【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか

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「皆様、集まっておられますね?」

 教壇に立つ講師は席に座り淑女科の教育を受けていた私達に向かって確認するように声をかける。

「集まっております、講師」

 私は誰も声を出さないために代表して返事をすると講師は頷いた。

「ありがとうデイジーさん、今日の授業を始める前に皆様にお知らせがあります」

 お知らせと聞いて、何事かと眠そうにしていた女性達も顔を上げる、淑女科では厳しく過密なカリキュラムが組まれている、そのため中断してまでの知らせに皆が耳を傾け講師の次の言葉を待った。

「来週の夜間舞踏会について参加自由のレクリエーションと予定しておりましたが、ガーランド講師の希望によって正式に臨時授業となりました、なので来週は午前のみ授業とし、午後からは夜間舞踏会の準備とします。」

「夜間舞踏会がですか?」

 私は思わず問いかける、周囲の視線が一瞬集まったが直ぐに講師に戻った所を見ると同じ疑問を皆が感じていたようだ。
 夜間舞踏会はそもそも参加自由でカリキュラムに組まれてはいない、それが今になって正式に授業に組み込むとはあまりにも突然の出来事………それは講師も同じだったようで、困ったように黒縁のメガネに手を当てている。

「他の講師も今は事情を呑み込めていないのですが…ランドルフ王子とガーランド講師が共同で考えた案として正式に承認されました、今期はアメリア学園長が東の国への視察で不在のため副学園長が承認した形ですが」

 聞いた名前に呆れてしまいそうになる、なにを考えているのか知らないが私への何かのアクションな事は明白だ、でなければ幾ら目立ちたがり屋の彼でもここまで大事に動くはずがない…まさか学園や生徒を巻き込んでまでランドルフが画策しているなんて…少し他の生徒に申し訳なく思う。

「夜間舞踏会をカリキュラムに組み込む根拠は聞いていますか?講師」

 私の質問に講師は頷く。

「生徒同士の交流により貴族や平民との隔たりなく舞踏という目標に向かって励み、努力、切磋琢磨する事で学園理念に近い教育を行う事ができる…ガーランド講師はそう言っておられましたね…まぁそれ以上は私も知りませんが」

「そうですか………」

 最もらしい理由ではあるが、件のランドルフはそんな事を考えているとは到底思えない…しかし謎があるとすれば如何にガーランド講師を懐柔したかだ、先程の理由を並べたとて忙しい講師の方が時間を割いてまで正式にカリキュラムに組み込むとは思えないが…。

「なに?デイジー……あなた私のお兄様に何か問題があるって言いたいの!?」


 大声を上げて机を叩き、威嚇のように私を睨みながらエリザはそう言った。
 そうか…ガーランド講師はエリザの兄でありフィンブル伯爵家の次期当主として噂されている方、ランドルフの手法が少しだけ見えた気がしたが今はエリザへの返事が優先事項だ。

「いえ、エリザ…問題とは思っておりません、単に疑問に思っただけです…お気に障りましたら申し訳ありません」

「………………ふん!」

 エリザは私とは必要以上に言葉を交わしたくないのか、膨れながらも声をあげることはなかった。
 
「喧嘩はおやめくださいね、淑女としての礼儀礼節を持って相手とは接するように………………はぁ、こちらはカリキュラムの突然の変更で大変ですから仕事を増やさないでください」


 最後の言葉は講師の癖のようなものだ、愚痴を素直に言う性格のようでそこは学園の理念に習っているか貴族や平民など差別なく分け隔てない愚痴であり、ただただ好きな事を教えたいという気持ちのみが強い講師、私は好きな講師の1人でもある。

「舞踏会は高等部全学年が参加、2人一組での舞踏となりますが希望によっては1人での舞踏も受け付けるとの事です、それぞれ生徒同士で話し合って決めるように!優秀者には賞も考えているようですので頑張ってくださいね、それでは通常通り授業を始めます」

 講師は有無を言わさずに勢いでそう告げて淑女科の授業を通常通り行った、講師はこの時間が至福の時らしく私達に教えて指導している時は愚痴一つ言わずに笑顔である、生きがいなのかもしれない…先程の愚痴もその至福の授業を少ない時間ながらも削らねばならない不満だったのだろう。
 いつも通り淑女科授業を終えると、当然のことではあるのだがクラスでは舞踏会の話題で持ちきりであった、誰と参加するか考えている方や、男性を誘うべきかと思慮している方もいる。
 私はモネと参加だ、彼女も了承してすぐさま決まったので考える時間は必要ない。


 そんな中で一際大きな声で私達のクラスに入ってくる男性が一人、騎士科のクラスから飛ぶ勢いで走ってきたのだろう、額に汗を流しながら駆け込んできた彼は開口一番でこう告げた。


「デイジー!俺と舞踏会に出ようではないか!!目指すは優秀賞だ!!俺と君となら夢ではない!」

 アイザックは開口一番に大声でそう言ったが、私は冷えた目線を送りなが彼に言葉を返す。

「ごめんなさいアイザック、私はモネと参加すると話しましたので」

「………………ふははは!流石親友同士だ!では俺は1人で参加しよう!ライバルとなったからには容赦せぬぞ!」


 目まぐるしく感情を動かすアイザックに思わず笑顔になってしまう、それはモネも同様だった…いつしかアイザックのそのポジティブな思考に私達が学友として自然と好意を抱いていた。

「ふふ、アイザックには負けられませんねモネ」

「そうだねデイジー」


 ランドルフが何を考えているのか少しだけではあるが読めてはいる、恐らくエリザの兄のガーランド講師が関わっているだろう、しかしモネと一緒であれば恐らく大丈夫では……………あるのだが。






 笑っているモネの表情には何処か、何か言いたそうな後悔がありそうな…そんな影を感じており、それが気掛かりであった。









 しかし……ランドルフが関わっているとなると私に対して何らかの行動をしている事は想像に容易い、彼は舞踏という文化的行事に一切の興味もなかった、それにむしろ毛嫌いしていたと思う。
 だからこそ、わざわざ自発的に動くとは到底思えない…。

 こちらも先手を打つべき、もしもの保険をかけておかねばならない。

 私はその日の授業が終わり、講師の方が一人となった際に周囲の目がない事を確認して話しかける。

「講師、今よろしいでしょうか?」

「…なんでしょうか?デイジーさん」

 私は授業中に密かに書いていた二つ折りの手紙を取り出し、講師へと手渡す、不思議そうに首を傾げた講師に頭を下げて言葉を続ける。
 
「このお手紙を至急……––––様に届けて欲しいのです」

「っ!?………それは、難しいわよ……あの人は…」

「難しい事は充分承知しております、ですが私のルドウィン家からの至急の連絡なのです……どうか早急にお願いします」

 こんな時にルドウィン家の名を利用するのは気が引けるが何でも利用して生きると決めたのだ、躊躇もしていられない。
 ルドウィン家の名を聞いた講師は分かりやすく揺らめいていた、元より王妃教育でモネの忖度を許していた方だ、貴族に対して幾らかの恐れなどあるのだろう…申し訳ないがその気持ちを利用させてもらう。

「ルドウィン家よりとお伝えください…お願いいたします」

「………わ、分かりましたわ…届くのはかなり先よ?」

「大丈夫です」

 むしろ遅く届く事が狙いなのだから。
 これで…保険はかけることが完了した、舞踏会の日には間に合うだろう……しかしこれは私にとって諸刃の剣でもある、相応の準備を始めておこう。
 手紙を送った人物は元より私のとある計画のために話し合う必要があった、それが早くなっただけだ。



 私の計画をここで大きく進める、ランドルフが仕組んだであろう……ふざけた舞踏会を利用してね。

 
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