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22話

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 リアが自らの腹部に突き刺したかんざし。
 その行為に、ルークは血相を変えた。

「リア! どうして……」

「どうせ罪に問われるなら、ここで死にたいの……ここで終わって楽にさせて」

「……っ」

 咄嗟に、ヴィオラが癒しの力を行使する。
 だが、本人に生きる意志もない身体には……癒しの効果が表れなかった。
 初めての現象に……リアは心から生を諦めているのだと気付き、ヴィオラは目を見開く。

「どうして……?」

「私だって、分かっている。自分のした事が間違ってるって、貴方に裁かれるのだって納得してるの」

 リアは口元から血を流しながら、うつろな瞳で語っていく。

「でもね……私はどうすべきだったのか、教えてよ。綺麗な倫理観で、聡明な貴方達なら……答えが分かるんでしょ? 全部話すから、教えてよ」

 彼女の最初の記憶は、母に睨まれて捨てられた所から始まる。
 次は、父がたまに会いに来ては、必要最低限の食事だけを置いて行く光景のみが幼少期の記憶だ。

 幼き頃からあばら家で孤独に暮らすリアの唯一の幸福は、たまに会いにくる父と、その際に持ってきてもらえる小さなパンへの期待のみ。
 それが不幸だと思わない、だってそれが当たり前で、それ以外を知らなかったから。

「たまの食事と、たまに会いにきてくれるお父さんと会話する。幼い私の唯一の話し相手は父だけで、無視されて……寂しかったな」

 だが、ある日を境にリアの人生は変わる。
 ひょんなことから転び、怪我をしたリアは自らの痛みから逃れるために祈ると、聖女の力が根源したのだ。
 その才能、才覚を……ちょうど父が見ていた。

「その日から……父が私を大事にしてくれた。知らない幸せで包まれたの」

 温かくて味のあるスープや、絵本まで貰えた。
 そしてなにより大きいのは、父がずっと傍にいてくれるようになった……

 一緒に眠る時に見える父の背中が、あんなに安心できると……リアは初めて知る。
 小さな手を伸ばせば届く距離に誰かが居てくれる事が、幼子にはとても嬉しくて幸せだった。 

「それから、大臣やムルガ公爵がやってきたの。今思えば……父は彼らに会わせるために私を優しくしてたの……でも、そこからさらに幸せが広がった」

 ムルガ達はリアへと贅の限りを教えた。
 食べきれぬ豪勢な食事、可愛いお洋服に、おしゃれな髪飾りに、綺麗な宝石類。
 過剰な幸せが与えられ、リアは……もう戻れなかった。
 それを手放すなど、考えられなくなったのだ。

「ムルガさんや、父が言ってきたの。今の幸せを守るために指示に従わないと、また元の生活に戻るって……そしてルークの馬車の横転事故が仕組まれた」

 加えて彼女の父は大臣に頼んで記憶操作魔法の本を入手し、リアに手渡した。
 計画を万全にするために、これらの魔法を覚えろと……

「そして計画は成功した。意識を失ったルークの記憶を……ヴィオラさんに関する事や、それまでの記憶を思い出す事を阻害した。そして私だけに固執するように魔法を施したの」

 そこに罪悪感がないわけがない。
 だが、もうリアにはそれしか無かった。

 知ってしまった幸せは手放せない、失うなど恐ろしくて出来ない。
 なによりも……

「誰かに……愛してほしかったの。だから……止められなかった」

 話を続けていたリアは、息も絶え絶えの中で呟く。
 吐露された本音、その人生にルークやヴィオラは言葉を失う。

「本当は分かっていた。父の愛情も大臣達の優しさも偽りで、私を利用しているだけ……だけどそんな彼らに逆らえば私は全てを奪われてしまう」

「……リア」

「そしてルーク、貴方の隣はなによりも幸せで……手放したくなくて、ヴィオラさんを犠牲にした」

「……」

「惨めだって分かってる。でも私は……たとえ仮初の愛でも手放したくなかった。本当の愛を知らぬ私には……充分な幸福だったから」

 リアの呼吸は薄くなっていき、その眼が虚ろにまどろむ。

「ねぇ、教えてよ、私はどうすれば良かったの……聡明な貴方達だったら、私がどう生きれば良かったか分かるの? 正解があったというの?」

「……」

「答えてよ、答えて……私のこの人生に、間違いのない生き方があったなら教えてよ」

 ルークに返す言葉は無かった。
 自らと違う生まれ、貧富の格差の犠牲者であるリアには……自分のように選択肢が多い訳ではない。
 安易な答えは出せないと迷っていた時に、端を発したのはヴィオラだった。

「リア、貴方を導く大人である者達が……皆、どうしようもなかった事は同情を禁じ得ないわ」

「っ……ヴィオラさん」
 
 ヴィオラは、その目線をリアに合わせるようにしゃがむ。
 
「それでも、やはり貴方の罪が裁かれる事に私は罪悪感を抱けない」

「っ……なんで、どうして」

「貴方が大人に悪用され、利用された人生だった事は分かる。それでも、貴方自身が出来た事もあったはずよ」

 その言葉に、リアの目が見開く。
 そして、続くヴィオラの言葉を彼女は黙って聞いた。

「貴方には他者とは違う、類まれなる力があった。それを利用されたけど……その力こそが貴方の罪悪感を払拭する手段でもあったはず」

「……」

「その癒しの力で、誰か一人でも救う道もあった。自らと同じ境遇の者に手を差し述べるのも出来た……それらで自らの罪滅ぼしだってできたはず」

「……」

「でも貴方が求めたのは、最後まで自分一人の幸せだけだった。最後まで自分のために誰かを欺いても犠牲にする道を選び続けた」

 リアの瞳は揺らぎ、流す血と共に涙が流れていく。
 彼女自身が閉じこめていた罪悪感を、ヴィオラが解いていく。

「自ら正道を捨てたのは、やはり貴方の意志に違いない」

「……」

「貴方の不幸は決して誰かを犠牲にしていい理由にはならない、犯した罪が免罪される訳にはならないわ。私が言っても……綺麗事かもしれないけれど」

「ヴィオラ……さん」

「だけど、貴方がこのような人生を送るような貧する原因を作ったのは……王国の為政者の担い手でもあった私を含め、王家の責任である事には違いない」

「っ!!」

「貴方には元王妃として、心から謝罪をさせて……ごめんなさい」

 ヴィオラが謝罪として下げた頭に、リアは驚く。
 王家を背負っていた一人として誠意ある対応を見せたヴィオラに、リアは自らの駄弁がさらに惨めに思えて……
 もう、言い訳を吐く事すら出来ずに俯いた。

「……ってる。分かってる。私の子供のような言い訳だって……最後まで自分のためだけに生きてきた結果だって」

「……」

「でも、せめて、せめて……貴方のような人に会えて、ちゃんと話していたら。私の人生は違ってたのかな? 私も貴方のように……前を向いて生きていけたのかな」

 血を吐き出しながら、リアの身体から力が抜けていく。
 彼女の顔は血の水面に浸かる。

「分かってた。私が間違っていたって……」

「リア……」

「結局、罪深い私は幸せになる運命がくるはずもない……」
 
 悲壮な呟きを漏らした彼女は、涙と混ざった血の中で死を待つ。
 後悔のみに、心満たされながら。

「お父さんにも愛されず、挙句にルークを欺いて愛してもらうなんて……本当に滑稽よね」

「……」

「誰にも愛されぬまま死ぬのは……私の宿命なのに」

「そんな事はない!」

 突如、ルークは叫んでリアを抱き上げる。
 血でどれだけ衣服が染まろうとも、構わずに彼女を抱きしめた。

「仮初の愛ではない。僕は……全てを知った上でなお、君を愛している。魔法ではなく……これは本心だ」

「……」

 リアは血を流しながら、目を見開く。
 そしてくしゃくしゃの顔で涙を零していった。

「ごめ……なさい。……本当にごめ……なさい。ルーク……ヴィオラさん。ごめん……なさ……い」

「っ……」

 その光景に、ヴィオラは静かに唇を噛み締める。
 前世で読んだ通り、これは悲劇の物語。
 救いのない話で、誰も幸せになんてなれなかった話だ。

 リアの自死だって、今までの罪でどのみち死罪は決まっていた。
 逃れようがないはずの結果。
 だが……どこか、やるせない気持ちは芽生えていた。

 そしてリアは息が途切れかけた間際、震える手でルークの頬に手を当てた。

「ルーク、本当に……ごめんなさい……全部……全部の記憶を戻すから……もう、私は忘れて」

「リアッ!!!!」

 呟きと共に、リアの手はだらりと落ちる。
 血の中でバシャリと落ちた手が、彼女の最後を実感させる。
 そんな中、彼女を抱きしめるルークは震えながら呟いた。

。やはり僕は……救うなんてできなかった」

「っ!!」

 ルークがリアの亡きがらを抱きながら漏らした一言。 
 それを聞き逃すはずもなく、ヴィオラは問いかける。

「また……とは?」

「時間を戻しても、千回以上を繰り返しても……結局こうなるんだよ。変えられない!」

「っ!? ルーク……貴方、今……千回と?」

「……リアの魔法が解かれて思い出せたよ。やり直していた記憶をね……君も同じなんだろ? ヴィオラ」

 その言葉に、ヴィオラは目を見開いて真意を問いかけた。

「貴方も……この時間逆行を?」

「全部話すよ。一度目に君が死んだ後と、こうなった原因も……とはいえ、結果は似たようなものだけど」

 ルークは落ち着いた口調で、しかしどこか悲しげに瞳を細めて語り出す。
 全ての真相を……このやり直しの始まりを。
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