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 光葉は、いつものように着物を着替え、嫌みを言うために待ち構えている河童の皿に水を注ぎ、池に泳ぐ人面魚達に餌をやっていた。

 親方様は朝から仕事で隣山へと出掛けると言っていたので、早く帰ってこないかなと光葉は餌をやりながら小さくため息を漏らした。

 ここに来てから本当に幸せなことばかりであり、光葉はいつこの幸せが終わってしまうのかと不安に思っていた。

「お嫁様、どうしたのです?」

 そう声をかけてきたのは小さな龍であり、池の端で水浴びをしていたようであった。

 光葉はしゃがみ、龍を抱き上げると優しくその頭を撫でながら言った。

「人面魚に餌をあげていたの。貴方とは始めましてね。私は光葉というの。貴方は?」

「これは失礼しました。私は白竜と申します。」

「白竜。よろしくね。」

 そう白竜の頭を撫でながらも、光葉は少し首をかしげた。

 白竜という名なのにもかかわらず、小さな体は黒のまだらが広がっており、鱗は生気を失い、どこか薄汚れて見えた。

 病気なのだろうかと光葉は心配になり、優しくその体を撫でると、少しこすれば黒いまだらが薄れる事に気が付いた。

「ねぇ白龍。貴方の体のそのまだら取れそうなのだけれど、洗ってはダメかしら?」

「え?いや、これはこすって落ちるようなものではないのですが。」

「あら本当に?でも、落ちそうなのよ。ダメかしら?」

 その言葉に白龍は困ったように眉を寄せると言った。

「洗ってもいいですが、落ちませんからね?」

「ふふ。ありがとう。少し待っていて。付近とお湯を準備してくるわ!」

「はい。お嫁様、走らないで!転んだら大変ですよ!」

「大丈夫よぉ!」

 やる事を見つけた光葉は意気揚々としてお湯と綺麗な布を準備すると、白龍をたらいのお湯に入ってもらい、その体を洗い始めた。

「綺麗になぁれ。綺麗になぁれ。」

 光葉がにこにことその白龍の体を洗っていると、その楽しそうな歌声につられて童や河童が集まり始め、その様子を見守っていた。

「何してんだ?」

「何でも、お嫁様が白龍様を洗っているんだと。」

「はぁ?白龍様のあれは、呪だろう?」

「あぁ。あれは体に染みついたら聖なる泉で百年時間を駆けなければ落ちない呪だという。」

「落ちるわけがないじゃないか。」

「そうだよなぁ。」

 興味津々といった様子で、妖怪達はわらわらと集まり、光葉と白龍を中心にまるで百鬼夜行でも起こるのかというほどの妖怪が集まった。

 妖怪達は目をぎょろぎょろさせながら光葉の手元を見つめ、そして息を飲んだ。

 するり、するりと、まるで簡単な汚れが落ちるかのように呪が流れ落ちていくのである。その様子はただ事ではなく、妖怪の中にもそんな力を要するものなどいない。

 呪には様々な種類があるが、たとえば人から呪われたもの、たとえば妖怪同志で呪いの掛け合いをしたもの、たとえば己自身が怒りによって呪に染まり、不幸をばらまこうとするものなどさまざまである。

 白龍のかかっている呪が何かは分からないが、一朝一夕で落ちる事のないはずのものであるのは明らかだ。

「どういうことだ?」

「あれは、呪ではなかったのか?」

「呪が、落ちた?」

 ざわざわと声が揺らめき始めた時、光葉の声が響き渡った。

「やった!綺麗になったわ!」

 満足げな光葉は立ち上がると、綺麗な乾いた布で仕上げに白龍を磨いていく。

「きらきら光れ~綺麗に光れ~。」

 光葉は周りの妖怪の山には気づいていないのか、白龍の体を丁寧に歌いながら磨き上げていく。

 そして、仕上がった瞬間、その場にいた妖怪達はあまりにまばゆく白龍が輝くものだからその眩しさに思わず目を瞑った。

「何という事だ!身が、身が!軽い!軽いぞ!」

 白龍は空をくるりくるりと輝く体を回転させながら飛び、そして光葉の前へと頭を垂れると言った。

「お嫁様!お嫁様は何という力の持ち主か!私は貴方を侮っておりました。さすが、親方様のお嫁様でございます。白龍、これよりお嫁様の為ならば、命を張りましょう!」

 その勢いのある言葉に、光葉は思わず一歩引くと、苦笑を浮かべながら言った。

「まぁまぁ。白龍。大げさよ。私は汚れを洗い流しただけよ?」

「何と!謙遜されまするか!なんと高貴な!」

「え?えぇ?」

 光葉は困ったように首を傾げた時、周りにたくさんの妖怪が集まっている事に気が付き、光葉は目を丸くした。

「まぁまぁ!こんなにたくさん!ここで何かあるのかしら?」

 その間の抜けた声に、妖怪達は思わず何も言えなかった。






 

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