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13話

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(今日は……ヴィオラ様の言っていた日だ)

 ハースは背もたれに体重を預け、大きく伸びをする。
 疲れた体の筋が伸びていく感覚は、達成感を感じて彼は好きだった。
 そして、その疲れの原因ともなった物へと目を向ける。

(ひとまず、間に合って良かった)

 忙しいと言っていた彼だが、それは時間逆行の研究以外に時間を費やしていたからだ。
 ある指輪を作製していたのだ。
 市販の指輪に、魔力を増幅させる機能を魔法で持たせた逸品。
 宮廷魔法士として技術のある彼だからこそ作れる物だ。

「しかし……七日も徹夜するとは思わなかったな」

 七日間もの徹夜など、当然ながらハースにとって楽な事ではない。
 しかし彼は、どうしてもやり遂げたかった。
 どうしても……ヴィオラの助けとなりたかったのだ。

「ヴィオラ様に助けられてばかりはいられないしね」

 彼は十歳の頃から魔法の才能を見込まれて宮廷魔法士となった。
 才能溢れながらも、魔法に対して純粋な興味関心を抱く彼を誰もが逸材と称賛する。

 しかしながら、彼も年齢に見合う孤独感を当然持つ。
 若くして宮廷に住む事を余儀なくされた彼は一人の時間が長い、しかし周囲は天才である彼のそんな気持ちなど分からない。
 見ているのはその素養のみなのだから。

(でも……ヴィオラ様は違ったな)

 孤独感のあったハースだが、王妃となったヴィオラが顔を出してくれて、共に過ごす日が生まれたのだ。
 ただの世間話でも、他愛もない会話にもヴィオラは時間を作ってくれる。
 彼を天才ではなく、一人の少年として接してくれた。

 そんなヴィオラの優しさに、ハースは緊張しながらも心が安らいでいた。
 孤独感は薄められていたのだ。
 だからこそ、時間逆行という奇怪な話も信じた。
 話しが噓であっても……ヴィオラと共に居れるならと、宮廷魔法士の職務さえも捨てる事を厭わなった。

「でも、ヴィオラ様は僕の事を子供だと見てるんだよなぁ」

 再び背もたれに身を預けながら、ハースは不満を漏らす。
 以前の貴族達の集会にも彼が同行できなかったのは、ヴィオラが子供を巻き込まぬ配慮をしていると分かった。

 分かる、分かっているから悔しい。
 自分がまだ……ヴィオラに頼られる存在ではないと理解してしまう。
 孤独感を救ってくれた彼女に、恩返しできない自分が嫌になる。


「でも……これなら少しは助けになれるかな」
 
 作った魔力増幅の指輪を手に持ち、ハースは勢いよく立ち上がる。
 きっと助けになるはずだと確信しながら、ヴィオラの元へ向かった。
 そして彼女に製作した指輪の効能を説明すれば、当然驚いていた。

「本当に、これを作ってくれたの?」

「はい。今日の助けになるかと思って……」
 
「っ!! 感謝するわ。ハース」

「手、出してください。僕が着けますから」

 ハースはそう言って、ヴィオラの細い指に作った指輪を嵌める。

(……いつか落ち着いたら。本当のことを言えるかな)

 この指輪に込めた別の意味。
 ハースが感謝と共に抱く、別の感情。
 熱のある、言えない感情だ。
 彼女にとって全てが終われば伝えてもいいだろうかと思いながら、彼は指輪を託す。

「ありがとう、ハース。これなら絶対に大丈夫ね」

 ハースが嵌めてくれた指輪を撫でながら、ヴィオラは微笑む。
 指輪の効能を感じながら、彼の頭を撫でた。

「絶対に、ルカを救ってみせます」

「はい。行って来てあげてください」

 ハースに見送られながら、ヴィオラは公爵邸の客室へと向かった。
 そして、そこには……

「おねさま。みて!」

「おぉ、ルカ様のお姉様ですね。こんにちは」

 客室に居たのは一人の商人と、公爵邸の使用人。
 そして学園の制服に袖を通していた、ルカの姿だった。
 貴族家の子息は五歳から初等部に通うため、来年には初等部に通うルカの制服の採寸を、商人はしていたのだ。
 
「ルカ、制服の採寸は終わった?」

「うん。これだよ、にあう?」

 そう言って、ルカは学園服を着て手を広げる。
 成長を見込んで少しブカブカな制服は、ルカの可愛らしさを引き立てる。
 必死に手を伸ばして、制服の袖を指で掴んでいるのにもヴィオラは癒された。

「すごく似合ってるよ。ルカ」

「えへへ、おねさま、こっちすわって」

 ルカは嬉しそうに笑って、ヴィオラの手を引いて客室の椅子へ座るよう委ねる。
 そして……

「おひざ、すわりたい」

「っ、どうぞ。ルカ」

「やた! るかのとくとうせき!」

 ルカは飛び上がり、膝上に座る。
 ほんのりとまだまだ軽い体重を感じながら、ヴィオラは対面の商人を見つめた。

「本日はルカのため、ご足労ありがとうございます」

「いえいえ、可愛らしい子の制服を仕立てる事が出来て私も嬉しゅうございます」

 優しげに微笑む商人を見て、ヴィオラは嫌気がさす。
 なぜなら彼こそ、貴族家に差し向けられて……ルカに毒を仕込む者なのだから。
 しかしながら、阻止はまだ出来ぬと作り笑いで応対する。

「またゼインお父様も見に来られるので、少しお時間を頂きますね」

「ええ、承知しております。それでは空いた時間を有意義に過ごすためにも……とっておきをお見せいたしましょう」

 商人はそう言って、革張りのトランクを開ける。
 そして綺麗な包み紙を取り出し、ガサガサと中身をルカへと見せた。
 中身は子供が喜ぶ、美味しそうな焼き菓子だ。

「さぁルカ様、どれでもお好きな物をご賞味ください」

「いいの?」

「ええ、頂きものはぜひ遠慮せずご賞味ください。これも大人のたしなみですよ」

 気前のいい言葉を吐く商人だが、ヴィオラは自然と手に汗を握る。
 この焼き菓子には毒が仕込まれいるからだ。

 運命通り、ルカを殺す毒。
 子供が一口食べれば一瞬で死に至る、致死量の劇薬が混入されている。
 それを知りながら、ルカが食べるのを止められないのは心が痛む。

「じゃあ、このくっきーさんがいい」

「お目が高い。大物になられますよ、ルカ様」

「えへへ、いただきます」

 騙すための笑顔を見せる商人に苛立ちながら、ヴィオラはルカから目を離さない。
 絶対に苦しませないため……一瞬で決着をつけると決めていた。
 だからこそ、全神経を集中させる。

「なんか、へんなあじ」
 
 ルカがそう言って、口元を押える。
 その瞬間に、ヴィオラは指先……ハースから貰った指輪へと魔力を集中させる。

 口から流入し、ルカの身体を巡った致死量の毒が心臓を止めた。
 ––––瞬間。
 ヴィオラは恐ろしい速度で魔力をルカに流しこみ、毒を無毒化し、心臓の蘇生を行った。
 そしてほんの、瞬きの時間だけ……『ルカの死』という運命を引き起こしたのだ。


「…………るか、これもういらない」

「そうね。もう食べない方がいいわ。私が今夜はオムライスを作ってあげるからね」

「っ!! ほんと? やた!」

 そう言って、ルカはヴィオラに抱きつく。
 身体に異常はない、痛みも苦しみも感じていないだろう。
 狙い通りだと、ヴィオラは微笑んだ。
 時間も戻っていないという事は、成功だと確信する。

「だいすき、おねさま」

「私もよ、ルカ……本当に、良かった」

「えへへ。もっとぎゅってする~」

「ふふ、ありがとう。そうだ……お父様にも制服を見てもらったら? ルカ」

「うん。おとさまにもせいふくみてもらう!」

 元気なルカを送り出し、ヴィオラは手を振る。
 その光景に愕然としていたのは……商人のみだった。

「な……え……?」

「なにをおかしな顔をしているのですか」

「え……あ……い、いえ」

 毒の効果がない事に、違和感を感じている商人。
 そんな彼に、ヴィオラは頬笑みながら呟く。

「その焼き菓子は、全て買い取るわ」

「っ!!  な、ならば。ぜひご家族でもう一度ご賞味ください」

「いえ、買い取って貴方に差し上げます」

「え……」

 ピタリと、商人の手が止まる。
 ヴィオラの頬笑み、作り笑いを見て彼は冷や汗を浮かべた。

「どうしたの。食べなさい? せっかくの頂き物なのだから」

「あ……そ、その」

「食べなさい。早く」

 急かしながら、ヴィオラの瞳は鋭くなっていく。
 もう愛想笑いすらも浮かべない。

 彼女は最悪な運命すら、容易く乗り越え。
 これからはもう、しがらみもなく自分の意志で動いていけるのだから。

 

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