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 マキナside

 レースが始まり、一斉に走り出した走者達に周囲から溢れんばかりの声援が送られるが…それを聞いていられる余裕がある者は誰もいない。
 地面を叩く蹄の音と風を切っていく音と共に走っていく、視線を向けるとアイザックさんは僕の近くにおり、先頭にはランドルフ王子が颯爽と馬にムチ打ち走っているが、見れば分かる。

 ランドルフ王子の騎乗している馬の体力はゴールまで保つかどうか難しいだろう、体力が切れる事は確実だ。




 すぐ近くに走るアイザックさんに負けたくない…自分でも珍しいと思った感情に内心では驚いている。
 ここまで血気盛んな性格ではなかったはずだ、なのに僕がここまで負けたくないと思う理由は、やはりデイジーの存在が大きいだろう。

 味方をしてくれると言ってくれた彼女に心が惹かれているのかもしれない…分からないがローザ様に抱いていた感情と同じものが…小さくはあるが芽生えている事を僕自身が認知している。
 叶わない恋だとは分かっている、デイジーはアイザックさんに心が惹かれているのは見ていれば分かる…ローザ様もそうだった、ランドルフ王子に一心であり実らない恋だとは思っている…我ながら難儀な恋心だ。





 でも、だからこそ…負けたくないと思った…例え叶わない恋だとしても、彼女が見てくれているのであれば情けない姿は見せたくないと思ってしまうのだ…相変わらず他人頼りの人生だ。
 それでも初めて楽しいと思って新しい人生の道が見え始めたのはデイジーのお陰なのだ……誰かを殺めるために生きていくよりは万倍も心地よい人生。












 負けられない、負けたくない…。
 

 この感情を忘れないでいよう、この競技に勝つことが出来れば…僕の人生も生きていた意味が何か生まれるのかもしれない、そう信じて僕は馬の手綱を握り、共に戦ってくれる戦友に想いを込めた。 



















   ◇◇◇


デイジーside


「……ずいぶん下品な言葉を使うのですね?ローザさん?」

「面倒くさい気遣いはやめましょうよデイジー…貴方とはお互いに探りなく話し合いたいのよ…時間もないのだからお互いに聞きたい事を一つずつ質問しましょう?」

 その提案に頷きながら、私は声を出す。

「……ローザ、貴方はなぜランドルフに対してあれ程の想いを抱いているのですか?男性としても王子としても…どうしようもない人だと近くにいて分かっているでしょう?」

 ローザは自身のドレスの懐から小瓶を取り出し、その封を開ける。

「喉が渇いていません?良ければ差し上げますよ?」

「質問に答えてください、貴方はなぜランドルフを好いているのですか?」

「勘違いしないでほしいわ…好いている訳じゃない………いや、答えるのは先に私の質問に貴方が応えてからよ」

 ローザは空けた小瓶に口を付けずに私に言葉を続ける。

「貴方はランドルフ王子に対して何を行おうとしているの?本心で答えなさい…」

 彼女の言葉、下手に噓を並べても…見透かされてしまうかもしれない、得体の知れない目の前のローザに恐怖を抱いてしまっている、だが目をそらさずに私は答えた。

「私の目的はランドルフ王子に対しての復讐……いえ、この国への復讐といった所です」

「………正直に言うのね…」

「驚いていない所を見るに、貴方も予想していたのでしょう?」

「ええ、でも貴方が正妃教育を受けて人生を捧げても捨てられた事実を公表すれば目的は簡単に果たせたはずでは?」

「王家の力の前で伯爵家の令嬢が叫んでも揉み消される可能性が高い、仮に信じてもらえたとしても諸侯貴族達からの信頼を少し失うだけ……そんな事で済ませる程、私は甘くなかったということです」

「なる程ね…とは言っても学園の卒業時にランドルフが正式に王として戴冠を受けた際はその事実を公表するのでしょう?」

 驚いた、私が誰にも言わずに考えていた事を見透かされてしまったのだから…だが動揺は見せずに頷いた。

「ええ、私が捨てられたというカードは王になったランドルフに一番効くでしょうから…」

「まぁランドルフもそれを見越して貴方を退学に追い込んでそもそも正妃としての資格を無くしたいみたいだけど……正直に言って難しいわね」

「さぁ、質問には答えましたよ…次は私の質問に答えてください」

 私の言葉にローザはわざとらしく笑い、頷いて答えた。

「夢………だからよ」

「夢?」

「ええ、もう答えたわよ……これ以上はわざわざ話す内容ではないわ、私がランドルフを諦めて貴方に味方する道はないと思った方がいいかもね」

 オルレアン公爵家と王家を繋ぐ事を阻止する事は厳しい、見透かされて突き付けられた事実に思考を巡らせて打開策を模索しているとローザはニヤリと笑って私にとある提案をした。

「ねぇ、お互いに手打ちにしましょうよ……貴方はランドルフにされた非道を全て忘れなさい、私は彼を説得して手を出すことを止めさせるわ…戻ればいいじゃない……お互いに幸せでしょう?」

「………」

「貴方は平穏な日々を安心して過ごせるわ、少なくともオルレアン公爵家令嬢の私がランドルフと結婚する時点で貴方の復讐なんて不可能に近くなっている……でも私もこれ以上、下手に貴方に動かれてランドルフが失態を犯す事は避けたいのよ…夢のためにね」

「確かに魅力的な提案ですね」

「そうでしょう?だから…全て忘れればいいのよ……捨てられたことなんて全て、貴方はランドルフに愛されてもいなかったのだから」

 いっそ、全て忘れてしまえばいい…相手も何も手を出さないと言ってくれている、私の計画もオルレアン公爵家が味方をすることが難しい今、実現は不可能に近い。
 諦めて、全て忘れる事が最も合理的で楽なのだろう。

 でも、私は決めたのだ……今の人生は私だけの人生ではない、一回目の人生で自死を選ぶしかなかったもう一人の私の人生でもある、諦めて忘れるなんて…。
 出来るはずがない。


「魅力的な提案ですが、お断りします…私はまた別の道を模索しますよ、それが決めた事だから」


「………ふ~ん、もっと合理的な人だと思っていたけど面倒な人でしたのね」

 ローザはつまらなそうに呟くと、私から視線を外し歩き始めた。

「まぁ…貴方が断ったのなら後悔するだけですよ?ここで承諾しておけば…良かったのに、ね?」

 意味深な言葉、立ち去ろうとしているローザに私は気になっている事を質問した。

「その飲み物…貴方は飲まないの?封を開けたのに」

「……質問はお互いに1つずつですから答えませんよ、じゃあね?デイジー…まぁもう一度貴方がと会う時に精神が無事である事を祈りますわ」

 
 何を言っているのか、疑問だけを増やしたローザは振り返る事なく観客席へと戻っていく、その笑みはいつもの無邪気な笑顔に戻っているが…作り物の笑みと分かってしまえば不気味だ。

 疑問は多かったが、ローザが何故ランドルフに入れ込んでいるのか理由は聞けた…これを有効活用する手段を探すしかない、私は諦める訳にはいかないのだから。




 新たに思考を巡らせながら…私は観客席へと戻っていった。


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