我、迷い込みし者也

書仙凡人

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vol.15 死神

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   [Ⅰ]


 不気味な声が発せられたのは入口からであった。
 そこに視線を向けると、黒いローブを纏った悍ましい魔物が1体と、黒い甲冑姿の魔物が2体佇んでいた。
 黒いローブ姿の魔物は、なんと言ってもその顔がインパクト大であった。
 ミイラのように干からびており、髑髏を思わせるモノだったからだ。
 目は赤く怪しい輝きを放っており、キモいの一言である。
 生気を感じないので、肉体的にはすでに死んでいる状態と言えるだろう。
 ゲームっぽく言うなら、アンデッドモンスターと呼ばれるカテゴリーの魔物だ。
 ちなみに、禿げで身長はそれほど高くないが、霊力はかなりのモノであった。
 もしかするとコイツが、死神と呼ばれていた魔物なのかもしれない。
 つか、絵的にモロな感じだ。大鎌を持たせたら、お約束な死神ビジュアルである。
 また、ソイツの両脇には、全身を黒い甲冑で包み込んだ戦士が2体控えており、妙な威圧感を発していた。
 図体も大きく、2mくらいありそうだ。腰にはバカデカい剣を帯びている。
 とまぁそんなわけで、かなりお強そうな黒騎士風の魔物だが、コイツ等からも生気を感じない。
 なので、恐らくはアンデッド系の魔物なのだろう。
 さて、そんなホラーな魔物達だが、鬼霊遁甲盤は死神みたいな奴をハッキリと指し示していた。
 つまり、コイツが追っていた犯人のようである。

「な!? 入り口に鉄格子が! クッ……ここ最近、冒険者が連続して行方不明になっていた原因は貴様等か!」

 おい、ファレルさん……それは初耳だぞ。

「ホホホホ、知りませんねぇ。何の話でしょうか? それより……ようこそ、お越し下さいました。追加の素材が来ましたので、これで私の研究も捗ると言うものですよ」

 ちょい、おねぇ系の言葉を使う魔物であった。
 あと4回くらい変身を残してそうである。

「研究だと……これのどこが研究だ! ふざけるな、魔物共め!」

 魔物は両手を広げて大仰に笑った。

「ホホホホ、私は素晴らしい研究をしているのですよ。そう、これは素晴らしい研究なのです。これが成功すれば、私は神にも等しい存在になれるのですからね……」
「神だと……この磔の山がか! ふざけるな!」

 ファレルさんはかなりエキサイトしていた。
 アルミナという女性の無惨な姿を見て、ブチ切れたのだろう。

「この者達は、研究の為の素材です。フェラドゥンの私によって、神への道が開かれるのですよ。寧ろ、誇らしいことではありませんか。お前達の命は大切に使わせていただきますから、それは安心してください。無駄にはしませんので。ホホホホ」

 その直後、ファレルさん達は脅えたように息を飲んだのであった。

「な!? フェラドゥンだと……」
「フェラドゥンですって……なんでそんな化け物が、ここに……」
「う、嘘だろ……フェラドゥンだって」
「そんな……まさかこんな所に、フェラドゥンがいるなんて……」

 ファレルさん達4人は恐怖しているみたいだ。
 フェラドゥンだか、フェラチオだか、イラマチオだか知らないが、この様子を見る限り、かなりヤバい魔物なのだろう。
 と、そこで、傍にいるミュリンの脅える声が聞こえてきた。

「やだ……フェラドゥンだなんて……さ、最悪な化け物じゃないの……」

 ミュリンも知ってるようだ。
 訊いてみよう。

「フェラドゥンて何?」
「え? 知らないの? というか、なんで知らないのよ」
「なんでと言われてもね。で、何なの? エロいの? 死ぬの?」
「んもう……フェラドゥンは武器も魔法も通じない、最悪な魔物の事よ。未だ嘗て、倒せた者はいないそうよ。遭遇したら最後、殆どの場合、殺されてしまうって聞いたことあるもの。逃げ延びた者はいるみたいだけどね……でも、なんでそんな化け物が、こんな所にいるのよ……」

 話を聞く限り、まさに死神のような魔物のようだ。
 
「へぇ……武器も魔法も通じないのか。そりゃあ大変だね」
「そうなのよ……って、なんでそんなに落ち着いてるのよ、エイシュンは」

 俺達がそんなやりとりをする中、ファレルさんは険しい表情で剣を抜いたのだった。
 続いて、サリアとリンク、それとルーミアさんも戦闘態勢に入った。
 だが、ミュリンは怖いのか、俺の後に隠れたのである。
 困ったもんだ。

「おやおや、歯向かうのですか? フェラドゥンの私に? ホホホホ、無理ですよ……貴方がたも知っているでしょう。フェラドゥンを倒せた者などいないという事を」
「ああ、知っているとも……だが、何もせずに死ぬわけにはいかない。悪足掻きはさせてもらう。せめても、この場から逃げれるなら……王城に報告せねばならんからな」

 逃げるという選択肢を使っているところを見ると、完全に負けは認めているのかもしれない。
 とはいえ、サリアとリンクに至っては腰が引けている状態なので、完全に気圧されている感じだ。
 戦う前から結果が見えている構図である。
 それほどに、このフェラチオ……じゃなかったフェラドゥンという魔物は、ヤバい魔物なのだろう。
 で、その魔物はというと、今はニヤニヤ笑っているところだ。

「おやおや……本当にお馬鹿さん達ですねぇ。出来れば、健康な状態の貴方達を利用したかったのですが……仕方ありませんね。それならば……て! オイッ! そこの貴方ッ! さっきから何をしてるのですッ!」

 ここでようやく、俺に気付いてくれたようだ。
 ちなみに俺はというと、この空洞に入ってからずっと、見学をするフリをして術の仕込みをしているところであった。
 なので、ファレルさん達の近くにいるが、俺は別行動なのである。
 なぜそんな事をしているのかと言うと、勿論理由がある。
 この暗くてジメジメしていて、それでいて糞尿クッサイ洞窟から、とっとと撤収したいからだ。
 もうエンガチョ切った気分なのであった。
 つーわけで、無視して続けるとしよう。

「聞こえないんですか! 私は何をしているのかと訊いてるんです! そこにいる貴方と小娘に訊いてるんですよ! 返事くらいしろや!」

 流石にイラッとしたのか、声が荒ぶっていた。
 するとそこで、隣にいるミュリンが、俺の肩を指でツンツンしてきたのである。

「ね、ねぇ……呼んでるよ、エイシュン」
「え? あ、俺? ああ、ちょっとこの空洞を見てるだけっスよ。俺の事は気にしなくていいから、どうぞ、続けてちゃぶ台」

 俺は適当に返しておいた。

「貴様……気に入らんな、その落ち着きぶり……自分の立場をわかってないようですね」

 魔物の声色が変わっていた。
 ちょっと怒ったようだ。
 ファレルさん達は、俺と魔物のやりとりをポカンとしながら見ていた。
 あまりにもKYな俺の言動に、ついていけないのだろう。
 つーわけで、もっと怒らせよう。

「立場ならわかってますよぉ……干物野郎さん」
「ひ、ひもの?」
「干物が通じないのか。じゃあ、ミイラ野郎……とでも言おうか? アンタの顔、全然水気ないもんな。おまけに、なんか臭そうだし。つか、めっちゃ臭いわ。アンタ、消臭剤ねぇのかよ。人前に出るならしてこいや」

 俺は自分の鼻をつまんで、手をブンブンと振った。
 コイツの臭いじゃないとは思うが、この際だ。言ってやれ。

「気に入りませんねぇ……貴様のその態度……強がるのも程々にしたらどうです。私は貴様のような、身の程わきまえない奴が、一番嫌いなんですよ」

 ちょっとイライラが募ってきているようだ。
 フェラドゥンとかいう名前にビビらないからだろう。

「別に嫌いのままでいいっスよ。あ、そうそう。アンタが何者か知らんが、アンタがしてた事なら理解できるよ」
「何……」
「アンタさ……冒険者を拉致して、そこの柱に括り付けてレイスにして、それを通じて他の冒険者の新鮮な魔力を収集しているんだろ? で、その括られている柱に、生きた新鮮な魔力が蓄積されてゆくんだ。全く、胸糞悪い事してるねぇ。ちなみに、貯まった魔力を何に使うつもりなんだ?」
「貴様……どうしてそれを」

 魔物は俺を睨みつけていた。
 ビンゴである。
 どうやら都合の悪い話なんだろう。
 じゃあ、もっと都合の悪い事を言ってやるとしよう。

「それにさ、魔物の魔力を収集すればいいのに、わざわざ冒険者の魔力を狙うなんて、効率悪い事をしてるねぇ、アンタ。ま、逆に考えると、冒険者の魔力じゃないといけない理由があるのかな? だとすると……さてはお前……元は魔物じゃなかったりしてな」
「……」

 魔物は無言であった。
 どうやら、これも当たりのようだ。
 恐らく、十中八九、コイツは元人間とみて良いだろう。

「何者か知らんが……お前達は早めに始末したほうがよさそうですね。仕方ない……生け捕りはヤメです。逃げ道は塞いだが、何事も用心に越したことはありません。お前達を始末する事にしましょう!」

 するとその直後、両脇にいる黒い甲冑の魔物が、気味の悪い大きな剣を抜いたのであった。
 刃渡りが2m近い肉厚の剛剣であった。
 もはや剣というより、鈍器のような感じだ。
 重さもかなりありそうである。

「皆、来るぞ!」

 ファレルさん達も武器を構える。
 俺はそこで、サタとミュリンに指示した。

「おい、サタ。それとミュリン。あの中央の柱の裏まで下がれ」
「なんだ、何をするつもりじゃ?」
「え? どういう意味?」
「言われた通りにしろ。戦いに巻き込まれるぞ。サタは俺の言ってる意味が分かるな?」

 するとサタは、ギョッと目を大きくしたのである。
 意味を分かってくれたようだ。

「おい、小娘! エイシュンの言うとおりにしろ!」

 サタは俺の肩から飛び降り、柱の裏へと走っていった。
 ミュリンは訳が分からないといった感じで、俺を見ている。

「ミュリン、サタの所へ行け。今は俺の言う事を聞くんだ」
「う、うん、わかったわ」

 ミュリンは慌ててサタを追った。

「ちょっと、サタ! 待ってよ!」

 と、そこで、魔物の大声が響き渡ったのであった。 

「お前達、コイツ等を皆殺しにしろ!」

 その直後、黒い甲冑の魔物は、近くにいるファレルさんとサリアに襲いかかったのである。
 これは想定外であった。

(あらら……折角、俺に注意を引きつけたのに、そっちを攻撃するんかよ。チッ……)

 ファレルさんは剣で、その斬撃を受ける。

「バカメ ソンナモノデ フセゲルカ」
「クッ、グアァ」

 だが、ファレルさんは受けきれず、魔物が振るう剣の軌道を何とか脇に逸らすのがやっとであった。
 あまりにも魔物の力が強すぎて、受け流すのが精一杯だったのだろう。
 とはいえ、咄嗟のその判断は流石である。
 するとその時であった。 

「キャァァ!」

 サリアが斬撃によって吹き飛ばされ、地面を転がったのだ。
 剣で受けたはいいが、馬鹿力でフッ飛ばされたようである。
 ファレルさんほど、剣の腕は熟達してないのだろう。
 だが、それだけでは終わらない。
 黒い甲冑の魔物は更に間合いを詰め、トドメの一撃をサリアに繰り出そうとしたからだ。

「シネ!」

 万事休すである。

「サリアァァァ!」
「キャァァ、サリア!」

 ファレルさんとルーミアさんが絶叫する。

(マズい! チッ、仕方ない……間に合うか……)

 俺は即座に印を組み、呪言を小さく唱えた。
 そして、縮地の呪法で素早く駆け、地に伏せるサリアを抱きかかえ、俺は地面を転がったのである。
 次の瞬間、ドゴンという鈍い音が空洞内に響き渡る。
 それは間一髪であった。

(ふぃ……危なかった)

 俺はすぐに立ち上がった。
 フェラドゥンとかいう魔物は、そこで柏手を打つ。

「ホホホホ、やるではないですか。そんなに素早く動ける奴を初めて見ましたよ」
「そりゃどうも」

 続いて、サリアも立ち上がる。
 しかし、その表情は暗かった。

「あ、ありがとう、エイシュンさん」
「サリアさん……礼は戦いが終わった後だ」
「う、うん……」

 サリアは意気消沈していた。
 魔物の強さに、負けと死を意識してるんだろう。
 他の皆も表情は同じであった。

「ホホホホ、まずはその男を殺しなさい! どうやら、この男が一番の手練れのようですからね。後の者達は、それからで構いませんよ」

 フェラドゥンとかいう魔物は、ニヤニヤしながら俺を指さした。
 余裕の表情である。

「ワカリマシタ、ワレムサマ」
「ハッ、ワレムサマ」

 黒い甲冑の魔物2体は、俺へと向き直り、武器を構えた。
 身体がデカいので威圧感が凄いが、霊力的にはそこまでではない。
 ま、いつもの要領で退治してやるとしよう。

(さて……ではおっぱじめるか。悪魔祓いを。だが、その前に……)

 俺はそこでファレルさんにお願いした。

「ファレルさん、ここは俺に任せてもらえませんか? 皆はミュリンのいる所まで下がってほしいのです」
「え? どういう意味だ」
「俺が1人で、なんとかすると言ってるんです。その方がやりやすいんでね。お願いできますか?」
「しかし、だな……相手はフェラドゥンだぞ」

 するとその時、サタの大きな声が響き渡ったのである。

「はよう来んかい! たわけ共が! エイシュンが本気で悪魔祓いをするんじゃ。巻き込まれるぞい!」

 ファレルさん達は目を丸くしていた。
 サタの奴、また余計な事を……。

「さ、猿が喋ってる!」
「あの猿、喋れるの!?」

 コイツは以前、俺の結界術を経験してるから、よく知っているんだろう。
 まぁいい。もうどうにでもなれ。
 俺は目力と語気を強め、ファレルさんに言った。

「そういうわけなので、下がってもらえますか? ここは俺に任せてもらいたい。特別サービスです。本来なら相応の報酬を要求するところですが、あの干物野郎を俺が格安で退治してやりましょう」
「しかし……1人では……」

 まだ言うか。

「はっきり言いますよ。耳穴かっぽじってよく聞いてください。貴方達では奴等を倒せません! いいですね? 返事はッ?」

 俺の迫力にファレルさんは息を飲んだ。

「あ、ああ、わかった……皆、一旦、下がるぞ!」
「お、おう」
「お気をつけて、エイシュン様」
「エイシュンさん……」

 ファレルさん達はそそくさと柱の裏へ下がった。
 そして、俺は背中の刀を抜いたのである。
 蒼白い霊気のオーラを纏い、磨き抜かれた刀身が露になる。
 フェラドゥンとかいう魔物は、忌々しそうに俺を見ていた。

「お前だけで我等の相手をするですと……舐められたモノですねぇ。私はね……調子に乗った奴が大嫌いなんですよ。ふざけるのもいい加減にしろ! コイツを今すぐ殺せ!」

 そして、戦いの火蓋が切って落とされたのであった。
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