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四話 ハリーとアイザック

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 窓を見上げた時、ハリーは目を見開いた。

 この国の密偵を担うアイザックとは、リリーと自分と三人幼馴染であった。今までアイザックはリリーとハリーと仲が良かったものの一歩後ろに引き、決してリリーに近づきすぎることはなかった。

 それなのに。

 アイザックに額にキスされたリリーは驚き何かを叫ぶと、その場から立ち去って行った。

 ハリーは呆然とそれを見上げ、そしてこちらを見たアイザックと目が合った。

 アイザックがにっこりと笑うのが見えた。そして口が動く。

(ありがとうな)

 意味が分からなかった。

 ひらひらと手を振ってアイザックはその場から消えた。

 ハリーはマリアに急用ができたと告げるとアイザックを追いかけるのだが、不意に足を止めた。

 追いかけてどうする?

 どうしたい?

 リリーを卒業式で断罪し、婚約破棄をする手筈は整えた。

 今さらリリーなど、どうでもいいと思う反面、アイザックなどに奪われたくないと思う自分がいる。

 この不確かな感情に苛立ち、ハリーは近くの木を殴り付けると、呼吸を整えた。

 とにかく今はまだリリーは自分の婚約者なのだから文句を言う権利があるとハリーは結論付けるとアイザックの元へと向かった。

 アイザックは、廊下でハリーが来るのを待っていた。

 その頬は赤くなっており、避けたであろうにリリーの平手打ちをわざと受けたことがわかった。

「お前、王子の婚約者に手を出してただですむと思っているのか?」

 ハリーの言葉に、アイザックは笑い声をあげると、冷ややかな目で睨み付けた。

「婚約破棄をするのにか? 1人の女を追い詰めて楽しいか?」

 殺気の隠る瞳にハリーは眉間にシワを寄せる。

「何故知っている、というのは無粋か。お前は影にしか生きれない男だもんな」

 アイザックは、前国王の落胤である。その為、身分などない。

 生きることを許される代わりに、隠密として働くしかない男なのだ。

 ハリーはアイザックのリリーに対する不埒な想いに気付いていた。

 けれど、アイザックは指を加えて見る他ないのだ。そのはずだ。

 それが今はどうだ?

 まるで対等かのように自分を睨み付けてくるアイザックにハリーは言った。

「身の程知らずが」

「そうだな。だが、そんな俺にもチャンスがきた」

「チャンス? ふっ。馬鹿か。どうあがいたところでリリーはお前の手には入らない。たしかに婚約は破棄するが、リリーは手元に残すつもりだ」

 その言葉にアイザックの眉間に深くシワが寄る。

「リリーにはマリアの代わりに王妃の仕事をさせる。適材適所というやつだ」

 アイザックは静かに目を閉じると、ゆっくりと目を開いて言った。

「いつからそんなクズになった」

「クズ? ふっ。俺は国王になるのだぞ。負け惜しみか。お前はずっと、指を咥えて見ているがいいさ」

「あぁ。最後まで見ていてやるよ」

 ハリーは笑いながらその場から立ち去った。その背を見送ったアイザックの視線は冷めている。

「早く、婚約破棄してくれねーかな」

 それがハリーの栄光の最後の日となるだろう。

 アイザックはもう仲の良かった頃のハリーはいないのだなと、大人になるとは残酷なことだと思ったのであった。


 
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