上 下
38 / 75

34

しおりを挟む
「それでは、まずは馬に慣れる事からはじめましょうか」

 突然のお願いであったのに関わらず快くお願いを聞き入れてくれたマキナに感謝しつつ、アイザックは言われた通りに馬に近づくが、その表情は何処か青ざめておりいつもの明るい表情ではなかった。

「何かあったのかな?」
「さぁ?お腹でもくだしたんじゃないの?」

 付き添いで来ていたモネとエリザも気付いたのか、心配?そうに話していた、いやエリザは大して心配をしていなかったけど。

「デイジー、アイザック…やっぱりおかしいよね」

「ええ、そうですね…」

 モネの問いかけに頷きながら、私はとある考えが思い浮かんだが…彼に限ってそんな事があるはずがないと首を横に振ったが残念ながら予想は当たっていた。

「アイザックさん?まずは馬に優しく触れてみましょう」

「………あ…あぁ」

 繋がれた馬に手を伸ばそうとしたアイザックだったが、その手は震えており、冷や汗が額に浮かんでいる。
 私はポツリとため息を交えて声をかけた。

「アイザック、貴方…もしかして馬が苦手なのでは?」

「うっ!!」

 図星だったのだろう、思えば乗馬が苦手だと言っていたのも不思議であった、騎士家で生まれた彼が乗馬を訓練しないなど有り得ないだろうから。
 教えてくれようとしていたマキナも困惑した顔をしており、私の隣にいたモネとエリザも驚いていた。

「前に馬に襲われた時は平気そうでしたので…意外ですね」

「ま、前は命がかかっていたからだ!それにあの後に気絶したのは馬が近くにいたから………」

 なるほど、馬に襲われて気絶していたのは咄嗟に全力で筋肉を使ったせいだと思っていたけど別の理由だったのね。

「しかし、貴方のマグノリア公爵家には馬は沢山いるでしょう?幼少の頃から触れ合っていたのでは?」

「だ、だからこそだ……幼かった俺はいたずら心で馬の背後に回って驚かしてしまったのだ…その後の結果を予想も出来ずに、結果は動けぬ程の蹴り上げを喰らってな、それ以来トラウマで震えてしまう」

 彼は私に振り返り、自嘲気味に笑いながら言葉を続けた。

「情けないと思うだろう?騎士家に生まれて、馬にも触れぬ臆病な男なのだから」

 ………そんなことはない。

 私は首を横に振りながら歩いていく、そして震える彼の手を握って安心させるように微笑み掛ける。

「私は、そんな貴方にも好意を抱いていますよ…完璧な人間なんていませんよ…舞踏会で私を救ってくれたように、私も貴方の力になれるように協力します」

「デイジー…」

「貴方が苦手な事でも…のために挑戦しようとい心に情けないなんて思いません…立派な勇気ではありませんか」


 握った彼の手は冷や汗で湿っており、彼はそれを気にしていたが私は一切の躊躇なく握りしめる。

「ゆっくりで構いません、まずは触れる事に挑戦しましょう」

「………あぁ…ありがとう」

 彼の手をゆっくりと馬に向けて進めていく、びくりと震えれば安心させるように強く握りしめる。
 隣で手綱を握っていたマキナは「大丈夫ですよ」と言葉をかけ、後ろではモネとエリザが応援の言葉を投げかける。

「落ち着いてください、大丈夫ですから」

 何度も彼に言葉をかけながら、時間をかけてようやく彼の指先が馬に触れた。
 好奇心で匂いを嗅いでいる馬は落ち着いており、それに合わせてアイザックの荒かった呼吸も落ち着き、安堵したように息を吐いた。

「よくできましたね」


 私は思わず手を伸ばし、彼の頭を撫でる…咄嗟に出てしまった行動であり、まるで幼い子供を褒めるようなしぐさをしてしまって申し訳ないと思って手を引いてしまったが…。

「デイジー…続けてくれ」

 頬を紅潮させながら、懇願するように呟いた彼に微笑みながら私は再度、手を伸ばして彼を褒めた。
 
「これでいいですか?」

「あぁ…これがいい、だが他の男にはしないでくれ」

「ふふ、何を言っているんですか貴方は」

「なぁデイジー…俺は本当に君を」

 彼の言葉に笑いながら頭を撫でていると、パンッと手の音を鳴らしてマキナは苦笑して声を掛けた。


「それでは、アイザックさんも一歩進めましたので乗馬に向けて頑張りましょうか」

「あ、あぁ!!そうだったな…不甲斐ない姿をみせたな!もう大丈夫だ!」


 マキナは手綱を握って馬を厩舎から出していき、それに続いてアイザックも出ていく。
 彼の髪の感触が残った手を見つめながら、途中まで聞こえた彼の言葉の続きが気になったが…その好奇心に今は蓋をして彼を見守ろう。


「見せてくれるじゃない?」
「…デ、デイジー…かなり積極的だったね」

 エリザはニヤニヤとしながら私を小突き、モネは赤面しながら恥ずかしそうに言った。

「何がですか?」


 私は毅然と答えたつもりだったが、エリザとモネは顔を見合わせて笑った。

「顔、真っ赤じゃないデイジー!」
「ふふ、デイジーもそんな表情をするんですね」

「っ!!」


 思わず顔を抑えてアイザックを見た、既に厩舎から出ていった彼にこの会話と表情を見られなくて良かった………私の気持ちは徐々に大きくなっている、その事実を感じながら私は俯いて答えた。
 
「その…彼には言わないでくださいね」

 赤面していた私の言葉に、彼女達は笑いながら同じ答えを返した。

「言わなくてもお互い分かっているでしょう」………と。


 
しおりを挟む
感想 118

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...