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「聞いているのか!?デイジー!」

「えっ!?」

 突然の叫び声、私は顔を上げて声を発した人物の顔を見て呟く。

「ラ…ランドルフ…?」

 宝石のように輝く金色の髪に凛々しい顔立ちは忘れるはずもない彼であった、碧の瞳で私を見つめるその表情は何処か冷たく感じた。
 周囲を見渡す、多くの貴族令息や令嬢の方々があちらこちらで談笑をしている。
 この光景に私は見覚えがあった。

「話は聞いていたか?デイジー」

「え…いえ、ごめんなさいランドルフ…何を言っていたの?」

 未だにぼんやりと思考がはっきりとしない、確かに私はあの白い花が咲いているガーベラの近くで自分の命を……でも無傷で生きている。
 未だに状況を整理出来ていない中でランドルフはいきなり私の肩を突き飛ばし、周囲に聞こえないように囁いた。

「俺の話をよく聞け、お前との婚約関係はなしだ……もうお前に食指が動くほどの興味はなくなった、飽きたんだよ、恨むなら自分の不甲斐なさを恨め」

「ラ…ランドルフ……ウソよね?そんなはずない…」

 自然と口から滑り落ちた言葉、だが内心ではそれ程驚いていなかった…何故なら今の状況も先の言葉も全て知っていたからだ……。
 そうだ、この場所は学園に所属する貴族達が交友を広げるためにランドルフが開催した懇親会であり、私はこの場所で正式に婚約関係をランドルフの口から発表してもらう予定だったのだ。
 辛く、厳しい正妃教育を乗り越えてようやくといった所で今の言葉を吐かれた。

「本気だ、向こうを見ろ」

 ランドルフが指さすのは1人で佇んでいる女性だ、周囲の生徒達も彼女から漂う妖艶な雰囲気に頬を紅潮させているが誰もが話しかける事はない、それ程までに高嶺の花であった。
 桃色で艶のある髪、蒼の瞳が潤んで周囲を見渡しており、誰と話しているわけでもなく笑顔でいる彼女に庇護欲を搔き立てられる男性は多く、それは目の前のランドルフも同様であり恍惚の表情を浮かべていた。

「彼女は今期より学園に入学予定のローザ・オルレアンだ、オルレアン公爵家であり、君の実家であるルドウィン伯爵家よりも爵位も高く、王妃として申し分ない…なによりあの美貌と鼻孔をくすぐる甘い匂い…魅力に溢れた彼女に俺は強く惹かれたのだ」

 ランドルフはローザをうっとりと視認した後に私を見てため息と共に言葉を続けた。

「比べてお前はどうだ?珍しくもない黒髪に茶色の瞳…それに胸も大して育っていない…まるで平民のようではないか…幼き頃はお前に恋をして婚約を迫ったが俺の審美眼が間違っていたな」

「……………」

 あぁ……そうか、ようやく考えがまとまってきた…状況も理解が出来てきて彼の一言一句に怒りを覚える事ができるようになっている。

「と………いうわけで魅力のないお前に興味はない…せいぜいそこらの雑多な男と結婚して、しみったれた余生を過ごしてくれ、お前に王妃教育を受けさせたのは金の無駄であったな」
 
 立ち去り、ローザの元へと向かっていく彼の背中を見つめながら私は全てを理解して膝から崩れ落ちた。
 


 あぁ…神様は残酷だ、私に再び悲惨な思いを経験しろと言うのだろうか…あの辛く、苦しい日々を再び…。
 身体が自然と震えた…だが同時に私にはとある考えも浮かんでいた。


––––願う事なら今度の人生は後悔もない、虚しい日々を覆す幸福な日々を…。
 自死を選んだ私自身が願った事を思い出して…嘆いていた自分自身を奮い立たせる。
 
  

 何を嘆いているんだ私は…違う、今私がすべき事は嘆く事でも悲しむ事でもない…。
 かつて私を死に追いやったこのくそったれな人生を覆す事だ、一回目の人生では私を捨てたランドルフに悲観しかできなかったが、今の私はそんな感情は一切なく心の内にあるのは燃えるような怒りのみ。

 その怒りが私を奮い立たせてくれる、立ち上がらせてくれる。
 変えてみせよう、あのくそったれで最低な未来を、私自身が……。

 
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