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第二十五話 迷える子羊(本多小夜子)

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 エプロンをつけ、手際よくクッキーづくりを行っていく学はとても様になっており、それを見ていた数人の女性等が、ほぅと息を吐いていた。

 しっかりと真面目な顔をしてお菓子を作る男の姿は何故だがきゅんとくるものがあるとかないとか。

「手際がよろしいこと。」

 桜子が感心しながらそう言うと、学はニコリと笑いながら言った。

「学生の頃はケーキ屋さんでバイトしていたんですよ。刑事になれなかったらパティシエになりたかったくらいです。」

「へぇ。」

 あとは焼き上げるだけとなり、オーブンにクッキーを入れた。

 それを見た桜子は微笑みを浮かべると周りに集まっていた人々に言った。

「皆様、お待たせして申し訳ありませんわ。さて、本日は小夜子様特性のクッキーを彼が完全再現いたします。焼き上がりまではもう少しお待ちください。」

 そこに集まっているのは、数人の女性らとスーツ姿の男性達である。

 彼らは皆、生前の小夜子の親戚一同であった。

 今はもっぱら、小夜子の後を誰が継いでいくのか大揉めに揉めている真っ最中であった。

 そんな中に突如として現れるた西園寺家のご令嬢に皆が動揺し、そればかりか突然あの、小夜子にしか作れないクッキーを再現してみせると言うのだから親戚一同はどうしたらいいのかと困惑していた。

 西園寺家のご令嬢を無下にすることは出来ない。

 そう思い、皆が取りあえずは見守っている。

「小夜子お祖母様は私にもよく声をかけてくださいました。そんな小夜子お祖母様からの伝言を皆様に伝えに来たのです。」

 その言葉に皆が目を丸くした。

「な、なんと。もしやその、、後継者について、ですか?」

 長男がそう尋ねると、桜子は頷いた。

「そう、、、ですね。ある意味、そうかもしれません。」

 その場がざわつく。

 次に次男が声をあげた。

「だが、遺言書ではないのだろう?それならばなんの効力もない。」

 皆が頷くと、桜子はにこやかに言った。

「ええ。ですから、ただ聞いてくださいな。ですが、クッキーが焼けるまではもう少し時間がありますから、散歩でもいたしましょう。」

 皆が困惑した表情を浮かべるが、西園寺家のお嬢様の言葉に何故か従ってしまい、ぞろぞろと桜子の後をついていくのであった。



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