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「お嬢様、懇親会は終わったのですか?」


 老齢の白髪の男性が私に向かって頭を下げながら尋ねる。
 私の従者でもある、ルドウィン家の執事ウィリアムの言葉に答える。

「ええ、終わったわ…ここにいる必要はない」


 答えて直ぐに馬車に乗り込み「出して」と一言だけ告げる、何かしらを察してくれたのだろう、彼は「承知いたしました…お疲れでしょうからゆっくりと走らせますね」と言って手綱を握り、言葉通りゆっくりと馬車を走らせる。
 ウィリアムは何も聞いてこない、その配慮に感謝しながら馬車の車窓から見える夜の月に視線を向けて、今までの思い出に記憶を馳せる。

 婚約者のランドルフと結婚のために人生のほぼ全てを捧げてきた、学園で教養を学びながら王妃教育を受け、寝る間も惜しんで勉学に励んでいたのは全て未来で隣に立つランドルフのため…だが、人生を捧げた代償はあまりにも冷たく酷く惨めに捨てられた……。
 

 一回目の人生では同じ、捨てられて…あげくに私は自殺した…
 突拍子もない話に思えるだろうが事実だ、簡単に言えばランドルフの保身のために消された人生といっていいだろう、理由は分かっていない…ただ私の前世は今日この日、彼に捨てられて転がり落ちるように転落していった。

 お母様からはランドルフに正妃を降ろされたのは私の責任だと罵倒され疎遠になった、学園では女生徒達から執拗ないじめを受けた、何処から漏れたのかランドルフに捨てられたと噂が出回っていたのだ。
 いじめられている私に手を差し伸べる男性貴族がいた…いいように男性貴族に惚れた私を彼はランドルフと同じく私をあっさりと捨ててしまった。 
 その事に再び心を痛めた私は次第に学園に通う事も無くなり、退学…。

 家に帰る事も出来なくなった私は自分で自分の命を……まとめるとこんな所か。


「最悪ね…また同じ人生を歩む事になるなんてね」

 春の朧月を見ながら、私は呟く…一回目の人生で命を絶つ時に思った事は「今度こそ幸せな人生を」その答えが私が最も忌み嫌う人生に戻される事なんて、神様がいれば酷い嫌がらせだとも思う。
 
「でも、もう私は死を選ぶ気なんてないわ」

 捨てられ、𠮟責され、虐げられて、騙された人生であった、だからこそ私は同じ轍は踏まない。

「利用してやる、幸せのためなら私は全てを利用する、もう誰も愛さないし信用しない」

 誰に誓う訳でもない、自分自身に言い聞かせる言葉を口にしながら、決意を固める。
 
 とりあえず最今の状況は一回目と大きく変化しただろう、一回目の人生では令嬢達からの悪口に私は口を噤んでただただ泣いてしまい、ランドルフに言葉も告げずに会場を後にしていた。
 その光景を見れば、私がランドルフから捨てられたように見えただろう、でも私からランドルフに別れを告げた事で学園でおかしな噂が流れる事は避ける事ができるはずだ。

「とりあえずはお母様ね」

 今の私の前に立ちはだかるのはお母様だ、正妃となれないと知ったお母様は必ず私を罵倒して𠮟責するだろう、お母様は屋敷には必ずいる、そして今日この日、正妃の発表を私以上に待ち望んでいたのだ…絶対に起きて私を待ってるだろう。

「はぁ…」

 思わずため息を吐いてしまう、お母様は家族であり嫌でも顔を合わせなければいけない…特に私のルドウィン家は私が幼き頃に父様が亡くなってしまい、現当主はお母様、下手な対応で怒りを助長し勘当でもされれば路頭に迷ってしまう、それに私もお母様に対して大きな怨みを持っている訳ではない、前世では分かり合えなかったが私を育てるために苦労していた事も知っている…あまり波風を立たせたくはない。

 どうすべきか…。




 私は馬車の車窓から見える景色を見つめながら考える、お母様とどう話すべきかと迷っていた私の視界にふと…明るい光が見えてきた。
 それはルドウィン家の屋敷の近くいある街、その街は未だに人も多く店も幾つも開いているだろう…その街を見て私はとある事を思いつく。

(これなら…お母様との話し合いを穏便に済ませる事ができるかもしれない…)


 私のとある思いつき、その考えに絶対な自信はなかった…なぜならそれはお母様が私に本当に愛情を持ってくれているか、そしてルドウィン家にどれだけ誇りを持っているかで答えが大きく変わる考えだったから。


 それでも、今の私にはこの選択しか残されていない。

「ウィリアム…少し街に寄ってくれますか?用があります」

「承知いたしました」

 馬車の行き先が変わり、まっすぐに街に向かっていく…例え限りなく可能性が低くても私は一回目の人生と同じ轍を踏むことだけは避けるべきだ。
 相手が私の実の母であるお母様との対話でさえも変えていかねばならない…目の前のお母様でさえ打ち砕いて見せる。

  

 待っていてください、お母様。

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