【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか

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 初めて馬に触れてから数日が経った。 

 アイザックの乗馬への移行は早かった、もとより馬が怖くて乗れていなかっただけであり、運動神経が悪いわけではなかったからだ。
 とはいってもいきなり馬に対して恐怖を無くした訳ではない、今でも恐る恐ると乗馬するようであり、マキナの補助もありながらもなんとか上達している様子だった。

「いいですか?まずは馬への恐怖心はこの子達も感じ取って不安になってしまいます、なのでまずはアイザックさんがこの子達に慣れていただくのが乗馬を上達する近道です」

「そ、そうだな…俺が乗るのに不安に思っていては安心できまい…」


 マキナに教えてもらいながら、彼は苦労しながらも少しずつではあるが恐怖心は無くなっていった、マキナが気性の荒くない馬をアイザックと触れさせる事で慣れさせているのだろう、モネとエリザも合わせて乗馬を体験して楽しんでいるようだ。
 それにしても、アイザックに教えている時にマキナも乗馬しているのだが、馬に対しての接し方や知識などから動物に対する深い愛情を感じられた。
 私はアイザックを応援しに来た合間にマキナに話しかけた。

「マキナ、貴方は本当に動物が好きなのですね」

「はい、元は両親への仕送りのために初めたのですが厩舎で世話をさせてもらう内に本当の家族や友人のように思えてきて…動物と接するのは気楽でいいですよね、余計なしがらみも思惑も無くて…人とは違って気楽で」

「含みのある言い方、人間関係でお困りでも?」

 私の問いかけにマキナは笑いながら頷いた。

「お恥ずかしい話ですが、現在進行形で厄介な事に巻き込まれていて……といっても些細な事ですから気にしないでください」

「そうでしたか…大変な時に頼み事をしてしまいましたね」

「いえいえ!気にしないでください!僕も楽しくてやっていることですから…アイザックさんやモネさん、エリザさんも裏表がない方でとても楽しいです、やはり素直な人と接するのは心が安らぎますね、僕もこの時間を楽しませてもらっているので有り難いです」

「そう言って頂けると嬉しいわ、もし困った事があれば何でも相談してくださいね?」

 私の言葉にマキナは「それなら」と何やら恥ずかしそうに話した。

「あの、どうすれば僕もデイジーさんのように強い意志を持って話せますか?」

「私が強く見えますか?」

「はい、舞踏会の時にあのランドルフ王子に対して毅然と接していましたし…学年の懇親会でも物怖じせずに彼に対して接していたじゃないですか…なんだかああして強く言える事に尊敬してました…僕は思った事がなかなか言えないので…」

 彼の言葉に……少しだけ考えた。
 納得のいく返事が思い浮かないために首を横に振って答える。

「申し訳ないけど…貴方の参考になるようなアドバイスは出来ないかもしれないわ、私は後先も考えずにただ言いたい事を言っていただけですから」

「い、いえいえ!そっちの方がカッコイイですよ、僕もそうなれたらいいです」

 
 そんな話をしていると、アイザックが嬉しそうに私達に向かって話しかけてきた。
 視線を向けると馬に乗りながら手を振って笑っている。

「デイジー!!マキナ!見てくれ!俺もここまで乗馬できるようになったぞ」

 彼は嬉しそうにしていたので私は返すように手を振って微笑む。

「凄いですねアイザック、流石です」

「そうであろう!!見るがいい!この乗馬技術を!」

 マキナに教えてもらった通りにアイザックは馬を走らせたが、その勢いに驚いたのか手綱を離してしまい、馬だけが走って行き、彼は地面に転がり落ちた。

「あら……」

「見ないでくれ…デイジー…」

 相変わらず…落ち込む時は一瞬ですね、彼は。

「ごめんなさいマキナ、彼にまた教えてあげてくれてもいいですか?」

「あはは、もちろんです…行ってきます」

 アイザックの元へと向かったマキナの背中を見送り、私は優しい風で揺れる草と元気に走っている馬や楽しいで乗馬しているモネやエリザを見ながら今後についてを考える事にした。
 
















   ◇◇◇

マキナside

 人と偽りの関係を築く際に重要な事、それは自身の本心や弱みを見せる事だ。
 庇護欲のある人間はそれだけで相手を守りたいと思い、また征服欲のある人間は弱い人間を囲い込むために自身の手元に置きたがる、同じ悩みを持つ相手には共感が得られる。

 
 故に僕は誰かに取り込むために、自身の弱みを見せる内容を考えている。
 見せても困らない弱みだ、だが…彼女と話していると思わず実際の本心で相談してしまった事に自分でも内心驚いていた、どうやら彼女の周りの人間の明るさに影響されているのかもしない。

 本当に裏表がない交友関係に羨ましいと思ってしまう、いや、互いの裏を知っているからこその仲なのだろう、そしてその中心にいるデイジーに興味があり、本心で話してしまった。


「返ってきたのは、つまらない答えだったけどね」

 誰にも聞こえないように呟きながら、地面に倒れてしまったアイザックさんの元へと向かって声をかける。

「大丈夫ですか?アイザックさん」

「マ、マキナ…起こしてくれ、驚いた拍子で腰が抜けた…」

「だ、大丈夫ですか!?」

 慌ててアイザックさんに肩を貸しながら立ち上がらせると、彼は自嘲気味に笑った。

「なかなか、かっこよくはいかぬものだな」

「………アイザックさん、どうしてそこまで?聞きましたが騎乗競技会に出るためだとか、苦手な事を克服し、苦労してまで参加する理由はあるのですか?」

 僕は思わず尋ねる、彼の苦労に見合った対価がある大会だとは思えなかったから、彼は笑いながら答えた。

「俺は自他共に認める、誰からも好かれる男だった」

「自分で言うのですね…」

「ああ、それだけ異性に好意を抱いてもらっていたが……思い上がっていた、うぬぼれていたのだ…そのふざけた心に喝を入れてくれた女性がいて、恋をした…俺は彼女に振り向いてもらうためなら…出来る事はなんでもする…例え意味のないような事に見えても少しでもこの初恋が実る可能性があれば挑戦しない選択肢はないだろう?」


 彼は言葉を続けた。


「俺の全てをかけて、この恋を叶えたいのだ…後悔の残る選択などしていられないだろう?」


 後悔のない…選択…。
 何故か心に響いた言葉に僕は思わず言葉を出した。
 
「僕も…そうして生きられますかね?」

「当たり前だ、マキナ…君は何かしてみたい事はないのか?俺に話してみろ、教えてもらっているお礼だ、協力するぞ」


 やりたい事…何か噓で答えようと思っていた僕だったが、自分の意図せぬ答えが口からは飛び出した。
 アイザックさんの真っ直ぐな考えに強く影響されているのかもしない。

「ぼ、僕も騎乗競技会に出たいと思っていました……でも、あれは貴族様達の晴れ舞台であって平民の僕が出場すれば目を付けられますから」


 僕も、可愛がっている馬と共に思いっきり全力で地面を駆け巡ってみたかった……思わず口にした言葉に自分でも驚いている、何を言っているのだ?僕は。

「俺がいる、一緒に参加すれば……」

「い、いえ!噓です噓!!本当は何もないですから!忘れてください!………さぁ乗馬の練習に戻りましょう!」

 アイザックさんの言葉を慌てて制止しながら馬を連れ戻して話を無理矢理終わらせる。
 何か言いたげな彼を置いて、足早に乗馬の練習の会話に戻る。


 正直、彼らと接していると調子が狂う……素直な彼らに影響されている?




 いや、きっと違うのだ…この感情は憧れだ、僕も彼らのように素直に、楽しく生きる道があったのかもしれないと思ってしまうのだ、もう諦めた道だというのに。



––––デイジーを殺しましょう……マキナ…––––


 そうだ、もう普通の学園生活など諦めろ……僕はローザ様の駒だ、彼女に一生の恩がある。
 だがそれ以上に僕はローザ様から逃げられない……何故ならローザ様の心の中に潜む闇は深く果てしない、ナニカに囚われているように生きている。
 逃げればどのような処罰が待っているか嫌でも想像できる。

 
 僕もローザ様が何故あれ程にふざけた王子に執着しているのか分からない…しかしローザ様の抱え込んでいるナニカがそうさせているのだ。


 それはきっと……誰も理解できない事なのだろう。

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