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reon

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雷・地上四百五十メートル・声帯

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23時30分10月中旬だと言うのに息が白くなるほど寒い。バイトの疲れを癒そうと先ほどの買った肉まんがもう冷めてしまった。
(一緒に買ったビールはもう飲み干してしまったから、明日の朝肉まんは温めて食べようかな)などと考えていると

「いらっしゃいませ…」頬を真っ赤にして寒そうにする大学生くらいの青年がみえる。
バイトを始めたばかりなのだろうか。
名札には初心者マークが着き、声帯から振るえているのではないかと思うほど緊張した様子で声が振るえている。

「ったく…もっと腹から声出せよ!」
 30代くらいのツリ目の男性が青年の頭をはたきながら怒っている。

今日まったく同じことを言われた事を思い出し、また気分が沈む。
先日始めたばかりのバイトは体育会系の飲食店。人と関わることが苦手なのに、調整しやすい勤務時間とバイト代そして、安いまかないに釣られて選んでしまった事を後悔したのは…初日の業務説明だった。

「いらっしゃいませ!」
「いかがですか!」
「こちらおすすめです!」
「ありがとうございました!」

良い人には変わりない、お笑い好きの良い先輩なのだがどうも語尾の最後に星がキラキラしているように感じるし、!マークが付いていてそれが身体にぶつかってきてるような感覚に陥る。
週末の出来事や面白かったお笑い番組の話などを良くしてくれて、沈黙に困ることはなく、いつも声をかけてくれる。
私の事を大事に思ってくれているのは伝わる、元気が良すぎて少し話し辛いのだ。

そんな回想をしている間に、先ほどの青年は男性からの注意を参考に大きな声で
の呼び込みを始めた。眼鏡が少し曇り鼻声になっているが一生懸命な様子がみえる。

頑張れ青年と思いつつ自宅への道を歩き進めるとスカイツリーが見えてきた。
自信を持ち暗く澱んだ空に刺さるすがたには圧倒されてしまう。


スカイツリーの姿に背中を押されて自身のモヤモヤする気持ちを吐き散らしたくなってきた。

地元にいる頃は、モヤモヤした気持ちを発散させる時には大きな声を出していた。カラオケや山、滝壺に叫ぶとスッキリしていた。
過去にストレス発散に出していた大声が、現在ではストレスの原因というのが面白くなってきてしまった。
私は案外疲れていて、酔いが回ってきているようだ。

「久しぶりに大声だそうかな」


地上四百五十メートルの建物の裏に
地上百五四センチメートルのちっぽけな自分が立っても誰にも気づかれないだろう。
これだけ騒がしい街並みに隠れていたら誰にも分からないはず。

「…スゥ」「…わ」

冷たい空気をお腹まで吸い、屈伸をして立ち上がるタイミングで大きな声を出そうとすると


ガチ

「いった」

舌を思い切り噛んでしまった


雷が落ちのかと思うくらいの衝撃から、肉まんが入った袋を地面を放り投げてしまった。

暗闇に消える肉まん、そして嘲笑うかのようにスカイツリーのライトが消えた。

「何でいつもこうなのかな」

情けなさに涙が出そうになりつけていた眼鏡が曇る。

「いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!」

遠くから先ほどの青年の声がうっすらと聞こえてくる。
なんだか、すごく元気な声に聞こえる。そんな、青年の声に引かれるように足が居酒屋に向かっていく。

「1人なんですがお願いできますか?」

「いらっしゃいませ、大丈夫ですよ!
今日は寒いですね…」
「暖かいラーメンもおすすめですので是非!では…こちらに」

ゆっくりと話してくれる青年、吉田くんは頬を真っ赤にして、眼鏡を真っ白に曇らせながら笑う。

「らっせー」

先ほど吉田くんに怒鳴っていた男性はやる気のなさそうに入り口に立っていた。

彼より吉田くんの方が良い店員さんになりそうだ。

「こちらお使いください」
と吉田くんが暖かいタオふルとメニューを持ってきてくれた。

先ほど注意を受けていた様子だけでは分からない彼の接客の感じの良さに感心してしまう。

吉田くんが思い出したかのように小走りで戻って、小さな声で話す。

「お客さまメニューをどうぞ!ラーメンの他にも美味しいものたくさんありますよ!」


ビールを二杯と串物ミニ海鮮丼そしておすすめのラーメンをいただき、お腹がいっぱいになって、素晴らしい吉田くんの接客に上機嫌になっていた。

「お会計お願いします!」
「かしこまりました!」

「吉田さん今日はありがとうございました。お陰で元気になれました。」


「いえいえこちらこそです…。実は先ほど、先輩から指導を受けて落ち込んでいたのですが…お客さまが屈伸して立ち上がる瞬間にコンビニの袋を振り飛ばして…その瞬間にスカイツリーのライトアップが消えた様子を見てしまいまして…」

「漫画のような姿に思わず笑ってしまって…元気をいただけました。」 
吉田くんの発言に本日2度目の雷が走る。見られていたのか…。

その瞬間隣にいた男性が吹き出して
吉田くんの頭をはたく。
「こら、そういうのは本人に言うものではないだろ」

その様子は怖い先輩というより、社会のルールを教えてくれる素敵な先輩だ。



本日2度目の雷にあたり酔いも覚めた所で、吉田くん達に見送られて店を出る。

空に刺さるスカイツリーの近くに
笑った口のような月が出ている。
「笑ってるみたい」

先ほどの自分の姿を思い出して自然に笑えてきてしまった。

私の先輩にも今日の事を話して一緒に笑えたら、私の中にある先輩との心の距離を縮められるかもしれない。上機嫌で
足を進めた先で嫌な感触の物を踏んでしまった。

コンビニの袋のようで中身にはパンのような柔らかい物が入ていた。
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みんなの感想(1件)

ねる
2019.06.22 ねる

読ませて頂きました。
お題が上手く絡んだ話だなと思いました。

reon
2019.06.22 reon

ねるさん

感想ありがとうございます。
このような感想を頂いたのは初めてだったのでとても嬉しいです。

解除

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