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15話

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 王宮にて、リアは自らの寝室にやってきた人物へと頭を下げる。

「ごめんなさい、お父さん……」

「なんてこったリア。ならお前は……あっさりとルーク陛下の言葉に従って戻ってきたのか」

「……はい。お父さんがせっかく色々準備してくれたのに、ごめんなさい」

「いやいや、俺は怒ってないぞリア。今回の事は確かに残念だが、あと少しで王妃になれるんだ。だから笑ってルーク陛下の傍にいるんだ。分かったな」

「うん、私……頑張るね!」

 屈託のない笑み、あどけなさの残る少女のような答え。
 そんな彼女の父––ズカスは、心の中で冷静に呟く。

(この頭の足りねえ部分は、母親そっくりだな。こいつ……)

 決してリアには聞かせないが、父であるズカスの心境はいつも娘を蔑む。
 彼にとって、娘という存在はさして大切なものではない。
 今の娘は、例えるならば金のなる木でしかないからだ。

(とはいえ、いきずりで孕ませた女の子供が……まさか聖女の素質を持つなんてな。俺の血が混ざっていると思えない出来だ)

 貧困街で生まれたズカスは、幼少期より盗み、強盗、脅し、果ては依頼次第で殺しと。
 あらゆる悪事を繰り返してきた。証拠も残さぬ程度に知恵と腕もあった。
 幼少期は食うため、大人になれば遊ぶため。
 皆は彼を悪人というが、彼にとって楽に生きる道がたまたまソレだっただけで、罪悪感もない。
 
 そんな中で抱いた女が不運にも妊娠し、金もないズカスは女を置いて逃げた。
 だが、ある時に金の無心で再び帰った際に女は赤子を残して消えていた……残された赤子がリアだ。

(育てりゃ売れるかと思っていたが、まさかこんな金の卵だとは思わなかった)

 あくまでも、ズカスは金のために娘と接している。
 街中で見てきた親子、襲った過去の親子等を参考にして……父の顔を張り付けて笑みを浮かべる。
 そして、娘をさも愛おしいというように撫でた。 

「リア、絶対に王妃になれ。貧乏な生活を父ちゃんと抜け出そうぜ」

「うん、お父さんと一緒に幸せになる。私ももう……貧しいのは絶対に嫌だから」

「そうだな。だからこそルーク陛下の傍から離れないようにな。お前はお目付け役でもあるんだからよ」

「分かってる。でも……心配は外にあるよ。彼女が……」

 リアの心配そうな表情に、ズカスは彼女が憂慮している事を見抜く。
 そして、安心させるために最適な言葉をいつも通りに吐いた。

「大丈夫、ヴィオラなんて女のことは……父ちゃんがムルガ公爵とかけあって、相応の対処をしておくから」

「っ! ありがとう、お父さん」

「おぅ、娘のためなら軽いもんよ。そんじゃ……俺もそろそろムルガ公爵のところに行ってくるよ」

「久しぶりに会えてうれしかったよ、お父さん」

 抱き着いてきた娘に、ズカスはそっと抱き返す。
 髪を撫でながら、思うのだ。


(あぁ……なんで、こんなに虫唾が走るんだろうなぁ)


 彼にとって、娘はただの金を作る道具。
 懐かれても煩わしいのみ。
 加えて、リアは純粋ではなく……根っこは自らと同じ悪人だと分かっているからこそ虫唾が走る。
 
(同族嫌悪ってやつだよな。よく……あんなあくどい事しておいて、こんな純粋を演じれるよ。こいつは)

 リアが隠している、とある悪事を知っているズカスだからこそ。
 彼女へと同族嫌悪を抱く。
 とはいえ、それを表に出すはずもなく……父親をいつも通りに演じて妃室を出て行く。

   ◇◇◇

 王宮を出たズカスは自らの馬に騎乗して走らせる。 
 向かう先は、大臣の生家であり……此度の計画の絵を描いてるムルガ公爵の元だ。

「しかし……王宮になんも情報が入ってないってことは……あの商人はしくじったか」

 ズカスは過去、ムルガ公爵が雇う優秀な間者でもあった。
 今は特にリアを通して懇意にしている。
 そして互いにとって邪魔な存在のヴィオラを追い詰めるため、商人に依頼して公爵家の幼子の毒殺を目論んだが……

 今日の王宮にそれらしき報告もない事から、失敗したのだと彼は悟る。
 同時に潮目が変わったとも、彼の勘が告げていた。

「こりゃ、あんまりよくない流れかもな」

 目当てでもあった、リアが王妃に即位する時期も早まりそうにない。
 加えて最も異常事態は、ヴィオラの存在だ。
 ムルガ公爵主導のもと、簡単に篭絡されると思っていたが……
 想像以上に手をこまねいている様子に、ズカスは不安を抱く。

「これは、俺がやるしかないか」

 結局のところ、他人に任せたのが間違いだ。
 どんな時だって信用できるのは自分のみ……誰かがやってくれるなんて甘い考えは捨てないとならない。
 悪党として優秀だと自負のあるズカスは、これからすべきことがよく分かる。

「今から不意をついて公爵邸に忍び込み、子供を殺すか」

 なにせ商人がミスを犯しているならば、ムルガ公爵と自らの暗躍が明るみになっている可能性が高い。
 なら自己の保身のためにも、自分で片を付ければいい。

「ちょうど、子供一度守って安心してるタイミングこそ。狙い目だ」
 
 人の油断する時、安心する時こそが……もっともナイフを突き立てやすい。
 ズカスはそれを過去の経験から熟知している。

 子供一人の犠牲程度に、罪悪感など感じない。
 いつも通り、楽に生きるために必要なことだ。
 そう、考えていた時だった。

「ん……?」

 馬を走らせるズカスは、前方に人影を見つける。
 人気の無い道を選んだのに、歩いている女性……
 その特徴的な銀色の髪と、身なりを見て……ズカスは思わず笑みを浮かべた。

「僥倖だ。まさかあのヴィオラ嬢が、護衛も付けずに歩いてるとは」

 
 計画変更。
 女性一人、周囲に護衛も人いない。
 屋敷の中にいる子供を殺すよりも簡単な仕事に、思わず高ぶる。

 あまりの好機、厄介者を消すには千載一遇のチャンス。
 そんなあまりに良い条件に気持ちが上向き、腰に差していた短剣に手を伸ばした時……
 彼は気付かなかった……今彼の自説通り、もっとも油断している状況に自身こそが追い込まれていると。

「え……」

 それからの光景に、彼は自らの目を疑う。
 遠くを歩いていた女性……貴族令嬢のヴィオラが消えた。

 かと思えば、瞬きをした瞬間には目の前に彼女がいた。
 だけではなく、ドレスで着飾りながらも構えて……拳を握って前方に立っていた。
 彼の最適解は真っ先に逃げる事だった、だがもう遅い。

「あ……え……」
 
 気付いた途端に、ズカスの意識はぐらつく……
 ヴィオラは飛び上がって間合いを詰め、馬上にいた彼の顎に拳を正確に打ち込んだのだ。
 揺れた脳はあっけなく彼の意識を混濁させ、どかりと馬上から落とす。

「な……なんで、ただの女が……こんな力……」
 
 混濁してまどろむ視界。
 ズカスの意識が落ちそうな中、最後に見えるのは……
 自らを見下ろす、冷たい瞳を向けるヴィオラの姿であった。

「貴方はリア達の罪を明らかにするために使い道があるから。真っ先に身柄を押さえておく必要があるのよね」

「あ……ぐ……」

「下手に手を出せば雲隠れするし、ここでサクッと仕留められて良かったわ」

 気の抜けたような、余裕の言動にズカスは背筋が凍える。
 俺はなにを相手にしている?
 得体のしれない存在に、初めて恐怖を抱く。

「な……なんで……なんで」

「三下に答える時間を割く気もないの。眠ってなさい」

「……あ、っぐ!」

「ルカを襲わせた罪は……しっかり償わせてあげるからね」

 頭を掴まれて、地面に打ち付けられる。
 かすかにしがみついていていた意識を飛ばすには十分な威力で、ズカスは倒れこむ。
 一人の悪党として、それなりの実力を持っていると矜持のあった彼は……その自尊心を砕かれながら倒れこんだ。
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