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モネside


「おはよう、モネ……」

「おはよう、お母さん、お父さん」

「朝ごはんは食べていきなさい、今日も行くんでしょう?」

「うん、ありがとう…お母さん」

 朝ごはんであるパンを食べながら私は自分の事について考える、私の住んでいる村は決して裕福とはいえない。 
 年々増えていく税によって日々の暮らしは貧しくなっていく、ラインベル学園は入学金等はかなり低いがそれでも私の家では簡単に出せるお金ではない、両親が倹約して貯めてくれたお金で学園に入学できた。

「ごちそうさま、じゃあ…行ってきます」

「モネ、待ちなさい」

 普段は寡黙なお父さんが私を呼び止め、私を抱きしめる。
 その手は仕事で荒れている、だけどそんなお父さんの手が今はとても立派に思える…尊敬できるのだ、私のためにこんなになるまで働いてくれているのだから。

「気を付けてな」

「うん、ありがとう…お父さん」


 働いているお父さん達の声を聞いて私は今のこの国の状況を少しだけ知る事ができた、税は増えていき日々の生活は年々貧しくなっており、確実に不満は高まっている。
 なのに人は立ち上がる事に消極的だ、本当に限界になるまで大人しく従うしかない…私だって同じだ、流れに身を任せていた方が楽だ、辛くても現状維持が一番だろと思っていた。


 けど、それでは駄目なんだ…皆が立ち上がれないなら、私が最初の1人になればいい…1人が前を歩けば後ろについて来てくれる人がいる。
 立ち上がるキッカケはデイジーがくれた、私はもう弱いモネじゃない…デイジーの隣にいれる淑女になると決めたのだ。


「行ってきます!」


 声を上げて家を出る、外には村長が馬車を停めてくれている。
 私はこの村だけでなく、他の村を回って王家へ不満の声を上げるように募っている…一人一人の声は小さくて影響なんて無いに等しいが確実に増えていく声と不満に諸侯貴族達に確実に届き初めている。

「デイジー…少しは貴方の力になれているかな?」


––––モネ、感謝しかありませんよ。

 聞こえるはずのない幻聴、でもきっとデイジーはそう言ってくれるだろう。
 

 早く会いたい、その気持ちを大事に私は今日も友のために。











   ◇◇◇

エリザside

 フィンブル伯爵家ではいつもと違い、ドタバタと歩く音と叫びに近い声が響いている。
 遠慮しない父と私が言い合いをしているのだ、屋敷は一触即発の状況であった。

「聞いてくださいお父様!!私の話を聞いて!!」

「エリザ!何度も言ったはずだ!ランドルフ王子がガーランドをたぶらかした事について抗議などするはずがなかろう!お前が兄を慕っていた事は知っているがわざわざフィンブル伯爵家の立場を悪くする必要などない!!」

「お兄様は確かに従ってしまったかもしれない!でも原因は確かにランドルフ王子にあったのよ!」

「知らん!いいか?ガーランドがあんな事件を起こしたせいでフィンブル伯爵家の次期当主は不在なんだ!お前は早く結婚相手を探さないか!」

「お父様はいつもそう!口を開けばフィンブル伯爵家の事ばかりで私達の言うことなんて聞いてくれない、お兄様とだってそうして喧嘩して追い出して…」

「エリザ……」

「お父様は私達なんて愛していない、大切なのは家なんでしょ!?」

 私は叫んで伝える、お父様は悲しそうな表情を浮かべてそれを見て私の心も傷付くのを感じた、私だってこんな事を言いたくなかった。
 やだ、泣きたくないのに、涙が零れ落ちてしまう。

「エリザ、聞いてくれ…お前もガーランドも心の底から愛している…それは本当だ」

 お父様はそう言って泣いている私を抱きしめると言葉を続けた。

「お前達がいつまでも幸せな日々を送れるようにと思っているんだ、フィンブル伯爵家が続けばお前達が生活に困る事はない…」

「なら、お父様の愛が間違ってるよ!お兄様だってお金が欲しい訳じゃなくて、ラインベル学園の理念に感銘を受けて多くの人のために仕事をしたいと言っていたのにお父様は話もろくに聞かずに一方的に無理な条件を突き付けて追い詰めてた!」

「違う、エリザ……お前達のためを思って」

「違わない!私はもっとお兄様と一緒にいたかった…追い詰められて苦しんで利用されたお兄様なんて見たくなかった!話を聞いてよ、私達が本当に望んでいる事はお金の事なんかじゃないって気付いてよ!私はお兄様を利用したランドルフが許せないの!」

「……………」

「お願いだから…お父様…」

「エリザ…………どうやら私はお前達を理解しているようで、理解出来ていなかっようだ」

 お父様は私を抱きしめる力を強めた、そして優しく頭を撫でてくれる。

「不器用ですまない、もっとお前達と話し合うべきだった…接し方を間違えていたな」

 私は思わず笑ってしまった、不思議そうに首をかしげるお父様に腕を回して抱き返す。
 どうやら、私とお父様は似た者同士のようだ、人付き合いが苦手で不器用……だけど人は変われる、私もモネと話し合う事で真の意味で友達になれた。
 きっとお父様も。

「お兄様に会いに行きましょう、アメリア学園長が教えてくれました…今は東の国にいると」

「そうだな、お前の兄であるガーランドとも私は話し合うべきだ、そして事の真実を知らねばならん」


 抱き合う私達、お父様もお兄様も私も…皆が不器用だけど、ようやく本当の意味で家族に戻れるかもしれない、キッカケをくれたのはデイジー…貴方よ。
 早く会いたいけど…私は私がすべき事をしないとね。



















   ◇◇◇

アイザックside

 父上は昔から寡黙で厳しかった、思えば褒めて貰った事は一度もない、いつも厳しく𠮟責するだけで笑顔も見た事がない、俺の記憶にある父上の表情は背筋を伸ばしてしまう程に冷たい無表情だけだ。
 そして、それは今も同じであり、父上の執務室の中で俺は背筋を伸ばして立ち、目の前で執務を行っている父上の言葉を持っていた。

「アイザックよ、学園から帰って来て早々にお前が伝えたい事は王家へ盾突けということか?」

「父上も知っているはずです!今の王家は重税で民を苦しめているばかりか、現王には悪い噂しか聞きません!次の王子であるランドルフも民を道具としか考えていないのです!」

 父上は執務を止め、肘をついて俺に答えた。

「そんな事は知っている…王家は反乱分子があれば出鱈目な罪をでっち上げて断罪を行っている、時には貴族の不審な死もある…間者による暗殺も行っているのだろうな」

「な……なら何故!?父上はなぜそんな現王に従っているのですか!」

「先代の王には世話になって恩義を感じている、現王は無能だが恩ある先王の息子だ…………」

「それで民が苦しんでも問題ないと!?父上!!」

 初めて父上に声を荒げてたかもしれない、父上も普段は変わらない無表情であるが瞳孔は確実に驚いているように見えた。

「……………お前は恐ろしくないのか?下手をすればマグノリア公爵家は立場を失って没落してしまうかもしれない、今の生活を全て消えるのかもしれないのだぞ…反逆罪で斬首となってもおかしくない」

「そんな事はなにも恐ろしくない!!無法に目をつぶって過ごす事になるのなら、俺は斬首となっても立ち向かってみせる!!」
  
 俺はデイジー…君に惹かれて、好きになった……そして俺の好きなデイジーはきっと同じように無法に立ち向かっていくのだろう、なら俺もその隣にいる男になるべきだ。
 叫んで答えた俺を父上はジッと見つめる、いつもは何処か恐ろしい父上から目を逸らしてしまうが今日は逸らす気は微塵もない、睨むように見つめ合っていると父上は耐えきれないように大きく笑った。
 父上の笑った顔を見たのは初めてであった。


「流石は私の息子だな、すまない試してしまっていた……元より王家の不正は正すべく動いていた、だが決定的な証拠を掴めておらず渋っていた所だった」

「父上……」

「私に提案をしたという事は決定的な証拠を掴んでいるのだろうな?」

 父上の言葉、俺は頷いて懐から小袋を取り出してそれを父上に見せた。

「学園で起きた事件は知っていますね」

「あぁ、馬が暴走したと…」

「あの事件は先頭を走るランドルフから撒かれた粉によって引き起こされた物です、症状で見るに強烈な媚薬の可能性があります、俺もそれを受けたので」

 あの時、俺には確かにランドルフが懐から粉を撒いているのが見えた、日頃から鍛錬している俺が見逃すはずがない、だから落馬した騎手を掴んで引き上げた時に彼の服に付着していた粉を確保しておいたのだ。
 まさか自分にまで効果が及ぶ程に強力だとは思わなかったが…結果としてそれがランドルフ達を追い詰める材料となった。

「マグノリア公爵家の次期当主である俺に対して、この行為は充分な過失です、これを利用しない手はありません」

「ふはは!!確かにこれは充分な攻め手になりえるだろう……最近、アメリア学園長が輸入物について調べていたのはこのためか…マグノリア公爵家の輸入ルートを洗ってみよう、この国のあらゆる関所を我が家が任されているのだ…アメリアと調べれば容易だろう」

「ありがとうございます…父上」

「礼を言うのは俺の方だ、お前がキッカケとなれば大きな攻め手となろう……ようやく見えた光明を利用しない手はない……」

 父上は笑いつつ、言葉を続けた。

「しかし、お前は成長したな…不正に対しての姿勢は俺も感銘を受けたぞ」

「……俺の愛する人はそうすると思ったのです」

「…ほぉ、お前がか…いつもつまらなそうに女性を見ていたお前が……また会わせてくれ、お前をそこまで変えてくれた女性にお礼を言いたい」

「か、必ず…」

「ははは、今日は良い日だ…やっと王家に対して切り札ができた、それに俺の愛する息子の成長がみれて、将来の嫁も見つけてきたのだからな」 

「ま、まだ嫁と決まったわけでは………いえ、いずれ必ず」


 父上、俺も今日はとても良い日だと思います…父上の心の底から嬉しそうな表情を見れた、いつも無表情で俺に興味がないと思っていた父上から愛していると嬉しい言葉をもらえた。
 これも、デイジー……君と出会わなければ果たせなかっただろう。


 早く、今は一刻も早く会いたい……デイジー、次に会った時には必ず俺の気持ちを…。
























   ◇◇◇

マキナside

 森の奥深く、人里から少し離れた場所に森の中には不釣り合いな豪華な家が建っている。
 その扉を数回、決められた合図で鳴らすとガチャリと開いた。


「……ちっ!なんで来るかね………まぁ座れ」

 仏頂面で初老の男性は伸ばしたひげを触りながら家に招いてくれる、白くなってしまった髪はぼさぼさに伸びており、しばらく髪を切っていないのが分かる。
 僕が椅子に腰を下ろすと男性が向かいに座る、その手には短剣を握りしめていた。

「悪く思うなよ、俺は誰も信用しない主義でね…知ってるだろ?」

「はい、全て貴方から教えてもらいましたから」


 目の前の男性の名前はバーバリー。
 僕はローザ様に尽くすために彼に全てを教えてもらった、彼は……金さえ積めば老若男女問わずに殺してしまう、殺人を生業にしている者だ。
 

「ここに来たって事は依頼か?」


 バーバリーは薄く笑いながら、僕を見つめた。


 僕は……僕に出来る事をしよう。
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