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二十二話 記憶

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 目の前に差し出される真っ赤なワイン。

 それを見つめて三人はごくりとつばを飲み込む。

 ルークはシャルロッテを見つめて言った。

「突然何がなんだかわからない。まずは説明してくれないか?」

 オリバーもグレイも同じようにうなずく。それにシャルロッテは不満げに唇を尖らせると、大きくため息をついてから静かに言った。

「皆さまがメリーという女に心を奪われた場合、国が亡びる運命でした。それを私は防ぐため、十歳からの時間をやりなおし、ここまできたのです」

「やり、なおした?」

 シャルロッテはルークの言葉にうなずく。

「そうです。一度目の時間軸、皆さまはメリーという女に皆が思いを寄せ、心を奪われたのです」

 そんなわけがないと、三人は笑いそうになるが、シャルロッテもリラトも表情を崩さない。

 それに、三人は顔をゆがめた。

 オリバーは頭をかくと、静かに尋ねる。

「このワインを飲めば、その一度目の時間軸のことを思い出すと?」

「あぁそうだよ。本当ならばする予定はなかったけれど、国を救ったシャルロッテの願いだからね」

 リラトの言葉に、グレイは視線をさまよわせてから尋ねた。

「ど、どういうことだ? 何故シャルロッテが選ばれた? どうして?」

 シャルロッテは美しく微笑むと言った。

「全て知りたければ飲むことです。それとも、知りたくないですか?」

 その言葉に三人は静かに考えると、三人ともワイングラスへと手を伸ばす。

「何があったのか、これを飲めばわかるのかい?」

「えぇ」

 ルークはじっとシャルロッテを見つめると言った。

「なら、これを飲もう。その代わり、婚約破棄なんて言わないでくれ」

 その言葉にシャルロッテはくすりと笑う。

「そうですね。それを飲んでも同じ言葉を言えるのであれば」

「どういう意味だ?」

 リラトは三人に向かって言った。

「真実を知れば、きっと後悔するよ? シャルロッテ、強制はいけないと思う。約束した時に言っただろう?」

「えぇ。そうね。だからお願いですわ。だって私だけ覚えているのは不公平でしょう?」

 その言葉に三人はワイングラスを見つめ、そして、静かに口を付けた。

 一気にあおるように喉の奥へとワインを押しやる。

 ごくりという音が聞こえた。

 次の瞬間、三人は頭を押さえながらふらつき、そして呼吸を荒くしながら地面へと膝をつく。

 シャルロッテはその様子に満足げにうなずくと、紅茶を優雅に飲む。

 さぁ、深淵を覗き込んだ感想は、どんなものであろうか。

 ルーク、オリバー、グレイは呼吸を荒くしながら今頭の中に入り込んできた自分たちの記憶に、体を震わせた。

 記憶はよみがえった。

 ただしそれは、自分ではない他人の記憶を覗き見ているかのような光景であった。

 なぜならば、今の自分ならば絶対にしないであろうことをしているからである。

 悲し気な瞳が自分に訴えかける。助けてと、自分はそんなことはしていないと。

 メリーという女を愛していたという事実が、いびつな感情が、吐き気を催す。

 血が飛び、ごろりと首が転がった。

「わぁぁっぁぁぁ」

「フグ……」

「ああっぁぁっぁぁぁ」

 今、大切に思っている人を。

 今、愛しく思っている人を。

 目の前で、優雅に紅茶を飲む、彼女を。

 罪のない少女を。

 自分たちは殺した。

 瞳からぼたぼたと涙が流れ、みっともなく嗚咽が漏れる。

 その光景を見つめながら、シャルロッテは満足げに微笑みを浮かべた。

「あぁ、やっとね……思い出してくれてありがとう」

 シャルロッテの瞳が、憎々し気に三人を見つめる。

「この、人殺し」

 無罪の自分を陥れ、たった一人の女のために、自分の首を落とした。

 そんな人たちを、本当に大切に思えるわけはない。

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