【完結】この運命を受け入れましょうか

なか

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8話

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 カトレア公爵家。
 このバルテス王国に長く仕える由緒正しき、伝統ある貴族家。
 ヴィオラの生家であり、名君と呼ばれる様々な当主が歴史に名を残す。

 だが、そのカトレア公爵家の近年の影響力は皆無だ。
 現当主に目立った功績はなく、強いていえば優秀な娘を王妃に推薦できた事のみ。
 その事実に……焦りを感じているのは他でもない現当主だった。

「カトレア閣下、本当によろしかったのですか」

 そんなカトレア公爵邸の執務室にて、家令の一人が恐々と問いかける。
 問いを受けたヴィオラの父––カトレア公爵は執務の手を止め、背もたれに体重を預けた。
 
「何度も言わせるな。私の選択に間違いはない。ヴィオラ、あの娘は勘当する。もはや必要ない」

「恐れながら……早計に思います。ヴィオラ様が聖女と期待される女性を害すなど……そのような浅はかな方ではないはず」

 家令の言葉に、カトレア公爵はほのかな笑みを浮かべた。
 事情もなにも知らぬ家令の焦りに、若干の優越感に浸されつつ……どうせ疑心を持たれるなら事実を話すべきと考えた。

「お前は、私の娘が無実であると言いたいのだな」

「早くに亡くなった奥様のように、優しい方です……お嬢様がそんな愚行を犯すとは思えません」

「だろうな。なにせあの娘は正真正銘、無実だ」

 カトレア公爵のボソッと呟く言葉に、家令は目を見開いた。
 なにせ罪を罰して勘当を考えていた公爵が、娘の無実を知っていると言ったのだ。
 この矛盾に、説明がつかない。

「な、ならどうして……お嬢様の無実を訴えないのですか!」

「どうしてもなにも。これは全て私を含んだ、貴族家や大臣達の意向による決定事項だからだ」

「っ! なにを……言って」

 カトレア公爵は執務机の中から、一冊の歴史書を取り出す。
 それを家令へと見せて微笑んだ。

「歴史上、聖女と謳われる存在はいつだって国に多大な恩恵をもたらしてきた。その存在こそが希望であり、益を生む種だ」

「な……」

「各国が切望する聖女は、我が国に居るだけで外交のカードだ。それが王妃ともなれば……我らの王国は大国に並ぶ影響力を国際的に示せる」

 国際的な優位性が高ければ、それだけで大抵の交渉は常に有利に進む。
 それが聖女が王妃になるだけで手に入るのであれば、貴族家にとっては垂涎ものの環境だ。 

「だから……現王妃であるヴィオラの存在が疎ましく、排除した」

「なっ!? 貴方が実の娘であるヴィオラ様を嵌めた一人だと?」

「王妃であるのに子も孕んでいない。政務こそ一級であったようだが、利用価値としては聖女の方が望ましい」

「ですが! 仮に損得で決定を下したとて、貴方が実の娘を見捨てるなど……なんの益にもならぬはずです!」
 
「なるから実行しただけだ」

 カトレア公爵は事の全貌を話し始める。

「元は亡き前王が私自身の不正を警戒し、廃妃時の賠償金という契約書を設けたが……それを利用した」

「っ!」

「賠償金は娘の個人資産で賄える。そして私は娘を捨てる対価に、各貴族家と大臣より優遇処置を受けた。現に王家への献上金は免除され、貴族家からの信も厚くなった」

「そんな事で……お嬢様を……」

「使い道の無かった王妃を捨てるだけでこれだけの益が生まれる。充分な成果だろう?」

 家令は信じられなかった。
 実の娘を損得で切り捨てる非情さ……そのおぞましさに身が震えた。

「だが、大臣からの言伝では、ヴィオラは強気に廃妃を受け入れたようでな。下手に無実を訴えられては我らも分が悪い……だから我が家の間者を娘の元へ向かわせた」

「間者を? どうして」

「鉄は熱して打てば望む形になる。人も同様だ……多少の手荒さでこちらの望む形にすればいい」

「まさか……貴方は……」

「あぁ、手持ちの間者に襲えと指示した。娘の身を傷つけ、尊厳でも傷つければ大人しくなろう」

 あまりの非道に、家令は口元を押えてえづく。 
 脳裏に浮かぶ幼きヴィオラの笑みを思い出し、耐えられず涙をこぼした。

「それはあまりにも……あまりにも非情です」

「非情なのは貴族の美学だ。痛めつけ従順にしたヴィオラは勘当する。公爵家としての制裁を示さねばな」

「その後、ヴィオラ様は……?」

「性豪の老貴族は多い。斡旋してやれば多少の金にもなる。使い道のない娘がこれだけの益を生む。素晴らしいだろう?」

 あまりのむごさに、家令は嗚咽を漏らす。
 この事実を明かされた、自らの進退すらも分かったからだ。

「さて、ここまで話したのは……ヴィオラに情が深いお前は不要だからだ。娘の制裁後、お前も自殺扱いで処理を––」

 カトレア公爵が言葉を言い終える寸前。
 それは……突然、起こった。


 ガシャンッツッツッツ!!!!と轟音が鳴り響く。
 窓が割れて、なにかが部屋に転がってきたのだ

「……は?」 

 戸惑い、困惑。
 処理も追いつかぬまま、音の在り処に反射的に目線を向ける。
 そこには、カトレア公爵の間者が転がっていた。

 骨が折れ、手足の曲がった有り様で……苦しげに呻いている。


「あ? は……? なにが……」

  

 ガシャンッツッツッツ!!!!
 ガシャンッツッツッツ!!!!
 ガシャンッツッツッツ!!!!


 立て続けに、執務室の窓を破って投げ込まれていく物体。
 全てがカトレア公爵がヴィオラへと送り込んだ間者だと分かるのに、そう時間はかからなかった。

「おい、おい……なんだ。何が起こって……」

 理解が追いつかぬ現象にカトレア公爵は立ち上がって叫ぶ。
 なにせ執務室は公爵邸の三階、とうてい……人が投げ込まれるような高さではないのだから。


 ガシャンッツッツッツ!!!!


 最後の窓も割られて、投げ入れられた間者。
 八人はいる人数……全てが苦しげに呻き、ボロボロにされている。
 その光景に啞然としていると、陽気な声が執務室に響いた。

「っと。これで入りやすくなった」

 カトレア公爵達がその声に目線を向ける。
 そこには、割られた窓……その窓枠に足をかけて、ニコリと微笑むヴィオラの姿があった。
 ドレスではなく乗馬用のキュロットを履き……俊敏、しなやかに窓から入室している。

「ヴィ……オラ……?」
「お嬢様……」
 
 カトレア公爵は貶めたはずの娘の無事な姿に驚き、家令は安堵を抱く。
 しかしながら共通して、この異様な光景に夢かと疑っていた。

「な、な……」

「申し訳ありません、父上。不躾ながらも外から入室させてもらいました。あ……そちらの彼らもついでに投げさせてもらいました」

「こ……これを、お前が……?」

「驚いている所で申し訳ないのですが、今すぐ勘当してくれます? もう貴方の娘でいる必要もないので」


 割れたガラスを踏みながら入、ニコリと微笑むヴィオラ。
 銀色の髪が太陽に晒されて輝きを放つ、幻想的な光景……そして投げ込まれた間者の姿。

 とても……現実とは思えぬ光景に、カトレア公爵は絶句しかできなかった。
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