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カミラside

「遅いわね…あの子、何をしているのかしら?」

「カミラ様、もう今日はお先に就寝なさっては」

「いえ、知らせがあるまでは起きています、この日をどれだけ待っていたと思っているの」

 屋敷の中をウロウロと歩き回る私に使用人達も落ち着かないのだろう、致し方ない…私もあの子もこの日を楽しみにしていた、王妃として正式にランドルフ王子に婚約発表される日、この日を心の底から待っていたのだ。
せめて無事に発表が済んだかどうかだけでも聞いておきたい、懇親会が盛り上がり、帰りが遅くなるようであれば執事のウィリアムが先に伝言だけでも知らせに来る手筈だった。

 だが伝言は来ずに、帰りも遅い…こうして屋敷の中を歩き回る時間が長くなり、足にも疲れが溜まると同時に嫌な考えが私の脳内に浮かび上がる。

 もしや、ランドルフ王子を怒らせるような事をデイジーがしでかしたのではないか?あの子はドジな時もある、もし懇親会でドジを踏んでしまい、王子を怒らせて正妃となる事を破棄されていたら?
 いや、ドジではなくワガママを言ってしまって王子を怒らせたのかもしれない、あの子はランドルフに甘えたいと言っていた、もしそれが王子の逆鱗に触れてしまったなら…口酸っぱく、女性は男性の機嫌を損ねるべきではないとデイジーには言い聞かせてきた…。

 私も夫を早くに亡くして女性当主となった、故に理解している…時に自身の心を捨ててまで男性に媚びを売る必要があると、それがこの男性まみれの貴族社会を生きていく処世術だ。



 時間が経つと共に浮かぶ嫌な考えに「デイジーなら大丈夫」と自分に言い聞かせながら帰りを待っていると、屋敷の外から馬車の車輪の音と蹄が地面を叩く音が聞こえ、やがて屋敷の玄関扉が開かれた。

「ただいま帰りました、カミラ様」

「ウィリアム…ご苦労です、デイジーは?」

 屋敷の扉を開き、入ってきたのはウィリアム1人だったために軽い労いの言葉と共にデイジーについて尋ねるとウィリアムは屋敷の両開きの扉を開きながら「お待ちください」と呟いた。

「?………………なに?」


 ウィリアムの不可解な行動に首をかしげていると、扉の死角からデイジーが飛び出すように屋敷の中に飛び込み、そのまま私に飛びついてきた、その手には真っ赤なカーネーションの花束を抱えて。

「お母様!!」

「ど……どうしたの!?デイジー!?」

 突然の娘の行動に私は戸惑い、思考が混乱してしまう。

「お母様に日頃の感謝を…伝えたいと思ったのです…カーネーション、お母様がお好きだと言っていましたので」

「た、確かにカーネーションは好きだと言ったけど」

 好きな花について話した事なんて、デイジーがまだ6歳にもならない頃だ……夫が亡くなって私が当主となってからデイジーと話す時間も減って、王妃教育を受けるようになってからデイジーの帰りも遅くなり親子の会話の時間は無くなっていた、とっくにそんな思い出……忘れていたと思っていたのに。

「覚えていてくれたのねデイジー……」

「当たり前です、大好きなお母様の好きなお花です、忘れるはずもありません!」

 カーネーションを受け取りながら、私は思わず瞳に涙が潤んでしまう……会話が少なく親子としての時間が取れなくてどこか娘に申し訳なさを感じて過ごしてきた、でもデイジーは私の事を慕ってくれている。
 これ程嬉しい事はない、そう思って涙を流した私をデイジーは優しい力で抱きしめた。

「お母様には本当にお世話になっています、お父様が亡くなって大変な時に私を育てるためにルドウィン家の当主となって頂いて…決して優しい世界ではなかったと思います、お母様が頑張ってくれたおかげで今の私がおります」

「デイジー………」

 労いの言葉まで貰い、溢れた涙が止まらなくなってしまう、内気であまり本音を話したがらない娘と思っていたけど、私が思う以上に娘は心も含めて成長していたのだ。
 デイジーを抱き返し、涙を拭きながら私はふと思った。

 そういえば、ランドルフ王子との話はどうなったのだ?……と。


「ところで、デイ」

「そうだ!お母様にご報告したい事があります!」

 私の言葉を遮るように声を上げたデイジーは満面の笑みであっけらかんと言った。

「ランドルフ王子の正妃になるの……凄く嫌になりましたので私、断りました!!」

「は………え?………えっ!?!?」

 私はカーネーションを持ちながら、思わず大きな声で聞き返してしまった。

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