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いち
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白無垢の花嫁衣装に身を包むのは、村や町から集められた美しき娘達。
年のころは十六。
化粧を施しているからこそその顔色はうかがいしれぬが、ほとんどの者の瞳には悲観が宿っていた。
それもそうであろう。彼女達が何故城の一室にて集められているのかと問われれば、妖怪の花嫁に選ばれるためだと答える。
この近隣を収める妖怪の親方様は、それはそれは恐ろしき外見をした鬼である。
真っ赤な髪には二本の大きな角を生やし、その浅黒い肌に似合った禍々しい赤い瞳。誰が見ても恐れるであろうその鬼に自ら嫁ぎたいと言う者などいはしないだろう。
そもそも何故妖怪の親方様が人間の中から嫁を娶る事になったのかといえば天命である。
人の娘より嫁を娶れとの命を天より受けた親方様は、突然そのように申されてもと人間が恐れるであろうと十年の猶予を与えた。
そして妖怪の花嫁となる生贄姫として育てられたのがここに集まった娘達である。
その中でも一際美しい娘がいた。
名前を光葉と言い、城より三里ほど離れた村に住む娘であった。
光葉の両親は丁度十年前に山の雪崩によって亡くなり、光葉だけが生き残った。
村人達は丁度良かったと安堵した。これで自分の愛しい娘を差し出さなくて済むと、家族のいなくなった光葉を養う代わりに生贄姫とすることを決めたのである。
そんな光葉は、周りの美しい娘達を見回して、小さくため息を漏らした。
(こんなに美しい子ばかりでは、私が選ばれる可能性は低いのね・・・・。)
その瞳はまるでそれが悲しい事だと言わんばかりのものであり、実の所、他の生贄姫と光葉では心の持ちようが違った。
光葉には家族がいない。
生贄姫と決められてからは狭い一室に逃げないように閉じ込められ、礼儀正しく姫君のように育つようにと、口答えをすれば鞭で打たれ、飯を抜かれるようなそんな日々を繰り返していた。
ただ最近では男達は光葉が美しく育った事に、嫌らしい目つきで見つめることが多くなり、それに光葉は嫌悪を抱いた。
そしてそれを良しとしない女達からは嫌がらせを受けるようになり、陰湿な悪口や飯に虫を入れられたりということを繰り返されるようになった。
もしここで生贄姫として選ばれなければ自分は村でどんな扱いを受けるのか。
それを考えるだけでも恐ろしかった。
だからこそ、光葉は妖怪の親方様の元へと自分が嫁げたならばどんなに幸せだろうと思っていたのだ。
光葉は心からそう思っていた。
親方様の生贄姫は光葉にとっては希望の光のようなものであった。
そしてついに、親方様が城へと到着したとの知らせが入り、生贄姫たちは首を垂れて御簾の前で親方様が現れるのを待った。
どすどすという大きな足音が響き、床が悲鳴を上げるようにしてきしんでいた。
光葉は、心臓の音がどくりどくりと自身の中で脈打つのを感じていた。
低い、唸り声のようなものが聞こえ、そして親方様の声が響いた。
「頭を上げろ。嫁の頭を見に来たのではない。」
恐怖におののきながらも生贄姫達はその顔を上げる。
光葉は村の娘なので、それほど御簾の前に近くはなく残念な気持であった。前の方に行った方が生贄姫として選ばれる可能性が高いと思うが、前の方には両家の姫君達が並ばせられているのである。
次の瞬間、悲鳴が響き渡った。
「きゃぁぁぁ!」
「嫌。私は嫌よぉ。」
「生贄姫に何てなりたくない・・・。」
「家に帰りたい。」
「うぅぅ・・・・」
一体何事かと光葉は目を丸くした。それは親方様も同じだったようでありその光景に驚いたように大きな赤い瞳をぎょろりとさせている。
数名の娘は意識を失ったようであり、倒れているものもいる。
親方様は大きな声でため息を漏らすと言った。
「俺が人の世に十年の猶予を与えたのは、このようになることを避けるためだ。はぁ・・・倒れた娘達と悲鳴を上げている娘達を外へと出せ。其の者らは無理だろう。」
親方様が喋るとその口から大きな牙がちらりと見え隠れする。
その様子をじっと光葉は見つめながら、ほうっと息を吐いた。
だが次の瞬間光葉はびくりと肩を震わせた。
何故ならば、親方様の言葉を聞いた瞬間に娘達が悲鳴を上げ、気絶したふりをし、次々に外へと運ばれていったからである。
いつの間にか、その場に残っているのは光葉と親方様だけになっていた。
ぽつりとその場に残されている光葉に、親方様は歩み寄ると、しゃがみ、光葉と視線を合わせて困ったように言った。
「逃げ遅れたか。どんくさい娘だ。ほら、さっさと気絶するなり悲鳴を上げるなりしたらどうだ?」
優しげな声であった。
恐ろしい声色はしているものの、決して無理強いをするような声ではなくこちらを気遣う優しさが感じられた。
光葉はじっと親方様の瞳を見つめてにこりと美しく微笑んだ。
その微笑みに親方様は目を丸くする。
この親方様の瞳は、村の男達のような邪な物はなく視線も嫌ではない。
光葉は口を開いた。
「親方様。余り者で申し訳ございませんが、末永くよろしくお願いいたします。」
その言葉に、一層驚いたように親方様が目を丸くしたのがとても可愛らしく、光葉は笑みを深めた。
年のころは十六。
化粧を施しているからこそその顔色はうかがいしれぬが、ほとんどの者の瞳には悲観が宿っていた。
それもそうであろう。彼女達が何故城の一室にて集められているのかと問われれば、妖怪の花嫁に選ばれるためだと答える。
この近隣を収める妖怪の親方様は、それはそれは恐ろしき外見をした鬼である。
真っ赤な髪には二本の大きな角を生やし、その浅黒い肌に似合った禍々しい赤い瞳。誰が見ても恐れるであろうその鬼に自ら嫁ぎたいと言う者などいはしないだろう。
そもそも何故妖怪の親方様が人間の中から嫁を娶る事になったのかといえば天命である。
人の娘より嫁を娶れとの命を天より受けた親方様は、突然そのように申されてもと人間が恐れるであろうと十年の猶予を与えた。
そして妖怪の花嫁となる生贄姫として育てられたのがここに集まった娘達である。
その中でも一際美しい娘がいた。
名前を光葉と言い、城より三里ほど離れた村に住む娘であった。
光葉の両親は丁度十年前に山の雪崩によって亡くなり、光葉だけが生き残った。
村人達は丁度良かったと安堵した。これで自分の愛しい娘を差し出さなくて済むと、家族のいなくなった光葉を養う代わりに生贄姫とすることを決めたのである。
そんな光葉は、周りの美しい娘達を見回して、小さくため息を漏らした。
(こんなに美しい子ばかりでは、私が選ばれる可能性は低いのね・・・・。)
その瞳はまるでそれが悲しい事だと言わんばかりのものであり、実の所、他の生贄姫と光葉では心の持ちようが違った。
光葉には家族がいない。
生贄姫と決められてからは狭い一室に逃げないように閉じ込められ、礼儀正しく姫君のように育つようにと、口答えをすれば鞭で打たれ、飯を抜かれるようなそんな日々を繰り返していた。
ただ最近では男達は光葉が美しく育った事に、嫌らしい目つきで見つめることが多くなり、それに光葉は嫌悪を抱いた。
そしてそれを良しとしない女達からは嫌がらせを受けるようになり、陰湿な悪口や飯に虫を入れられたりということを繰り返されるようになった。
もしここで生贄姫として選ばれなければ自分は村でどんな扱いを受けるのか。
それを考えるだけでも恐ろしかった。
だからこそ、光葉は妖怪の親方様の元へと自分が嫁げたならばどんなに幸せだろうと思っていたのだ。
光葉は心からそう思っていた。
親方様の生贄姫は光葉にとっては希望の光のようなものであった。
そしてついに、親方様が城へと到着したとの知らせが入り、生贄姫たちは首を垂れて御簾の前で親方様が現れるのを待った。
どすどすという大きな足音が響き、床が悲鳴を上げるようにしてきしんでいた。
光葉は、心臓の音がどくりどくりと自身の中で脈打つのを感じていた。
低い、唸り声のようなものが聞こえ、そして親方様の声が響いた。
「頭を上げろ。嫁の頭を見に来たのではない。」
恐怖におののきながらも生贄姫達はその顔を上げる。
光葉は村の娘なので、それほど御簾の前に近くはなく残念な気持であった。前の方に行った方が生贄姫として選ばれる可能性が高いと思うが、前の方には両家の姫君達が並ばせられているのである。
次の瞬間、悲鳴が響き渡った。
「きゃぁぁぁ!」
「嫌。私は嫌よぉ。」
「生贄姫に何てなりたくない・・・。」
「家に帰りたい。」
「うぅぅ・・・・」
一体何事かと光葉は目を丸くした。それは親方様も同じだったようでありその光景に驚いたように大きな赤い瞳をぎょろりとさせている。
数名の娘は意識を失ったようであり、倒れているものもいる。
親方様は大きな声でため息を漏らすと言った。
「俺が人の世に十年の猶予を与えたのは、このようになることを避けるためだ。はぁ・・・倒れた娘達と悲鳴を上げている娘達を外へと出せ。其の者らは無理だろう。」
親方様が喋るとその口から大きな牙がちらりと見え隠れする。
その様子をじっと光葉は見つめながら、ほうっと息を吐いた。
だが次の瞬間光葉はびくりと肩を震わせた。
何故ならば、親方様の言葉を聞いた瞬間に娘達が悲鳴を上げ、気絶したふりをし、次々に外へと運ばれていったからである。
いつの間にか、その場に残っているのは光葉と親方様だけになっていた。
ぽつりとその場に残されている光葉に、親方様は歩み寄ると、しゃがみ、光葉と視線を合わせて困ったように言った。
「逃げ遅れたか。どんくさい娘だ。ほら、さっさと気絶するなり悲鳴を上げるなりしたらどうだ?」
優しげな声であった。
恐ろしい声色はしているものの、決して無理強いをするような声ではなくこちらを気遣う優しさが感じられた。
光葉はじっと親方様の瞳を見つめてにこりと美しく微笑んだ。
その微笑みに親方様は目を丸くする。
この親方様の瞳は、村の男達のような邪な物はなく視線も嫌ではない。
光葉は口を開いた。
「親方様。余り者で申し訳ございませんが、末永くよろしくお願いいたします。」
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