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12話

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 早朝。
 カトレア公爵邸の私室にて目覚めたヴィオラは、日課である指での腕立てから始める。
 魔力により強化した身体を使いこなすために、鍛錬は欠かさない。

「お嬢様、おはようござ……っ!!?!」

 家令が朝の挨拶にと部屋に入り、ヴィオラの鍛錬を見て驚愕する。
 なにせ大きな寝台を片手で持ち上げて、汗一つかいていないのだから。
 夢かと疑いつつも、家令の矜持でなんとか驚きを隠して対応した。

「あの、朝食のご用意ができました。ゼイン様とルカ様、そしてハース殿もお待ちしております」

「すぐに向かいます。いつもありがとう」

 そっと音も立てずに寝台を置き、ヴィオラは朝食のために食卓へと向かう。
 見送りながら……家令はこそっと寝台を両手で持ち上げようと試す。
 だが、当然一ミリも動かない。

「うぐっ!!」

 それどころか腰を痛めそうになった家令は、慌てて手を離した。

「お嬢様を守る事も家令の努めですが、最近のご令嬢はこんな力があるのでしょうか……ならば私も鍛錬せねば、救って頂いた命はお嬢様のためですから……」

 事情は知らない家令が勘違いしていた頃……ヴィオラは新たな家族と朝食を迎えていた。
 叔父やハース、そしてルカとの朝食という心安らぐ時間に、自然と彼女の笑みは増える。

「おねさま」

「どうしたの、ルカ」

「……あのね」
 
 朝食を食べ終えたルカは、ヴィオラの手を掴む。
 そして、琥珀色の瞳で彼女を見上げた。

「あそんで」

「……っ」
 
 遊びたいと申し出るルカの表情に、思わずヴィオラの瞳が潤む。
 一度目と同じ表情と、お願いに……胸にくるものがあった。

「公爵家の当主としての執務は私が行うよ。ヴィオラ、ルカと遊んでくれるかい?」

「もちろんです、ゼイン叔父様。ルカ、あそぼうか」

「……やた」

 ヴィオラの指を小さな手で握って呟くルカ。
 その可愛さに、ヴィオラの心は癒される。
 この時だけは……醜い貴族達のことは忘れられた。

「良ければ、ハースもどう?」

「あぁ、今日は僕……魔法の研究をしたいので大丈夫です。あと少しで何か分かりそうで……」

 ハースは時間逆行と魔法の因果について研究したいため、時間を設けられないと断る。
 現に朝食中であっても、幾つかの文献を睨みながら食べていた程だ。

「分かった、じゃあ二人で遊ぼうか。ルカ」

「おねさま。こっち」
 
 待ちきれないとばかりに手を引くルカと共に、歩いていく。
 向かった先はルカの部屋であった。

「おねさま……こっち、こっちきて」

「どうしたの」

 ルカは少し恥ずかしそうにしながらも、本棚にあった絵本を持って来る。
 それを、ヴィオラへとみせた。

「よんでほしいの。だめ?」

「……いいよ。いくらでも読んであげる! ルカ」

「っ!! じゃあ、じゃあ……こっち、こっちもよんでほしい」

 ルカは嬉しそうに絵本を持ちながら、ヴィオラの手を握る。
 彼女が寝台に腰を下ろすと、ルカもちょこんと隣に座った。

(懐かしい……一度目も、こうして一緒に絵本を読んでいたな)

 ヴィオラは千回にも及ぶやり直しの中、あまりルカとは関わらぬようにしてきた。
 というのも、やり直し中にも貴族達の悪行の手が伸びてきた事があった。
 またルカが巻き込まれないように、極力関わりを避けていたのだ。
 だからこそ、運命を受け入れてルカに再会できた今、嬉しさで唇を噛み締める。

(二度と、死なせたりしないから)

 固く心に誓いながら、ヴィオラは絵本を読み終えた。
 ルカは嬉しそうに、次の絵本を持ってくる。

 時間が過ぎるほどに、二人は本当の姉弟のような笑みを見せ始めた。
 緊張も解けてきて、甘えたいルカは思わずねだった。

「おひざのうえ、ころんしていい?」

「もちろん。おいで」

「やた!」

 ルカはころんと、寝転んでヴィオラの膝上に頭を預けた。

「るかね。おかさまがいなくなってから、おひるはひとりだったの……」

「うん」

「だからね。おねさまがきてくれて、うれしいの」

「私も弟になってくれて嬉しいよ。ルカ」

「……えへへ。おねさま、すき。ずっといっしょがいい」

 ルカの言葉に、ヴィオラはその髪を撫でて絵本を読み続けてあげる。
 いつしかルカはくぅくぅと寝息を立てていた。

「おやすみ、ルカ」

 頭を撫でて、抱っこして寝台で寝かせてあげる。
 眠るルカに頬笑み、ヴィオラは部屋を出た。
 それからは、ルカとの交流を深めつつ。
 彼女は来るべき運命の日に向けて準備し続けた。


   ◇◇◇

 
「いよいよ……今日ね」


 さくっと時間は飛んで、十日後。
 物語ではルカが毒により殺されてしまう日となった。
 ヴィオラに焦りはなく、微笑みをこぼす。

「準備は万端……ルカの死なんて、絶対に切り抜けてみせる」

 最悪な運命である『ルカの死』
 この結末さえ抜ければ……ヴィオラにもう憂いはない。
 なぜなら物語ではルカの死後、ヴィオラは悲しみのあまりに失踪して行方不明となる。

(結果として、自殺をするほど貧しくなったのだけれど……)

 とはいえ、物語ではその後のヴィオラは描かれていなかった。
 後は悲劇の物語らしく、ルークがヴィオラ無き後の王国で徐々に崩壊していく結末だ。

 つまり……

(ルカさえ救えば、後は私のしがらみはなくなる)

 そう、ルカを救ったあとのヴィオラを縛る運命はない。
 物語の結末として、王家の崩壊があるのなら……私自身がそれを行えばいい。


 貴族達も、リアも、ルークも。
 ルカさえ救えば、後は攻めていくのみ。

(あと少しよ)

 ルカを救い。
 ヴィオラが運命から解き放たれ、その力を振るうまで……あと少し。




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