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第十五話

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 勇太は回復に向かい、少しずつ体力を取り戻し始めていた。

 最初こそ学から離れようとしなかったが、次第に比高とも話をするようになり、今では比高と過ごすことを楽しんでいるように見えた。

 比高は母親と話し、離婚の方向で話を決めると全面的なサポートすると伝えていた。

 そして、比高は妹のことも勇太の事も実の子のように可愛がり、庭に遊具まで作ってしまった。

 学は、勇太の乗るブランコを後ろから勢いよく押しながら、言った。

「もう、俺がいなくても大丈夫かな?」

 その言葉に、勇太は何も答えない。

 きっと、本当は比高が悪い人だという思いは消えている。

 だが、怖いのだろう。

 勇太にとって大人は恐怖の対象でしかない。

 これは、少しずつ、時間をかけて癒やしていくしかない。

 学はブランコを止めると言い方を変えた。

「俺は、いなくなるわけじゃない。この家に俺がいるのは、その、何だか居心地が悪いんだ。だから、俺は家に帰るけど、別に勇太くんのから離れるわけじゃない。」

 勇太はその言葉に顔を上げた。

「ちゃんと様子は見に来るし、電話番号も渡しておく。いつでも掛けてきていい。不安になったら連絡して。」

 その言葉に、勇太は振り返り口を開いた。

「怖いんだ。」

「うん。」

「もし、刑事さんがいなくなって、比高さんが、お父さんみたいになったら?」

「そうはならない。でも、何かあったら電話して?」

「もしお母さんがまた僕を生贄にしたら?」

「その時は俺がお母さんを叱り飛ばす。」

「もし、また閉じ込められたら?」

「すぐ助けてやる。」

「もし、、、お父さんがやって来たら?」

 勇太の気持ちを一番締めているのは、ここだろう。

 毎日、うなされながら声にならない叫び声を上げて勇太は起きる。そして、誰にもバレないように身を一人で丸めて耐えようとするのだ。

 それに気付いた学は比高にそれを伝え、比高と母親は毎夜、そんな勇太を抱き締めて、ホットミルクを飲んでいた。

 震える勇太の所へと、日傘をさした桜子が現れると、微笑みを浮かべて言った。

「お父さんは来れませんよ。」

「え?」

 勇太は桜子を振り返ってみると、どうしてなのか返答を待つ。

 桜子は優しげな笑みを浮かべて言った。

「お父さんは、病気だと判断されて、病院に入っています。そこはね、しっかりと見てくれる人がいるから、外には出られないんですよ。」

「、、、本当に?」

 真っ赤な唇が弧を描く。

「ええ。永遠に出られませんよ。」

 学は背筋が寒くなった。

 その病院とは、一体どこなのだろうか。

 だが、その一言で勇太がホッとしたのが分かった。

「刑事さん。僕、頑張ってみる。」

「うん。でも、いつでも連絡してね。」

「うん!」

 桜子は言った。

「さぁ、たくさん遊んで疲れたでしょう?一緒に美味しいお茶とお菓子を食べましょう。」

 優雅に微笑む櫻子の後を勇太は追いかけていった。

 お茶を飲んでいると、比高もやって来て一緒にお茶を飲む。

「おじさま、例の宝石は手に入りそうかしら?」

 比高はにっこりと微笑んで頷いた。

「もちろん。桜子さんにはたくさん力を借りたからね。手に入れてあるよ。明日にでも屋敷に届けさせよう。」

「まぁ、良かったですわ。比高家は宝石店を海外にもいくつも持っていますものね。おじさまも早く弁護士などやめて家の傘下に入るべきでは?」

「ははっ!考えておくよ。」

 学はお茶を飲みながら、家に帰ったらカップラーメンを食べて、ここしばらくの贅沢を忘れる為、自分は庶民なのだということを身に染み込ませようと思った。



 
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