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十ろく

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 小さく寝息をたてる光葉の長い髪を指ですきながら、夜叉はその姿をじっと見つめる。

 顔色は悪くはない。

 血も通っている。

 息も正常だ。

 けれども、光葉の瞳は開かない。

 光葉が眠りについてから数日が過ぎており、原因不明の昏睡から目を覚まさないその様子に、夜叉は小さく息をついた。

 疲れの色は見られないものの、その表情にいつものような威厳が感じられない。

「光葉。そろそろ目を覚ませ。」

 自身からこんなにも弱々しい声が出ると夜叉本人も思っても見なかった。

 何度、同じ呟きを漏らせばいいのか。

 早く目を覚ましてくれと、これほどまで自分が切に願うなどとは思っても見なかった。

 夜叉はこんなにも光葉のことを心配している自分の感情に戸惑いながら、自分が思っていた以上に光葉のことを大切に思うようになっていたのだと気付く。

 人間の医者を連れてきて見せもしたが、原因は分からないと言う。

 ただ眠っているのだと医者は言った。

 思い出すのは、意識のなくなる前の光葉の異変である。

 あの時、夜叉は本当に光葉が人間であるのかを疑問に思ったのだ。

 人とは違う気配を感じた。

 瞳の色が変わり、身に纏う気配も変わった。

 けれども、今眠る光葉は人以外の何者でもない。

 部屋の外や、庭には光葉を心配する妖怪達が集まり、早く元気になってほしいと、縁側には妖怪達の持ち寄った果物や木の実などが積み重ねられている。

  夜叉は立ち上がると、後ろに控えていた烏天狗に声をかける。

「出かける。光葉を守れ。」

「お、親方様?どちらへ行かれるのですか?」

 夜叉は何も言わずに立ち上がると、庭へと出て地面を蹴る。

 次の瞬間には空高くへと飛び上がり、その速さに追い付けるものはいない。

 烏天狗は大きく息を吐くと光葉の部屋の前へとどんと座った。

 妖怪達はその様子を見つめると、烏天狗は静かな声で言った。

「親方様のお帰りまで、好き勝手はしないようにな。」

 妖怪達は頷きあい、また光葉を見守る。

 どうか早く目を覚ましますようにと願いの込められた貢ぎ物は、どんどんと数を増やしていくのであった。

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