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デイジーside

「ご機嫌よう、デイジー殿」

 授業が終わり、モネと共に寮へと帰る道でその男性は花束と共に現れた。
 何処から持ってきたのか、薔薇の花束を抱えながら膝をつき、私の名前を呼んだ彼を周囲の人々は熱を帯びた視線で見つめる、その見目の良さは誰の視線をも奪う…ローザが女性としてオルレアン家の珠玉と呼ばれているが、目の前のアイザックも性別は違えど同じ意味合いで呼ぶ者が多くいる。
 そのプラチナの髪色で整った髪は小さな風にふわりとなびき、翡翠の瞳はキラキラと輝く宝石のようで魅入られると取り込まれてしまいそうな程の魔性の魅力で溢れている。

 彼の名はアイザック・マグノリア…あのマグノリア公爵家の令息だ、知らぬはずも忘れるはずもない、私にとっては彼も重要な人物であるのだから。


「こんにちは、アイザック様…突然、どうかしましたか?」

 私の返答に彼は嬉しそうに顔を上げ、綺麗な瞳で私を見つめる、隣にいたモネが思わず赤らめてしまうほどにその魅力は絶大であった。

「デイジー殿、俺は貴方を見て強く心を惹かれたのです…よければこれからお話でもいかがでしょうか?」

 アイザックはそう言ってニコリと笑い、モネが嬉しそうに私に話しかける。

「す、すごいよデイジー…公爵家の方だよ?……」

「ええ、そうね」

 囁くように私にだけ耳打ちした彼女に頷きで返しながらも……私は胸の鼓動を抑えて冷静を保つことに必死であった、探していたアイザックが自ら私の元へとやってきた事に素直に喜びで溢れる。

「アイザック様、お気持ちは素直に嬉しく思います、ですが皆様の前ですので……ここでは面映ゆいです。」

「アイザックと呼んでくれ、君はそう呼んでくれて構わない……確かにここでは君に羞恥を感じさせてしまうな、配慮が足りなかった、場所は………そうだな」

 アイザックはそう言って私の手を取り、顔を近づける…香水の香りと共に耳に囁かれた声は脳内を痺れさせるような甘い囁きであった。

「学園の第二校舎の庭園で待っているよ」

 学園には第一から第三校舎まであるが、第二校舎の庭園といえば薔薇の園と呼ばれる程の綺麗な庭園で恋仲になった者達はそこで告白する事は学園では広く知れ渡っており有名だ。
 つまり、その場所を指定する意味は………隣で聞こえていたのだろう、モネは倒れそうな程に頬を紅潮させて興奮したように見入っていた。

「第二校舎の庭園……」

「あぁ……待っているよ麗しい君を」

 囁きながら私から離れていくアイザックを周囲の女生徒は興奮して見入っている。

「どうするの!デイジー!!凄い事だよ!公爵家の方だよ!もし恋仲になって婚約者になったら!」

 同様に興奮しているモネを落ち着かせながら、ここでは人気も多いために手を引いて人気のない場所まで歩いていく。

「恥ずかしがりやだね、デイジーは」

「注目されるのが嫌なの、でもそうね…向こうから来てくれたのは嬉しく思うわ」

 私は素直な気持ちを吐露してしまう、それもそうだ……まさか公爵家のアイザックから声をかけてくれるなんて思ってなかった、待ち望んでいた事だけに興奮してしまう。

「そ、それでどうするの!デイジー!」

「モネ……落ち着いて…私の答えは決まってるわ」

 私以上に興奮して鼻息を荒くしているモネを落ち着かせる、彼女の興奮の理由もよく分かる学園には婚約者を探している令嬢も多い、気位の高い方を目標にしている令嬢が多い中で公爵家の方からの誘いとなれば断る理由はない、願ってもいない僥倖だからこそ私の答えは決まっている。

「デイジー、行ってきなよ」

「モネ……私の答えは決まっています…アイザックの所へは」

 相手はあのアイザックだ、答えなんて決まってる…私の目的には彼は必要であった、私はモネに自分の答えを聞かせて歩み始めた。



















   ◇◇◇




アイザックside

 第二校舎の庭園で俺は薔薇を眺めながら一息つく、ランドルフの話が虚偽であれば婚約者であり王妃となるデイジーが俺の誘いに来るだろうか、俺は自分で自覚している程に色男だ…例え噂が虚偽であっても俺程の男の誘いに乗ってこない令嬢は存在しないだろう。
 

 乗ってきた上で俺が告白し、それに承諾したのなら噂は真実だ…王妃となる身分でありながら告白に承諾となれば俺も幻滅してしまうかもしれない……いくら…あのデイジーであろうとだ。


「それにしても、遅いな………まぁ女性には準備も必要か」

 準備が多いのは仕方ない、女性は綺麗な姿で素敵な俺に会いたいと思うものだ…俺も寛容な心を持たねばならない、多少の時間がかかっても許す技量はある。


 俺は薔薇を眺めながら彼女を待つ一時を楽しむことにした。


 どれ程、時間が経っただろうか、辺りに夕陽が差し込みオレンジ色の空に黒いカラスが飛び立ち、鳴き声と共に寂しげな雰囲気を醸し出し孤独に庭園に立っている俺は途方に暮れていた。

「い、いくら女性が準備に時間がかかるといってもこれは長すぎではないか?」

 疑問に思ったが俺はこうも考えた、もしやデイジーは制服ではなく綺麗なドレスに着替えているのではないか?麗しい俺に声をかけられて浮足立つ気分も分かる…美しい自分を見てもらいたいと思った彼女はドレスに着替えている、そうなれば時間がかかるのも納得できる。

「そう思えば愛い女性だな…待ち時間でさえ至高に感じる。」


 俺は再び彼女を待ち、夕陽が落ちるのをただ眺めた。










 完全に陽は落ちた………空は漆黒に染まり灯りもない中に1人で立っていると足音が聞こえた。

(来た!)

 なるほど、雰囲気を良くするために暗くなるのを待っていたのか…いい演出をするものだ、デイジーは俺との話を最高の場にしたいのだろう…なら俺もそれに答えねばな。

 足音がすぐ近くに聞こえたので俺は薔薇を一輪持ちながら声を出す。

「待っていたよデイジー、なに…待たせた詫びはいい!この雰囲気は君と話すのにピッタリだ!」

「え!?」

 ん?……。
 なにやら妙にしわがれた声に違和感を感じて声のする方向を見ると年老いた男性が俺を見て驚愕していた、身なりで分かった、この庭園を管理している方だと。

「な、学園の生徒ですか………何をして」

「お、俺は女性を待っていたのです」

「ま、待ってる?もう校門は閉じられて誰も入れないよ……」


 その言葉に、俺の脳内は真っ白に染まる………あ、有り得ない事だが、もしかして俺はデイジーに約束をすっぽかされた?
 い、いや待て、デイジーとの会話をよく思い出せ。
 そ、そういえばデイジーは俺が待っていると言っていた言葉に………向かうなんて返事はしていない、つまり約束をしていないのだ…元から彼女は俺の元へ来る気もなかったのではないか? 
 その事実に気付いた瞬間に俺はあまりの出来事に膝から崩れ落ちた。

「な!!なんてことだ………この魅力的な俺に惹かれないだと……」

「その、もう遅いから寮に帰りなさい」

「な、なぜだ……俺程の男はいないはずなのに!!」

 叫ぶ俺はその後、学園の警備員に連れられて寮に戻された、これは寮にいた生徒達にすぐさまに広まり俺は恥をかかされた、あのデイジーによって。


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