魔法使いアルル

かのん

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第百八十四話

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 太陽の日が昇る前に、子ども達は動き始め、そして牢から進んで出て行く。

 その様子を真っ赤に腫らした目で見つめていたアルルは思わず子ども達に声をかけた。

「ねえ、おはよう。」

 どうにか声が震えないように、頑張って元気に言ったつもりだった。

 それでも声は震えていて、かすれてしまった。

 一瞬、何人かがアルルを見て目を瞬いたが、すぐに何の感情も移さないような表情に戻ると、何も言わずに歩いて行ってしまった。

 昨日の少年がアルルも外に出るように促すが、アルルは壁に張り付いて動かなかった。

「私は、、、昨日みたいに人形になるのは嫌。」

 少年は困ったように頭を掻くと静かに言った。

「あのね、そんな事をしても無駄だよ?時間が来れば、ほら。」

 アルルの体は勝手に外へ出ようと動き始める。

「いや、私は嫌!」

 そう声を上げた。

 抵抗するように、必死に足を止めようとした。

 それでも、体はいう事を聞かなくなり、そして昨日のように操られる。

 それはまるで人形。

 アルルは悲しくて、悔しくて、辛くて心の中で泣いた。

 昨日と同じように廊下を進み、そして大きな薔薇の絵の描かれた扉を開けると、中に昨日の少女がいる。

 少女は眉間にしわを寄せた。

「何その不細工な顔。目が腫れているじゃない。やぁね。」

 そう言うと少女はアルルの足を蹴ってきた。

「今度そんな顔で来たら、お仕置きをするわよ。あぁ。そんな不細工な顔を見せないでちょうだい。反省室で反省しておきなさい。」

 アルルの体は勝手に動き、そして反省室と呼ばれる小さな箱の中に入ると、明かりが消え、真っ暗になった。

 他の者達にとっては真っ暗闇は怖いかもしれない。

 けれど、アルルにとってはまだ操られるよりは暗闇の方がほっとできた。

 できる事なら、ずっとこの暗闇の中にいたいくらいに、心が穏やかになる。

 だが、その時、外側から箱を蹴られ、アルルの心臓は跳ねた。

「ふふふ。良い事を教えてあげるわ。」

 少女の声がしたかと思うと、少女は楽しそうに笑いながら言った。

「お前の父親であるアロン様がこの国に来ることが決まったわ。ふふ。」

 お父さんが来る?

 アルルの心に光がともり、心の中で歓声を上げた。

 だが、その期待は一瞬にして暗闇へと落とされる。

「けどね、貴方の事なんて覚えていないわよ?」

『え?どういう事?』

 心の中でアルルはそう声を上げた。

「だって、私が魔術で、貴方の記憶を、全部、消しちゃったから。」

 喉の奥がひゅっとなった。

 何と言った?

 記憶を、消した?

「ふふふ。会えるのが楽しみねぇ。貴方の事なんて一切覚えていない王子様とお父さん。会うのが楽しみでしょう?」

 意地の悪い少女の声が響く。

 お父さんが、レオが、私の事を忘れた?

 そんなわけない。

 一緒に誕生日のお祝いをしてくれた事も、遊んだ事も、冒険をした事もアルルの心には宝物のようにしっかりと残っている。

 忘れるわけがない。

「忘れるわけがないとでも、思っているんでしょう?」

 檻をたたく音が響き、そして少女の笑い声がこだまする。

「ざーんーねーん。忘れているわよ。綺麗さっぱりね。」

『嘘だ!ウソだ!嘘だ!お父さんもレオも、私の事を忘れるもんか!』

 忘れるもんか!

 だって、ずっと一緒にいたんだ。

 楽しい時には一緒に笑って、辛い時には泣いて、一緒にいた。

 大好きだって言ったら、ギュッとしてくれた。

 私の事を大切にしてくれた。

 一つ一つの思いでが、心の中に残っている。

 それを忘れるわけがない!

 忘れる、わけが、ない!

「忘れたの。だって、私の魔術は一級品だもの。」

 そんなわけない。

 絶対に、絶対に。

 そんなわけない。

 アルルは心の中で泣き叫んだ。

 自分の瞳からは涙が落ちないけれど、心は悲鳴を上げて泣いている。

 アルルはそれでも絶対にお父さんもレオもきっと覚えていると信じた。
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