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ヴィオラは貴族達が賑わう社交界に立ち、久方ぶりに見る光景に息を吐く。
自らを転落へと導いたあの日に、また来たのだと実感が湧いた。
「よし……」
かつてと同じ状況。
しかし、ヴィオラは一度目と大きく違っていた。
あの頃は余裕もなく手入れも出来ていなかった髪は、見違えるほどに艶のある銀糸を取り戻し、令息たちの瞳が集まる。
余裕のなかった表情は自信に満ちあふれていた。
「緊張しないものね……まぁ、当然か」
独り、呟いた言葉。
ヴィオラは今から、かつて人生の転落が始まった場所へと向かうというのに緊張は微塵もなく歩んでいく。
「ヴィオラ王妃よ……」
「ルーク陛下からの寵愛を失って、リアという女性に奪われた……」
「私なら、そんな状況で社交界に参加などできないわ」
聞こえる嘲笑の声に混じるのは好奇の視線。
ここにいる貴族達の多くが知っているのだろう。
今からヴィオラは、リアを嗜虐したという謂われのない罪で裁かれるということを。
なにせ、彼女の罪を仕組んだのは他でもない欲に塗れた貴族達なのだから。
「……」
それを知ってなお、ヴィオラは歩を止めずに目的の人物の元へ向かう。
もう見飽きた……彼の前に。
「ルーク陛下、お話とはなんでしょうか」
「失望したぞ、ヴィオラ」
嘆くようなルークの声にも、ヴィオラの表情は変わらない。
無感情に立ち尽くす彼女の姿に、ルークの苛立ちは増幅して言葉が続く。
「君が嫉妬に駆られて、こんな事をするとは……見損なった、心から」
ルークの言葉に隠れて、嘲笑うような声が各所より聞こえる。
ヴィオラはそれを聞いてなお、反応を見せる事は無くルークを見つめた。
凛として動揺もしない彼女に、周囲は眉をひそめる。
「君がリアに毒杯を仕込み、その身体を蝕んでいた事実を大臣より報告を受けた」
ルークの持っている調査書は、貴族達や大臣がリアを王妃とするため偽ったもの。
だが、彼は疑う事もなくまくし立てる。
「国王として、王妃である君の愚行には正当な裁きを下さねばならない」
「私……怖いよ。ルーク」
「大丈夫だ、リア。不安にさせてごめん」
ヴィアラの釈明を聞こうともせず、いちゃつく二人。
この疑いもしない国王を説得するには、相当骨が折れるだろう。
事実、一度目のヴィオラは必死に無実を訴えたが聞く耳も持ってもらえず。
あげく……周囲の好奇の視線に晒されながら土下座を強要された。
「……ふふ」
なので、もうヴィオラは彼を説得する気など微塵も無かった。
その心の想いが漏れて、微笑となって現れる。
ルークはその態度に眉根をひそめる。
「なにを笑っている。君は王妃としての責任もない! あまりに浅ましい愚行を犯したというのに」
「一つ、お聞きします」
「っ!」
「私は……国王である貴方の職務放棄すら庇い、王妃として責務を果たしました。その献身よりも、貴方はその調査書を信じるのですね」
「……あ、当たり前だ。父の代より仕える忠臣達が使命をもって君の愚行を暴いたんだ。僕の私情で判断は誤らせはしない」
あぁ、やはり無駄だった。
分かっていたことながら、今までの献身すら踏みにじる彼の言葉にヴィオラは諦めの息を吐く。
「君の愚行は、王妃としてあまりに無責任で––」
「それで?」
「な……」
「前置きは必要ない。さっさと、言ってはいかがですか?」
急かすように、背を押すかのごとく問いかけたヴィオラ。
その異様な質疑応答に、ルークは苛立ちを感じながら用意していた言葉を告げた。
「では言ってやろう。君のような王妃は必要ない。ここで廃妃を宣言す––」
「承知しました。受け入れましょう」
啞然、呆然、驚愕。
ヴィオラがもたらした即答は、皆の予想外でしかなかった。
この顛末を仕組んだ貴族、そして偽りに踊らされるルークまで……皆がヴィオラが許しを乞う姿を想像していたのに……
彼女は即答と共に、書類を投げつけて踵を返したのだから。
「廃妃を進めるための書類です。明日までに署名して持ってきなさい」
ルーク、貴族達は咄嗟に床に落ちた書類を見つめる。
確かにそれは、廃妃を実行するための必要書類、後は王印と署名のみが必要なものだ。
それを見て皆が、驚きと畏怖すら感じた。
まるで、全てを予期していたかのような準備なのだから。
「ま、待て。ヴィ、ヴィオラ……これは」
「貴方がこの大勢の前で宣言したのよ。もう後には引けない、さっさと私を廃妃にしてくださいね」
予想外、まったくの予想外だ。
ヴィオラの余裕に満ちて、まるで全てを見透かすかのような言動に……貴族達は畏怖する。
そして、ルークは自らの裁量すら疑う程に動揺した。
眼前に立つ王妃の、得体の知れない行動に戸惑いしかなかった。
「では、私はこれで失礼します」
だが、ヴィオラの余裕を彼らが幾ら詮索しても分かるはずもない。
なぜなら彼女は、前世の記憶を思い出し……ここがかつて読んだ小説の世界だと知っている。
だけではない。
彼女の人生はこれが二度目ではない。
この王妃という人生を、ある理由があって時間を繰り返していた。
幾度も、幾度も人生を繰り返した末……その回数はすでに千を超えている。
だからヴィオラはこの仕組まれた無実の罪を、完璧に意趣返しする方法を確立した上で、この場に立っている。
全ては、物語通りの悲惨な運命を受け入れてもなお……幸せを掴み取るため。
自らを転落へと導いたあの日に、また来たのだと実感が湧いた。
「よし……」
かつてと同じ状況。
しかし、ヴィオラは一度目と大きく違っていた。
あの頃は余裕もなく手入れも出来ていなかった髪は、見違えるほどに艶のある銀糸を取り戻し、令息たちの瞳が集まる。
余裕のなかった表情は自信に満ちあふれていた。
「緊張しないものね……まぁ、当然か」
独り、呟いた言葉。
ヴィオラは今から、かつて人生の転落が始まった場所へと向かうというのに緊張は微塵もなく歩んでいく。
「ヴィオラ王妃よ……」
「ルーク陛下からの寵愛を失って、リアという女性に奪われた……」
「私なら、そんな状況で社交界に参加などできないわ」
聞こえる嘲笑の声に混じるのは好奇の視線。
ここにいる貴族達の多くが知っているのだろう。
今からヴィオラは、リアを嗜虐したという謂われのない罪で裁かれるということを。
なにせ、彼女の罪を仕組んだのは他でもない欲に塗れた貴族達なのだから。
「……」
それを知ってなお、ヴィオラは歩を止めずに目的の人物の元へ向かう。
もう見飽きた……彼の前に。
「ルーク陛下、お話とはなんでしょうか」
「失望したぞ、ヴィオラ」
嘆くようなルークの声にも、ヴィオラの表情は変わらない。
無感情に立ち尽くす彼女の姿に、ルークの苛立ちは増幅して言葉が続く。
「君が嫉妬に駆られて、こんな事をするとは……見損なった、心から」
ルークの言葉に隠れて、嘲笑うような声が各所より聞こえる。
ヴィオラはそれを聞いてなお、反応を見せる事は無くルークを見つめた。
凛として動揺もしない彼女に、周囲は眉をひそめる。
「君がリアに毒杯を仕込み、その身体を蝕んでいた事実を大臣より報告を受けた」
ルークの持っている調査書は、貴族達や大臣がリアを王妃とするため偽ったもの。
だが、彼は疑う事もなくまくし立てる。
「国王として、王妃である君の愚行には正当な裁きを下さねばならない」
「私……怖いよ。ルーク」
「大丈夫だ、リア。不安にさせてごめん」
ヴィアラの釈明を聞こうともせず、いちゃつく二人。
この疑いもしない国王を説得するには、相当骨が折れるだろう。
事実、一度目のヴィオラは必死に無実を訴えたが聞く耳も持ってもらえず。
あげく……周囲の好奇の視線に晒されながら土下座を強要された。
「……ふふ」
なので、もうヴィオラは彼を説得する気など微塵も無かった。
その心の想いが漏れて、微笑となって現れる。
ルークはその態度に眉根をひそめる。
「なにを笑っている。君は王妃としての責任もない! あまりに浅ましい愚行を犯したというのに」
「一つ、お聞きします」
「っ!」
「私は……国王である貴方の職務放棄すら庇い、王妃として責務を果たしました。その献身よりも、貴方はその調査書を信じるのですね」
「……あ、当たり前だ。父の代より仕える忠臣達が使命をもって君の愚行を暴いたんだ。僕の私情で判断は誤らせはしない」
あぁ、やはり無駄だった。
分かっていたことながら、今までの献身すら踏みにじる彼の言葉にヴィオラは諦めの息を吐く。
「君の愚行は、王妃としてあまりに無責任で––」
「それで?」
「な……」
「前置きは必要ない。さっさと、言ってはいかがですか?」
急かすように、背を押すかのごとく問いかけたヴィオラ。
その異様な質疑応答に、ルークは苛立ちを感じながら用意していた言葉を告げた。
「では言ってやろう。君のような王妃は必要ない。ここで廃妃を宣言す––」
「承知しました。受け入れましょう」
啞然、呆然、驚愕。
ヴィオラがもたらした即答は、皆の予想外でしかなかった。
この顛末を仕組んだ貴族、そして偽りに踊らされるルークまで……皆がヴィオラが許しを乞う姿を想像していたのに……
彼女は即答と共に、書類を投げつけて踵を返したのだから。
「廃妃を進めるための書類です。明日までに署名して持ってきなさい」
ルーク、貴族達は咄嗟に床に落ちた書類を見つめる。
確かにそれは、廃妃を実行するための必要書類、後は王印と署名のみが必要なものだ。
それを見て皆が、驚きと畏怖すら感じた。
まるで、全てを予期していたかのような準備なのだから。
「ま、待て。ヴィ、ヴィオラ……これは」
「貴方がこの大勢の前で宣言したのよ。もう後には引けない、さっさと私を廃妃にしてくださいね」
予想外、まったくの予想外だ。
ヴィオラの余裕に満ちて、まるで全てを見透かすかのような言動に……貴族達は畏怖する。
そして、ルークは自らの裁量すら疑う程に動揺した。
眼前に立つ王妃の、得体の知れない行動に戸惑いしかなかった。
「では、私はこれで失礼します」
だが、ヴィオラの余裕を彼らが幾ら詮索しても分かるはずもない。
なぜなら彼女は、前世の記憶を思い出し……ここがかつて読んだ小説の世界だと知っている。
だけではない。
彼女の人生はこれが二度目ではない。
この王妃という人生を、ある理由があって時間を繰り返していた。
幾度も、幾度も人生を繰り返した末……その回数はすでに千を超えている。
だからヴィオラはこの仕組まれた無実の罪を、完璧に意趣返しする方法を確立した上で、この場に立っている。
全ては、物語通りの悲惨な運命を受け入れてもなお……幸せを掴み取るため。
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