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十きゅう

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 時は少し前へと遡る。

 鳥へと姿を変えた楽は、空を切る弓矢のごとき速さで空を飛んでいた。

 羽を必死に動かし、妖怪の館から急いで遠ざかっていく。

 追いつかれてしまえば、楽のようなただの式ではすぐに消されてしまうだろう。

 だが、消されるわけにはいかない。

 廣光の式である楽は何を主が求めているのか分からない。

 けれども、絶対にこれは知らせなければならないことだと分かる。

 光葉という少女がいた。

 何かしらの秘密がある事は明らかであり、それを主へと伝えなければならないと楽は感じ取っていた。

 急いで、急いで知らせなければならない。

 そう楽は思い、翼を必死で動かしていた。

 その、時であった。

 まるで羽虫を掴むかのごとく、楽の翼は黒い巨大な手によって掴まれてしまう。

 羽がもげるのではないかという痛みと、突然の出来事に楽は目を丸くするが、何が自分に起こったのかと周りを見ようとした瞬間には、大きな黒い手によってすでに体を包み込まれていた。

 低い声が響く。

「ダメだよ。教えては。」

 その声と、暗闇に自身がつつまれた事に楽は動揺する。

 主へと知らせなければならない。

 ここで消えるわけにはいかない。

 そう楽は必死に頭を働かせるが、黒い手が楽をぎゅっぎゅと握りしめる。

「それでは、面白くないだろう?」

 まるでせせら笑うかのようなその声に楽は自身の終わりを悟る。

「あぁ、大丈夫。消しはしない。記憶をすこーし、いじるだけだ。」

 ダメだ。

 それでは、主に伝えられない。
 
 主に。

 何を・・・?

 はっとした時、楽は空を飛んでいた。

 青々とした空を飛びながら楽は少しばかり首をひねる。

 何かが頭の隅をかすめていくが何なのかが思い出せない。

 楽は廣光の所へと付くと、すぐに主の前へと急いだ。

 けれども、廣光のところへとついた楽は姿を人型に戻しながらも困惑する。

 主に、何を伝えるのだった?

「どうだった?」

 その声に、楽の口は自然と動いた。

「夜叉の屋敷には、別段何かがあるわけではありませんでした。」

 そうではない。

 伝えなければならないことがあるはずだ。

 廣光はその言葉に少し落胆するように肩を落とした。

 その瞬間に楽の心が痛みを発する。

 違う。

 主へと伝えなければならないことがある。

 けれど。

 体中に、黒い何かが覆いかぶさるようにしてその事を口に出せない。

 廣光はその場を後にし、楽は呆然とする。

 式が、主以外に支配されている。

 その現実に、楽は自身の中にある何かに不安を抱いた。

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