【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか

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ローザside

 最悪ね、マキナ……あの馬鹿のせいで計画は台無しだわ、もっと強く詰めておくべきであり、デイジーと深く関わらせた事は失敗であった。
 デイジーは彼女自身が自覚しているか分からないが人を強く引き付ける魅力を持っている、それに加えて強い意志に感化されていくのだ。

 失敗だ……マキナには私から再度、厳しく調教をする必要がある。

 
「だけど、もう一つの保険が効いているようね」


 興奮剤は人間に対しても効く、その効果が大きく出るのは興奮剤とその性欲を刺激する誘惑剤の匂いを感じた時だ、もし効果が発動すれば常人が耐えられないような欲望が身体を支配し、獣同然となってしまう……それは如何に屈強な者であろうと男性であれば必然だ。


「デイジー……貴方が好意を抱いている人に無理強いされてしまえば…いくら精神の強い貴方でも耐えられないはず」


 遠くからでもわかる、デイジーの肩を掴んでいるアイザックは完全に思考を獣のように暴走させているだろう、このままいけば、抑えが効かずに性欲だけを発散する獣になってしまうだろう。
 
「これで、ランドルフに歯向かう者は共倒れね」


 微笑みながら、私は訪れる光景を楽しみに見続ける事にした。








   ◇◇◇


「ふー…ふーー………デイジー」


「い、痛いですよ……アイザック」

 肩を強く掴み、睨むように爛々と輝く瞳、荒い息遣いと真っ赤に染まった両頬を見れば、それだけでいつものアイザックでない事がわかる。
 私を見つめる視線には抑えきれない程の欲望が滾っている事が感じられ、今にも押し倒されそうになりながらも足を踏ん張って何とか耐える。

 
「聞こえますか?アイザック」

「ふーーー………ぐぅ………」

「返事をするのが難しいなら、無理はしないで」

 これがアイザック自身の意志ではなく、誰かの意図した謀略の末に起きている事であることは明白だ、私が今すべき事は決まっている。
 何に変えてもアイザックが傷付くような結末は避けなければならない、無関係だった彼がこの謀略に巻き込まれて責任を負うような事があれば、私は耐えられないだろうから。

「聞いてくださいアイザック、私の声を聞いて」

 私は手を伸ばして彼の両頬に触れる、アイザックは「触るな…」と小さく呟く、この状況で触れられる事は辛い事だと理解している、だがここで止めるためには必要な事であった。

「身体の自由はありますか?」

 彼は小さく首を横に振って答える。
 肩を掴む力が強くなっていく、時間はあまり残されていないだろうから…私も覚悟を決めないといけないだろう。
 
「競技が終われば、貴方の想いを伝えてくれるのですよね?私もそれを聞きたいのです…だから少々手荒な事を致します…痛いですよ?」

「……………構わない…やってくれデイジー」

 彼は私が何をするのかも聞かずに承諾する、信頼してくれているのだと嬉しく思うが今回は彼が考えているような優雅な方法ではない、あまりにも突然のことで私にも出来る事はこの方法しか無かった。
 モネもエリザが心配したような声でアイザックを引き離そうとする、彼女達の力でアイザックを引き離す事は不可能だ、それに例え男性であっても理性を失って力の限り襲う彼を止められる者はいない。


 私以外は。


「安心してくださいアイザック、痛いのはお互い様ですから…また起きたら、貴方の本心を聞かせてください」


 呟いた刹那、私は彼の首元に手を回し、頭を掴んで力の限り引きつけ、それと同時に頭を前に突き出していく、私に出来る唯一の方法はこれしかなかった。
 荒く、粗暴な行為だが…女性の私で身体の固い箇所と言えばここしか思いつかなかった、頭突きをアイザックへと繰り出したのだ。



 鈍い音が鳴ったと同時に肩を掴んでいた強い力が抜けていき、アイザックがどさりと後ろに倒れ込んでしまった、私らしくない手荒な方法だけど上手くいったようで良かった。

「デイジー!!」
「大丈夫!?」

 モネとエリザが私を心配して叫ぶ、視線を向けて微笑み「大丈夫ですよ」と呟こうとしたけど、上手く呂律が回らずに視界が真っ赤に染まってしまう。
 慌てて目元を拭うとべったりと鮮血が付着しており、同時に私の意識は心配して叫んでいたモネとエリザの声を聞きながら遠くに飛んでいく。

 視界が真っ暗に……こんな経験を前にもしたような、そうだ…これはあの花畑で喉を切り裂いた時と同じ…。




 薄れていく意識の中で私はぼんやりと、過去を思い出しながら倒れた。




























……………















……




 痛い。



 頭が割れそうだ、痛みで思わず自分の額に触れるとザラリといつもと違う肌触り、包帯が巻かれているのだと理解し、ゆっくりと目を開いた。


「おはよう、デイジー」


「……………」

 ぼんやりとかすれた視界、呟かれた声は聞き覚えがあるが声の主の顔を上手く見ることが出来ない、目をこすって再度開く、カーテンで仕切られて周囲は見渡せない、だけど私が横たわる寝台の近くにはよく知っている方がいた。

「アメリア学園長……どうして…」

 私と協力関係にあり、王家の崩壊という秘密を共有しているこのラインベル学園の学園長であるアメリア・ラインズが私の傍に座っていたのだ。

「いっ……!」

 相変わらず痛む頭を抑えると、アメリア学園長は氷が入った布袋を当ててくれる、ひんやりとした冷気が痛みを和らげてくれるために落ち着いて話ができそうだ。

「かなりの無茶をしたみたいね、色々聞きたい事があると思うから…貴方の治療は通常の治療室とは別室にしてもらった、会話の内容は気にしなくていいわ」

「アメリア学園長……他の皆は…」

「心配は当然ね、でもその前に貴方に言っておかないといけない事があるの」

 アメリア学園長は立ち上がると頭をゆっくりと下げた。

「此度の学園競技会での事件は学園の管理責任でもあります、貴方には心から謝罪を…」

「そんな、顔を上げてください!」

「それと同時に、二次被害を抑えてくれてありがとう…本当に感謝しているわ」

 アメリア学園長は感謝の言葉と共に再度頭を下げた、彼女に頭を下げてもらいながら喋るのは私の気持ちが落ち着かないために慌てて手で促し、座ってもらう。

「お礼と謝罪はいりません、だから他の皆の事や……アイザックの事を!」

「ええ、今から話すわ……でも、一つだけ言わせて欲しいのよデイジー…」

 アメリア学園長はニコリと微笑みながら呟いた。

「ようやく、貴方の計画が動き出せすかもしれない……これは完全に墓穴を掘るような行為なのだから」


 その言葉に私も全くの同意見であり、微笑み頷いた。

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