは君が幸せに笑っている姿だ!」

「アイザック…私、私…」

 目元を潤ませ、俺の手を握る彼女の頬に手を当ててそっと口づけを行う。
 柔らかく唇が重なって、彼女の吐息を感じる…唇を離してから俺はニコリと笑った。

「だから、その子のためにも笑って幸せになろうではないか…今の君は笑う事が難しいだろうから………俺が代わりに笑おう!!」

 そう言って笑った俺を見て、彼女も同じように噴き出して笑った。
 
「ふ…ふふふ、なんですか、それ」

「君の悩みも俺が笑って吹き飛ばすような男になってみせる、だから幸せになろうではないかデイジー、その子のためにもな」

 風が吹く、白いガーベラの花弁が揺れて白い花畑が波打つ中でデイジーは涙を目元に浮かべながらも笑った、それは悲しい涙ではなくて、嬉しい時の涙だろう。

「アイザック…貴方は本当に面白いわね」

「もう、つまらぬ男ではないだろう?」

「うん、その通り……貴方に会えて良かった、私幸せだよ、アイザック…」

「俺も…君が好き大好きでたまらない…笑ってこれからも過ごしていこい、君がいつでも笑えるような男に俺はなってみせるから」



 再び口づけを交わした俺達を真っ白な花畑は祝福するように花弁を揺らしていく、この幸せをこれかも…ずっと先も続いていくよう…俺達は誓い合った。




 デイジー…俺は詩人のような愛の言葉なんて思いつかない、気の利いた事も言えないだろう………でも君の隣で笑う事はできる、君を笑わせるように元気づける事は出来る。
 大した言葉を言えないが、この気持ちだけは本当だ。



 愛している。
 デイジー。


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