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ランドルフside

 ざわついている会場の連中、俺はこれ以上騒ぎとなるのは避けるために「デイジーよりルドウィン家からの言伝を受けただけだ」と噓を吐き、場を治める。
 温和なデイジーであれば、泣くだけで俺に何か異議を申し立てる事なんてないと思っていた、俺に捨てられたと泣きながら納得してこの懇親会の会場から去っていただろう。   

 だからこそ、彼女の行動には虚を突かれた思いであった…普段の彼女は人前で注目されるような行動を嫌う、耐え忍ぶように我慢するのが彼女の癖でもある、だが先程のデイジー…俺の胸倉を掴み鋭い視線と共に冷たく俺を突き放す言葉に身震いするような、形容しがたい何かを感じた。
 デイジーであるが、デイジーではない誰かのような影を感じ、そしてあの冷たい瞳に感じた事がない魅力を覚えた。

 美しいと…思ってしまったのだ。

「大丈夫ですか?ランドルフ様…」

 デイジーを想い、惚けているとローザが俺の袖を引いて心配そうに呟いた、俺は慌てて取り繕う笑顔を浮かべて彼女の背中に手を回す。

「すまない…少しだけ考え事をしていたんだ、心配させたな」

「い、いえ…私はあの女性がランドルフ様と恋仲だと思って…追いかけなくて良かったのですか?」

「そんな訳がないさ…彼女とそんな関係になるはずがない」

 自分でも驚く程にあっさりと噓を吐けるものだ、だがローザを見てしまえばそこんな自分にも納得できる、得も言われぬ美貌、その洗練された美しさを手に入れるため、噓をつくごときで罪悪感など感じている繊細な心は必要ない。

「ローザ、今日この日に君に出会えて良かった…もしよければこれから2人で話せないだろうか?」

 俺は彼女の手を取り、両手で包み込む…若干だが彼女の手が震えた、まだ男に慣れていないのだろう…その動作ですらも愛おしく、俺の劣情を酷く刺激する。

「ごめんなさい、今日は懇親会には顔を見せるためと両親には伝えていて…すぐに帰らなければならないのです…それに体調もあまり良くなくて…」
 
 舌打ちしたい気持ちが溢れた、折角俺の前に現れてくれた女神のような彼女をここでなんの成果もなく手放す訳にはいかない…だがここで強制して嫌われる事は避けたい…ローザも俺と同じ学園に通う身…好機はいくらでも訪れるだろう、焦る必要はない。

「そうだったか…それは仕方ない、ではまた会った時に話でも」

「え…えぇ…ではまた、ランドルフ様」

 会場から足早に去っていく彼女を見ながら俺はゴクリと生唾を嚥下する、あれだけ美しいローザを知ってしまえば…やはりデイジーを愛する事などできない…。
 事後報告となってしまったが、デイジーではなくローザと結婚したい旨を父上に伝えよう…父上はこの国の王ではあるが、息子の俺の幸せを一心に考えてくれる優しい父だ、きっと認めてくれるはずだから。














   ◇◇◇













「ふざけた事を言うな!!ランドルフ!!」

「ち…父上!?」

 激昂した父上は顔を赤くしながら叫んだ、そんな姿を見た事がなかった俺は萎縮し、思わず震えてしまう。

「な、なぜ!?父上は俺が選びたい相手を選んで良いと昔は仰っていました!!ローザはデイジーよりも家柄も良い公爵家です、身分も申し分ないはずです!」

「なぜ!?理由も分からんのか!?…………デイジーと結婚すると決めた10歳の頃より7年の月日が経った……それまで彼女がどれだけ苦労していたと思う!?王妃教育のカリキュラムをこなしながら学園に通っておったのだぞ?」

「王妃教育?そんなもの直ぐに終わるものではありませんか?」

「まさか…………今までデイジーの王妃教育に顔を見せた事もなかったのか?」

 父上の意外そうな表情に俺は恐る恐る頷くと、父上は大きなため息を吐いてしまう。

「父上!デイジーは疲れた表情を見せる事も、愚痴をいうこともなかったのです…だから王妃教育など簡単なものだと…」

「それが彼女の魅力でもあったのだ……それに甘えて、彼女の苦労も知らずに、捨てて他の女性を娶るなど諸侯貴族達が黙っているはずがないだろう?人生を捧げた女性を捨てる王子に不信感を抱かないはずがない」

「…………っ!」

 何も言い返せなかった、俺はただ己の劣情に身を任せて立場を理解していなかったから…まずい、そう思って言い訳の言葉を探すが、俺の頭にはこの状況を打開できる案は何一つ思い浮かばなかった。

 落ち込み、沈む俺を見て父様はため息を再び吐いた。

「考えなしの馬鹿垂れめ……今のままではお前を信頼する者は離れるだろう…だが儂も自分の息子であり、やがてこの国の王となるお前に苦労はしてほしくはない」

「父上…………?」

「お前とデイジーが結婚をする事を知っている有力貴族には結婚を行うのは学園を卒業してからだと伝えている…学園を卒業して初めてお前の王妃となるのだ」

「ど……どうすれば?」

「わからぬのか?学園を卒業させねばいい……どんな手を使ってでも退学に追い込め、学園を卒業さえさせなければ王妃としての素質がなかったと言い訳も立つ……そうして初めてお前の愛する者を迎えよ、その者には事後に王妃教育を受けてもらうしかなかろう…」

 父上の言葉、俺は見えた希望の光に拳を握り締める、だが同時にそれはかつて愛したデイジーの人生を破壊するような行為だと理解し、背中に冷や汗をかく………父上もそれを察して俺の背中に手を回す。

「儂も息子のお前には真に愛している者と結婚をと思っている…だからこそ、お前は自分の立場を理解して保身のために1人の女性を切り捨てねばならん」

「父上…………分かりました、俺は覚悟を決めます…この国を背負う王となるために」

「あぁ、上に立つ者は時に非道を行ってでも信頼を勝ち取らねばならん…たかが1人の女性の犠牲だ、気にするな」

 覚悟を決め、瞳を見つめた俺を見て…父様もゆっくりと頷く 
 

 俺は必ずあの美しきローザを正妃として妻に娶る事を心に誓う、そのためにはかつて愛したデイジーを自己保身のために切り捨てよう、1人の女性の人生が崩れ去ったとしても、俺の人生が幸せであればきっとこの国の幸せに繋がるはずだから。









   ◇◇◇





ローザside




「う………おぇええぇえ…………」

 会場を抜け出し、近くのトイレに駆け込むと同時に私は胃の中の物を吐き出してしまう、胃酸が逆流して喉を焼き、嗚咽と共に涙が生理現象でこぼれてしまう。
 こうなる事は分かっていた、そして覚悟もしていた……でも実際に目の前で見てしまうとやはり罪悪感を感じずにはいられない、私のせいで女性があっさりと捨てられ、悲しみの表情を見せていたあの姿。

 最後こそ、毅然としていたが…王子に突き放される前に見せたあの悲しみの表情が……私の脳裏にこびりついて離れない、罪悪感で押しつぶされそうになってしまう。

 でも、それでも…………

「やっと手にしたのよ、私はローザとしてやり直すの…罪悪感なんて感じてられない、幸せのためならなんだってやってみせる…そう自分に誓ったじゃない…」

 鏡を見つめて自分に言い聞かせる、こんなに望んだ美しい姿になれたんだ…夢を叶えてやる……私の幸せのためにはあの王子と結婚する事が一番なんだ…どんな手を使ってでも幸せになって見せる、例え、あのデイジーという女性を蹴落としてでも…




 もう、のような人生はごめんだ





「デイジー…もし…もし私の幸せを邪魔する事があれば…潰してみせます。」



 この美しさを手に入れたなら、何をしても幸せにならないといけない……これが最後のチャンスだ。

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