14 / 30
12話
しおりを挟む
早朝。
カトレア公爵邸の私室にて目覚めたヴィオラは、日課である指での腕立てから始める。
魔力により強化した身体を使いこなすために、鍛錬は欠かさない。
「お嬢様、おはようござ……っ!!?!」
家令が朝の挨拶にと部屋に入り、ヴィオラの鍛錬を見て驚愕する。
なにせ大きな寝台を片手で持ち上げて、汗一つかいていないのだから。
夢かと疑いつつも、家令の矜持でなんとか驚きを隠して対応した。
「あの、朝食のご用意ができました。ゼイン様とルカ様、そしてハース殿もお待ちしております」
「すぐに向かいます。いつもありがとう」
そっと音も立てずに寝台を置き、ヴィオラは朝食のために食卓へと向かう。
見送りながら……家令はこそっと寝台を両手で持ち上げようと試す。
だが、当然一ミリも動かない。
「うぐっ!!」
それどころか腰を痛めそうになった家令は、慌てて手を離した。
「お嬢様を守る事も家令の努めですが、最近のご令嬢はこんな力があるのでしょうか……ならば私も鍛錬せねば、救って頂いた命はお嬢様のためですから……」
事情は知らない家令が勘違いしていた頃……ヴィオラは新たな家族と朝食を迎えていた。
叔父やハース、そしてルカとの朝食という心安らぐ時間に、自然と彼女の笑みは増える。
「おねさま」
「どうしたの、ルカ」
「……あのね」
朝食を食べ終えたルカは、ヴィオラの手を掴む。
そして、琥珀色の瞳で彼女を見上げた。
「あそんで」
「……っ」
遊びたいと申し出るルカの表情に、思わずヴィオラの瞳が潤む。
一度目と同じ表情と、お願いに……胸にくるものがあった。
「公爵家の当主としての執務は私が行うよ。ヴィオラ、ルカと遊んでくれるかい?」
「もちろんです、ゼイン叔父様。ルカ、あそぼうか」
「……やた」
ヴィオラの指を小さな手で握って呟くルカ。
その可愛さに、ヴィオラの心は癒される。
この時だけは……醜い貴族達のことは忘れられた。
「良ければ、ハースもどう?」
「あぁ、今日は僕……魔法の研究をしたいので大丈夫です。あと少しで何か分かりそうで……」
ハースは時間逆行と魔法の因果について研究したいため、時間を設けられないと断る。
現に朝食中であっても、幾つかの文献を睨みながら食べていた程だ。
「分かった、じゃあ二人で遊ぼうか。ルカ」
「おねさま。こっち」
待ちきれないとばかりに手を引くルカと共に、歩いていく。
向かった先はルカの部屋であった。
「おねさま……こっち、こっちきて」
「どうしたの」
ルカは少し恥ずかしそうにしながらも、本棚にあった絵本を持って来る。
それを、ヴィオラへとみせた。
「よんでほしいの。だめ?」
「……いいよ。いくらでも読んであげる! ルカ」
「っ!! じゃあ、じゃあ……こっち、こっちもよんでほしい」
ルカは嬉しそうに絵本を持ちながら、ヴィオラの手を握る。
彼女が寝台に腰を下ろすと、ルカもちょこんと隣に座った。
(懐かしい……一度目も、こうして一緒に絵本を読んでいたな)
ヴィオラは千回にも及ぶやり直しの中、あまりルカとは関わらぬようにしてきた。
というのも、やり直し中にも貴族達の悪行の手が伸びてきた事があった。
またルカが巻き込まれないように、極力関わりを避けていたのだ。
だからこそ、運命を受け入れてルカに再会できた今、嬉しさで唇を噛み締める。
(二度と、死なせたりしないから)
固く心に誓いながら、ヴィオラは絵本を読み終えた。
ルカは嬉しそうに、次の絵本を持ってくる。
時間が過ぎるほどに、二人は本当の姉弟のような笑みを見せ始めた。
緊張も解けてきて、甘えたいルカは思わずねだった。
「おひざのうえ、ころんしていい?」
「もちろん。おいで」
「やた!」
ルカはころんと、寝転んでヴィオラの膝上に頭を預けた。
「るかね。おかさまがいなくなってから、おひるはひとりだったの……」
「うん」
「だからね。おねさまがきてくれて、うれしいの」
「私も弟になってくれて嬉しいよ。ルカ」
「……えへへ。おねさま、すき。ずっといっしょがいい」
ルカの言葉に、ヴィオラはその髪を撫でて絵本を読み続けてあげる。
いつしかルカはくぅくぅと寝息を立てていた。
「おやすみ、ルカ」
頭を撫でて、抱っこして寝台で寝かせてあげる。
眠るルカに頬笑み、ヴィオラは部屋を出た。
それからは、ルカとの交流を深めつつ。
彼女は来るべき運命の日に向けて準備し続けた。
◇◇◇
「いよいよ……今日ね」
さくっと時間は飛んで、十日後。
物語ではルカが毒により殺されてしまう日となった。
ヴィオラに焦りはなく、微笑みをこぼす。
「準備は万端……ルカの死なんて、絶対に切り抜けてみせる」
最悪な運命である『ルカの死』
この結末さえ抜ければ……ヴィオラにもう憂いはない。
なぜなら物語ではルカの死後、ヴィオラは悲しみのあまりに失踪して行方不明となる。
(結果として、自殺をするほど貧しくなったのだけれど……)
とはいえ、物語ではその後のヴィオラは描かれていなかった。
後は悲劇の物語らしく、ルークがヴィオラ無き後の王国で徐々に崩壊していく結末だ。
つまり……
(ルカさえ救えば、後は私のしがらみはなくなる)
そう、ルカを救ったあとのヴィオラを縛る運命はない。
物語の結末として、王家の崩壊があるのなら……私自身がそれを行えばいい。
貴族達も、リアも、ルークも。
ルカさえ救えば、後は攻めていくのみ。
(あと少しよ)
ルカを救い。
ヴィオラが運命から解き放たれ、その力を振るうまで……あと少し。
カトレア公爵邸の私室にて目覚めたヴィオラは、日課である指での腕立てから始める。
魔力により強化した身体を使いこなすために、鍛錬は欠かさない。
「お嬢様、おはようござ……っ!!?!」
家令が朝の挨拶にと部屋に入り、ヴィオラの鍛錬を見て驚愕する。
なにせ大きな寝台を片手で持ち上げて、汗一つかいていないのだから。
夢かと疑いつつも、家令の矜持でなんとか驚きを隠して対応した。
「あの、朝食のご用意ができました。ゼイン様とルカ様、そしてハース殿もお待ちしております」
「すぐに向かいます。いつもありがとう」
そっと音も立てずに寝台を置き、ヴィオラは朝食のために食卓へと向かう。
見送りながら……家令はこそっと寝台を両手で持ち上げようと試す。
だが、当然一ミリも動かない。
「うぐっ!!」
それどころか腰を痛めそうになった家令は、慌てて手を離した。
「お嬢様を守る事も家令の努めですが、最近のご令嬢はこんな力があるのでしょうか……ならば私も鍛錬せねば、救って頂いた命はお嬢様のためですから……」
事情は知らない家令が勘違いしていた頃……ヴィオラは新たな家族と朝食を迎えていた。
叔父やハース、そしてルカとの朝食という心安らぐ時間に、自然と彼女の笑みは増える。
「おねさま」
「どうしたの、ルカ」
「……あのね」
朝食を食べ終えたルカは、ヴィオラの手を掴む。
そして、琥珀色の瞳で彼女を見上げた。
「あそんで」
「……っ」
遊びたいと申し出るルカの表情に、思わずヴィオラの瞳が潤む。
一度目と同じ表情と、お願いに……胸にくるものがあった。
「公爵家の当主としての執務は私が行うよ。ヴィオラ、ルカと遊んでくれるかい?」
「もちろんです、ゼイン叔父様。ルカ、あそぼうか」
「……やた」
ヴィオラの指を小さな手で握って呟くルカ。
その可愛さに、ヴィオラの心は癒される。
この時だけは……醜い貴族達のことは忘れられた。
「良ければ、ハースもどう?」
「あぁ、今日は僕……魔法の研究をしたいので大丈夫です。あと少しで何か分かりそうで……」
ハースは時間逆行と魔法の因果について研究したいため、時間を設けられないと断る。
現に朝食中であっても、幾つかの文献を睨みながら食べていた程だ。
「分かった、じゃあ二人で遊ぼうか。ルカ」
「おねさま。こっち」
待ちきれないとばかりに手を引くルカと共に、歩いていく。
向かった先はルカの部屋であった。
「おねさま……こっち、こっちきて」
「どうしたの」
ルカは少し恥ずかしそうにしながらも、本棚にあった絵本を持って来る。
それを、ヴィオラへとみせた。
「よんでほしいの。だめ?」
「……いいよ。いくらでも読んであげる! ルカ」
「っ!! じゃあ、じゃあ……こっち、こっちもよんでほしい」
ルカは嬉しそうに絵本を持ちながら、ヴィオラの手を握る。
彼女が寝台に腰を下ろすと、ルカもちょこんと隣に座った。
(懐かしい……一度目も、こうして一緒に絵本を読んでいたな)
ヴィオラは千回にも及ぶやり直しの中、あまりルカとは関わらぬようにしてきた。
というのも、やり直し中にも貴族達の悪行の手が伸びてきた事があった。
またルカが巻き込まれないように、極力関わりを避けていたのだ。
だからこそ、運命を受け入れてルカに再会できた今、嬉しさで唇を噛み締める。
(二度と、死なせたりしないから)
固く心に誓いながら、ヴィオラは絵本を読み終えた。
ルカは嬉しそうに、次の絵本を持ってくる。
時間が過ぎるほどに、二人は本当の姉弟のような笑みを見せ始めた。
緊張も解けてきて、甘えたいルカは思わずねだった。
「おひざのうえ、ころんしていい?」
「もちろん。おいで」
「やた!」
ルカはころんと、寝転んでヴィオラの膝上に頭を預けた。
「るかね。おかさまがいなくなってから、おひるはひとりだったの……」
「うん」
「だからね。おねさまがきてくれて、うれしいの」
「私も弟になってくれて嬉しいよ。ルカ」
「……えへへ。おねさま、すき。ずっといっしょがいい」
ルカの言葉に、ヴィオラはその髪を撫でて絵本を読み続けてあげる。
いつしかルカはくぅくぅと寝息を立てていた。
「おやすみ、ルカ」
頭を撫でて、抱っこして寝台で寝かせてあげる。
眠るルカに頬笑み、ヴィオラは部屋を出た。
それからは、ルカとの交流を深めつつ。
彼女は来るべき運命の日に向けて準備し続けた。
◇◇◇
「いよいよ……今日ね」
さくっと時間は飛んで、十日後。
物語ではルカが毒により殺されてしまう日となった。
ヴィオラに焦りはなく、微笑みをこぼす。
「準備は万端……ルカの死なんて、絶対に切り抜けてみせる」
最悪な運命である『ルカの死』
この結末さえ抜ければ……ヴィオラにもう憂いはない。
なぜなら物語ではルカの死後、ヴィオラは悲しみのあまりに失踪して行方不明となる。
(結果として、自殺をするほど貧しくなったのだけれど……)
とはいえ、物語ではその後のヴィオラは描かれていなかった。
後は悲劇の物語らしく、ルークがヴィオラ無き後の王国で徐々に崩壊していく結末だ。
つまり……
(ルカさえ救えば、後は私のしがらみはなくなる)
そう、ルカを救ったあとのヴィオラを縛る運命はない。
物語の結末として、王家の崩壊があるのなら……私自身がそれを行えばいい。
貴族達も、リアも、ルークも。
ルカさえ救えば、後は攻めていくのみ。
(あと少しよ)
ルカを救い。
ヴィオラが運命から解き放たれ、その力を振るうまで……あと少し。
3,793
お気に入りに追加
5,950
あなたにおすすめの小説
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。
あなたと別れて、この子を生みました
キムラましゅろう
恋愛
約二年前、ジュリアは恋人だったクリスと別れた後、たった一人で息子のリューイを生んで育てていた。
クリスとは二度と会わないように生まれ育った王都を捨て地方でドリア屋を営んでいたジュリアだが、偶然にも最愛の息子リューイの父親であるクリスと再会してしまう。
自分にそっくりのリューイを見て、自分の息子ではないかというクリスにジュリアは言い放つ。
この子は私一人で生んだ私一人の子だと。
ジュリアとクリスの過去に何があったのか。
子は鎹となり得るのか。
完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。
⚠️ご注意⚠️
作者は元サヤハピエン主義です。
え?コイツと元サヤ……?と思われた方は回れ右をよろしくお願い申し上げます。
誤字脱字、最初に謝っておきます。
申し訳ございませぬ< (_"_) >ペコリ
小説家になろうさんにも時差投稿します。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる