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第二百七話
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今日がとても幸せであったとしても、その幸せが明日も続いているとは限らない。
キースの母は、明るく国民からも好かれる笑顔が印象的な人であった。
威厳のある父とは対照的に、気さくでいてつい皆が周りに集まってしまうそんな人。
王の子どもだからと言って自分を過度には甘やかさず、しっかりとした王になるようにと時には優しく時には悪魔よりも恐ろしく様々なことを教えてくれた。
「ねぇ母様。庭に綺麗な薔薇が咲きました。明日は一緒に見に行きましょう?」
「えぇ。行きましょうか。」
頭を優しく撫でてくれる手からは、母の自分へと愛がつまっているようで、撫でてもらえるのがとても嬉しかった。
そんな温かな、幸せの日々。
父がいて母がいて、悪魔が側にいて寂しさなんて知りもしなかった。
王としての教育は厳しいものではあったが、側に自分を信じてくれる人がいるだけで頑張れた。
幸せというものが、するりと手からこぼれ落ちてしまうものだとは、知りもしなかった。
「母様?」
次の日の朝は妙に騒がしくて、心がざわついていた。
この心のなかのざわざわとしたざわめきを早く納めたくて人の間を掻い潜って母のもとへと行った。
ベッドに眠る母と、その横に項垂れる父。
首を振る医者を見て、周りから小さな悲鳴と嗚咽が聞こえ始める。
意味が分からなかった。
何が起こっているのか分からなかった。
だから、母を揺り動かした。
名前を呼びながら、何度も。何度も。
「母様?母様?起きて?早く!」
それを見て、周りから更に泣く声が多くなる。
何なんだ。
何で泣いているんだ?
その時、父の手が自分の腕をぎゅっと痛いほどに掴んだ。
「セラフィーヌを揺さぶるな。」
自分に向けた父の瞳があまりに冷たくて、背筋が寒くなった。
父はこんな目をしていたか?
「父上、、、?」
「皆下がれ。」
有無を言わさないその声に、その場に集まったものらは下がっていく。
父は乱雑に自分の腕を突き放した。
執事に諭されて自室へと戻った。
そして周りから母が突然亡くなったのだと知らされて、やっと、あぁ、だから母の体は冷たく、固くなっていたのかと思った。
自分の手のひらを見つめると震えていた。
こぼれ落ちてしまったのだ。
自分の手の中にあった幸せは、今日という日にこぼれ落ちたのだ。
ポタリと涙が流れた。
「母様。」
約束したのに。
薔薇を見ようと。
明日も一緒にすごそうと。
それなのに。
涙が目から音もたてずにポタポタと延々と流れ落ちる。
心が悲鳴をあげる。
苦しい。
悲しい。
「母様、、、、、。」
その日から、世界は色を失った。誰もが悲しみ、喪に服した。
そして、母と別れを済ませた数日の後に悪魔が母を連れて行こうとした。
「これ、一緒に持っていって?母様、枕が変わると寝れないから。」
悪魔は枕を受け取ってくれた。
父は表面上は変わらなかったけれど、自分を見なくなった。
あの日から父の時計は止まったかのようだった。
俺は母様だけに執着する父が嫌で、側にはいられなかった。
キースの母は、明るく国民からも好かれる笑顔が印象的な人であった。
威厳のある父とは対照的に、気さくでいてつい皆が周りに集まってしまうそんな人。
王の子どもだからと言って自分を過度には甘やかさず、しっかりとした王になるようにと時には優しく時には悪魔よりも恐ろしく様々なことを教えてくれた。
「ねぇ母様。庭に綺麗な薔薇が咲きました。明日は一緒に見に行きましょう?」
「えぇ。行きましょうか。」
頭を優しく撫でてくれる手からは、母の自分へと愛がつまっているようで、撫でてもらえるのがとても嬉しかった。
そんな温かな、幸せの日々。
父がいて母がいて、悪魔が側にいて寂しさなんて知りもしなかった。
王としての教育は厳しいものではあったが、側に自分を信じてくれる人がいるだけで頑張れた。
幸せというものが、するりと手からこぼれ落ちてしまうものだとは、知りもしなかった。
「母様?」
次の日の朝は妙に騒がしくて、心がざわついていた。
この心のなかのざわざわとしたざわめきを早く納めたくて人の間を掻い潜って母のもとへと行った。
ベッドに眠る母と、その横に項垂れる父。
首を振る医者を見て、周りから小さな悲鳴と嗚咽が聞こえ始める。
意味が分からなかった。
何が起こっているのか分からなかった。
だから、母を揺り動かした。
名前を呼びながら、何度も。何度も。
「母様?母様?起きて?早く!」
それを見て、周りから更に泣く声が多くなる。
何なんだ。
何で泣いているんだ?
その時、父の手が自分の腕をぎゅっと痛いほどに掴んだ。
「セラフィーヌを揺さぶるな。」
自分に向けた父の瞳があまりに冷たくて、背筋が寒くなった。
父はこんな目をしていたか?
「父上、、、?」
「皆下がれ。」
有無を言わさないその声に、その場に集まったものらは下がっていく。
父は乱雑に自分の腕を突き放した。
執事に諭されて自室へと戻った。
そして周りから母が突然亡くなったのだと知らされて、やっと、あぁ、だから母の体は冷たく、固くなっていたのかと思った。
自分の手のひらを見つめると震えていた。
こぼれ落ちてしまったのだ。
自分の手の中にあった幸せは、今日という日にこぼれ落ちたのだ。
ポタリと涙が流れた。
「母様。」
約束したのに。
薔薇を見ようと。
明日も一緒にすごそうと。
それなのに。
涙が目から音もたてずにポタポタと延々と流れ落ちる。
心が悲鳴をあげる。
苦しい。
悲しい。
「母様、、、、、。」
その日から、世界は色を失った。誰もが悲しみ、喪に服した。
そして、母と別れを済ませた数日の後に悪魔が母を連れて行こうとした。
「これ、一緒に持っていって?母様、枕が変わると寝れないから。」
悪魔は枕を受け取ってくれた。
父は表面上は変わらなかったけれど、自分を見なくなった。
あの日から父の時計は止まったかのようだった。
俺は母様だけに執着する父が嫌で、側にはいられなかった。
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