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17話
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「いきなりの来訪とは失礼ではないか、ゼイン公」
ムルガ公爵邸の応接室。
ルカを殺す事を指示していた疑いのあるムルガ公爵はしかめっ面で呟く。
対面に座るゼインと、騎士団長のリエンは無表情のまま答えた。
「私達がきた要件は知っているのだろう。貴方が雇った商人についてだ」
「はて、何を言っているのか分からないな?」
いけしゃあしゃあと答えるムルガ公に、ゼインは眉根をひそめる。
だが、挑発に近い対応に怒りを示しはしない。
「認める気はないのか」
「明確な証拠はあるのか? まさか証言だけで捕えようと?」
「商人を調べれば、いずれ分かる事だ」
「ふむ、それもそうか……しかし今、正直に答えて拘留される訳にもいかん。なのでここは交渉させてくれないか。ゼイン公」
「交渉だと?」
「そうだ。ヴィオラ嬢をこちらに明け渡してほしい。望む対価を用意し––」
「断る」
即座の断りに、ムルガ公は苦笑を漏らす。
そして、再び話を始めた。
「落ち着いて聞け、大局を考えてみろ。我が王国の未来のためであれば、私の選択こそ最善だ」
「……最善だと?」
「そうだ。リア嬢が聖女の種であることはすでに各国へと周知した。皆が彼女の神秘性に引かれて、我が王国には多くの期待が寄せられている」
ムルガ公は仰々しく手ぶりを交えて、まるで宗教家のようにつらつらと話していく。
「リア嬢が王国の王妃となれば多大な益を生む。だからこそ……今ここでヴィオラ嬢に邪魔されるわけにはいかない」
「そんなことで、受け入れると?」
「まぁ最後まで聞け。こちらも充分に譲歩する気だ。ヴィオラ嬢にも力があると分かった……だからこそ、私を見逃せば相応の地位を約束しよう」
「……」
「ヴィオラ嬢も聖女として名を轟かせ……民の支持を確固たるものとしようではないか。安定した国には他国からはあらゆる事業が舞い込み、そして民は幸福を享受できるぞ」
ムルガ公の言葉は、王国にとって最大の利益享受のためにヴィオラを引き渡せと要求するもの。
ゼインにとってそれは、当然受け入れられはしない。
「断る。娘はそんな事は望んでいない」
「なら君は、民の幸福を捨てると? それは本当に貴族の使命か?」
「……」
「過去の件は悪かったと反省している。我らも最大限の謝罪をするつもりだ。だから今一度、この国のために手をとりあ––––」
「断ると言っている!」
叫んだゼインの反応に、ムルガ公は信じられないといった表情で目を見開く。
「聡明な判断もできないか? なにが最善か分からないのか? 私が提言する案こそ……王国のため、そしてこの国に生きる民の最大の幸福となるというのに」
「その言葉が通るのは、貴族が正当な働きをしている時のみ。腐敗した貴族共に望みなどない」
「は? なにを言って……」
「ムルガ公、実は此度の来訪は……私の息子を殺そうとした罪ではなく。別件だ」
「は…………なにを……?」
「騎士団長のリエン殿に協力して頂き、貴方と繋がりのある貴族、そしてなにより血縁者である大臣の屋敷などを騎士団で総ざらいさせてもらった。出てきたのは……こんなものばかりだ」
ゼインが床にばらまいたのは、以前に大臣が所有していた帳簿とはまた別物。
沢山の貴族の横領の証拠となる書類。
ヴィオラは自らに必要な帳簿のみを取っていたが、此度のゼインは人海戦術でさらに多くの証拠を集めた。
騎士団長のリエンも加わった事で、これが適った。
「これ……は……」
「ヴィオラのおかげで、大臣が勾留されていて助かったよ。調べれば……几帳面な彼はたくさんの証拠を残してくれていてね」
几帳面だからこそ、大臣となれた自らの肉親。
しかしながら、ムルガ公はその肉親の几帳面な性格に……今は窮地に陥る。
「これらは、ムルガ公。貴方が束ねる貴族院所属の者達の不正を暴くには充分な代物だ。お前たちの責を問うには充分だろう」
「な……」
「そして、すでに貴方と繋がりのある貴族家へと強制連行を騎士団が行っている」
まさに騎士団の威信をかけた、迅速な対応。
騎士団長のリエンにとって、今回だけは手を緩める訳にはいかなかった。
この絶好の機会に腐敗した貴族を掃討するために……各地の騎士団を総動員してる。
それを伝えれば、ムルガ公はようやく焦った表情を浮かべていく。
「よ、よく考えろ。先も言ったように……我らはただ王国のために最善を尽くしただけで……」
「民の血税を食いつぶす貴様らの言葉は詭弁だ……それに」
ゼインは立ち上がり、人生で初めて拳を握る。
そして、勢いよく振り抜いてムルガ公の頬を殴りつけた。
「ぐっ……や、やめ」
「私の娘と、息子に危害を加えたお前を許すほど甘くはない。徹底的に手を緩めず、私は戦うつもりだ」
まずい状況だ、このままでは全ての計画が消えてしまうとムルガ公は焦る。
(あれほどの労力をかけて、リア嬢とルーク陛下を引き合わせたというのに、水の泡とする訳にはいかない)
あと少しで王国から聖女が誕生し、そして王妃となって莫大な益が生まれる手前まで来ていた。
それが……今になって潰されるなど、絶対にあってはならない。
だからこそムルガ公は、最後の安全策を講じていた。
「く…………くく」
「なにがおかしい、ムルガ公爵」
「考えが甘くて、本当に可哀想な男だよ。私のような貴族として生きてきた人間は、いつだって幾つもの予防策を張っているに決まっているだろう」
「なに……?」
「分からないか? すでに貴殿らが来訪した時点で……私は私兵をそちらの公爵邸に向かわせた。最悪の場合に備え……貴殿の息子を人質にするため」
「な……ゼイン公! まずいのでは? 我が騎士団をすぐに手配して……」
「もう遅い。幼子一人を人質にするなど容易いのだから。どうするゼイン……お前は私を罰するために、息子の死を受け入れられるか? 私を見逃せば、息子の命は保証するぞ」
騎士団長のリエンは冷や汗を流し、ムルガは勝ち誇った笑みを浮かべるが……
唯一、ゼインだけは呆れたようにため息を吐いた。
「あぁ、ムルガ……お前はなんて事をしたんだ」
「は、はは、私に逆らうべきではなかったな。後悔するのはお前らのような浅い正義感に囚われた者達だけだ。愚かにも勇敢に挑めばなんとかなると思ったか?」
「違う、ムルガ……愚かな事をしたのはお前だ」
「は?」
「言っておくが、私は最大限……穏便に済ませてやっていたつもりだ」
「なにを、言って」
「彼女がルカを二度も害そうとすれば、もう我慢するはずがないだろうに」
ゼインの呆れたような言葉の意味が分かるのに、そう時間はかからなかった。
ムルガ公爵邸に、轟音が響く。
何事かと顔を上げるムルガ公だが、この応接室に音が近づいてくるのが分かった。
「な、なんだ……この音は……」
「彼女が来ただけだ。せっかく無傷で罪を受ける事もできたのに、それを手放したのはお前自身だ」
「なにを……いっ––––!!」
言葉の途中で、ムルガの近くの壁が崩れ落ち……ヴィオラが応接室に入ってくる。
紫色の瞳は赫怒に燃えて、即座にムルガを捉えた。
「ヴィ、ヴィオラ!? なぜ、ここ––––っ!!」
壁を突き破った拳。
そしてヴィオラはその拳を、ムルガの腹部へと強烈な正拳に変えて打ち抜く。
突き飛ばされた彼は悶絶して、五臓六腑に響く激痛に叫ぶが……
「……立ちなさい。貴方が一度ならず二度もルカを殺そうとした事、許すつもりはないの」
冷めた瞳で、一切の同情すら見せぬヴィオラの瞳。
ありえぬ程の強烈な眼光に、ムルガは初めて恐怖心を抱く。
(なんだ……この女は、聖女の力だけではない……なぜ、なぜただの令嬢が、こんなにも訳の分からぬ力を持っている……)
恐れを抱くムルガの疑問。
その答えが分かるはずなどなかった。
ムルガ公爵邸の応接室。
ルカを殺す事を指示していた疑いのあるムルガ公爵はしかめっ面で呟く。
対面に座るゼインと、騎士団長のリエンは無表情のまま答えた。
「私達がきた要件は知っているのだろう。貴方が雇った商人についてだ」
「はて、何を言っているのか分からないな?」
いけしゃあしゃあと答えるムルガ公に、ゼインは眉根をひそめる。
だが、挑発に近い対応に怒りを示しはしない。
「認める気はないのか」
「明確な証拠はあるのか? まさか証言だけで捕えようと?」
「商人を調べれば、いずれ分かる事だ」
「ふむ、それもそうか……しかし今、正直に答えて拘留される訳にもいかん。なのでここは交渉させてくれないか。ゼイン公」
「交渉だと?」
「そうだ。ヴィオラ嬢をこちらに明け渡してほしい。望む対価を用意し––」
「断る」
即座の断りに、ムルガ公は苦笑を漏らす。
そして、再び話を始めた。
「落ち着いて聞け、大局を考えてみろ。我が王国の未来のためであれば、私の選択こそ最善だ」
「……最善だと?」
「そうだ。リア嬢が聖女の種であることはすでに各国へと周知した。皆が彼女の神秘性に引かれて、我が王国には多くの期待が寄せられている」
ムルガ公は仰々しく手ぶりを交えて、まるで宗教家のようにつらつらと話していく。
「リア嬢が王国の王妃となれば多大な益を生む。だからこそ……今ここでヴィオラ嬢に邪魔されるわけにはいかない」
「そんなことで、受け入れると?」
「まぁ最後まで聞け。こちらも充分に譲歩する気だ。ヴィオラ嬢にも力があると分かった……だからこそ、私を見逃せば相応の地位を約束しよう」
「……」
「ヴィオラ嬢も聖女として名を轟かせ……民の支持を確固たるものとしようではないか。安定した国には他国からはあらゆる事業が舞い込み、そして民は幸福を享受できるぞ」
ムルガ公の言葉は、王国にとって最大の利益享受のためにヴィオラを引き渡せと要求するもの。
ゼインにとってそれは、当然受け入れられはしない。
「断る。娘はそんな事は望んでいない」
「なら君は、民の幸福を捨てると? それは本当に貴族の使命か?」
「……」
「過去の件は悪かったと反省している。我らも最大限の謝罪をするつもりだ。だから今一度、この国のために手をとりあ––––」
「断ると言っている!」
叫んだゼインの反応に、ムルガ公は信じられないといった表情で目を見開く。
「聡明な判断もできないか? なにが最善か分からないのか? 私が提言する案こそ……王国のため、そしてこの国に生きる民の最大の幸福となるというのに」
「その言葉が通るのは、貴族が正当な働きをしている時のみ。腐敗した貴族共に望みなどない」
「は? なにを言って……」
「ムルガ公、実は此度の来訪は……私の息子を殺そうとした罪ではなく。別件だ」
「は…………なにを……?」
「騎士団長のリエン殿に協力して頂き、貴方と繋がりのある貴族、そしてなにより血縁者である大臣の屋敷などを騎士団で総ざらいさせてもらった。出てきたのは……こんなものばかりだ」
ゼインが床にばらまいたのは、以前に大臣が所有していた帳簿とはまた別物。
沢山の貴族の横領の証拠となる書類。
ヴィオラは自らに必要な帳簿のみを取っていたが、此度のゼインは人海戦術でさらに多くの証拠を集めた。
騎士団長のリエンも加わった事で、これが適った。
「これ……は……」
「ヴィオラのおかげで、大臣が勾留されていて助かったよ。調べれば……几帳面な彼はたくさんの証拠を残してくれていてね」
几帳面だからこそ、大臣となれた自らの肉親。
しかしながら、ムルガ公はその肉親の几帳面な性格に……今は窮地に陥る。
「これらは、ムルガ公。貴方が束ねる貴族院所属の者達の不正を暴くには充分な代物だ。お前たちの責を問うには充分だろう」
「な……」
「そして、すでに貴方と繋がりのある貴族家へと強制連行を騎士団が行っている」
まさに騎士団の威信をかけた、迅速な対応。
騎士団長のリエンにとって、今回だけは手を緩める訳にはいかなかった。
この絶好の機会に腐敗した貴族を掃討するために……各地の騎士団を総動員してる。
それを伝えれば、ムルガ公はようやく焦った表情を浮かべていく。
「よ、よく考えろ。先も言ったように……我らはただ王国のために最善を尽くしただけで……」
「民の血税を食いつぶす貴様らの言葉は詭弁だ……それに」
ゼインは立ち上がり、人生で初めて拳を握る。
そして、勢いよく振り抜いてムルガ公の頬を殴りつけた。
「ぐっ……や、やめ」
「私の娘と、息子に危害を加えたお前を許すほど甘くはない。徹底的に手を緩めず、私は戦うつもりだ」
まずい状況だ、このままでは全ての計画が消えてしまうとムルガ公は焦る。
(あれほどの労力をかけて、リア嬢とルーク陛下を引き合わせたというのに、水の泡とする訳にはいかない)
あと少しで王国から聖女が誕生し、そして王妃となって莫大な益が生まれる手前まで来ていた。
それが……今になって潰されるなど、絶対にあってはならない。
だからこそムルガ公は、最後の安全策を講じていた。
「く…………くく」
「なにがおかしい、ムルガ公爵」
「考えが甘くて、本当に可哀想な男だよ。私のような貴族として生きてきた人間は、いつだって幾つもの予防策を張っているに決まっているだろう」
「なに……?」
「分からないか? すでに貴殿らが来訪した時点で……私は私兵をそちらの公爵邸に向かわせた。最悪の場合に備え……貴殿の息子を人質にするため」
「な……ゼイン公! まずいのでは? 我が騎士団をすぐに手配して……」
「もう遅い。幼子一人を人質にするなど容易いのだから。どうするゼイン……お前は私を罰するために、息子の死を受け入れられるか? 私を見逃せば、息子の命は保証するぞ」
騎士団長のリエンは冷や汗を流し、ムルガは勝ち誇った笑みを浮かべるが……
唯一、ゼインだけは呆れたようにため息を吐いた。
「あぁ、ムルガ……お前はなんて事をしたんだ」
「は、はは、私に逆らうべきではなかったな。後悔するのはお前らのような浅い正義感に囚われた者達だけだ。愚かにも勇敢に挑めばなんとかなると思ったか?」
「違う、ムルガ……愚かな事をしたのはお前だ」
「は?」
「言っておくが、私は最大限……穏便に済ませてやっていたつもりだ」
「なにを、言って」
「彼女がルカを二度も害そうとすれば、もう我慢するはずがないだろうに」
ゼインの呆れたような言葉の意味が分かるのに、そう時間はかからなかった。
ムルガ公爵邸に、轟音が響く。
何事かと顔を上げるムルガ公だが、この応接室に音が近づいてくるのが分かった。
「な、なんだ……この音は……」
「彼女が来ただけだ。せっかく無傷で罪を受ける事もできたのに、それを手放したのはお前自身だ」
「なにを……いっ––––!!」
言葉の途中で、ムルガの近くの壁が崩れ落ち……ヴィオラが応接室に入ってくる。
紫色の瞳は赫怒に燃えて、即座にムルガを捉えた。
「ヴィ、ヴィオラ!? なぜ、ここ––––っ!!」
壁を突き破った拳。
そしてヴィオラはその拳を、ムルガの腹部へと強烈な正拳に変えて打ち抜く。
突き飛ばされた彼は悶絶して、五臓六腑に響く激痛に叫ぶが……
「……立ちなさい。貴方が一度ならず二度もルカを殺そうとした事、許すつもりはないの」
冷めた瞳で、一切の同情すら見せぬヴィオラの瞳。
ありえぬ程の強烈な眼光に、ムルガは初めて恐怖心を抱く。
(なんだ……この女は、聖女の力だけではない……なぜ、なぜただの令嬢が、こんなにも訳の分からぬ力を持っている……)
恐れを抱くムルガの疑問。
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