上 下
8 / 23

はち

しおりを挟む
 光葉には取りあえずは部屋に帰り、呪について学ぶように伝えると、夜叉は部屋の中で大きくため息をついた。

 傍に控えていた烏天狗は、そんな夜叉の目の前へと膝をつくと言った。

「親方様。お嫁様がもし本当に呪を落とせるのであれば、親方様のその呪も落ちるのでは!?」

 夜叉はちらりと烏天狗を見ると、首を横に振った。

「烏天狗。お前も知っているだろう。この呪はただの呪ではない。」

「で、ですが。」

「もしこれに触れて、光葉に何かあっては、俺は自分が許せなくなる。」

 烏天狗はその言葉に眉間にしわを寄せると頷き、他の妖怪達に先ほどの騒ぎについて話を聞いてくると部屋を後にした。

 夜叉はしょぼんと気を落とした様子の烏天狗に、苦笑を浮かべながら重々しい外出用の服を脱ぎ捨てた。

 逞しく鍛え上げられた夜叉のその体には、まるで根が体中に這うような、そんな呪が体全体に広がっていた。

 特に大きな背に伸びる呪の中央は、まるで花の蕾のような形をしている。

「人間とは恐ろしいものだ。」

 そう夜叉は呟き、同じ人間でも光葉のようなものは中々いないと笑みを浮かべる。

 清らかな花のような光葉。

 今日の様子を見ても、妖怪らとまるで親しい友人か何かのように接し、笑みを交わしあう。

 そんな人間が、今までいただろうか。

 夜叉は部屋である薄手の着物に袖を通すと、一人で着替えを済ませた。

 そこへとひゅるりと冷たい風が吹いてきたかと思えば、部屋の中に氷の瞳を持った、透明色に輝く女が佇んでいる。

「雪女。どうした。」

 夜叉の言葉に雪女は顔を上げると、嬉しそうにけらけらと笑い声を上げて言った。

「怪しい動きが始まりましたぞ親方様。」

「怪しい動きだと?」

 雪女が空中に手をさし伸ばし、振袖を振ると、キラキラと雪が舞い、宝石のようにちりばめられる。

 それが形どった者は人の住まう国の地図。

「ふふふ。人が妖怪に対抗しようなどと、愚かな事ですねぇ。ですがね…親方様。どうやらそこに、親方様に呪を掛けた者がいるようなのです。」

 夜叉を前に雪女は雪を消すと頭を垂れた。

「ご命令を。」

「今はしばし待て。監視は続けろ。」

 その言葉に雪女は目を細める。

「御意。」

 雪と共に姿は消え、夜叉は面倒なことになってきたとため息をついた。

 その時であった。

 バタバタとした足音が聞こえてきたかと思うと、瞳をきらきらと輝かせた光葉が部屋へと駆けこんできたのである。

「夜叉様!」

 笑顔で自分の所へと駆けてくる光葉はまるでひらひらとした蝶々のようで、夜叉はそれを可愛らしいと思い思わず笑みをこぼしてしまう。

 だが、次の光葉の言葉を聞いた瞬間、光葉の後ろにいた烏天狗を睨みつける。

「私でお役に立てる事であれば、ぜひ!やらせてくださいませ!」

 可愛らしいその期待に満ちた表情に、夜叉は視線を戻すとその頭をポンと撫でた。

「では光葉。耳かきでもしてくれるか?」

「へ?」

 思ってもみなかったその言葉に、光葉はきょとんと眼を丸くしたのであった。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

京都式神様のおでん屋さん 弐

西門 檀
キャラ文芸
路地の奥にある『おでん料理 結(むすび)』ではイケメン二体(式神)と看板猫がお出迎えします。 今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。 平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。 ※一巻は第六回キャラクター文芸賞、 奨励賞を受賞し、2024年2月15日に刊行されました。皆様のおかげです、ありがとうございます✨😊

処理中です...