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五話 私にヒーローはいない

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 王宮の庭は、色とりどりの花が美しく咲きほこるが、中でも王家の有する黄金色の薔薇はこの世の物とも思えぬほどに輝き、美しく咲きほこる。

 そんな薔薇の咲きほこる庭にて、ルナとアーロは向かい合って紅茶を飲んでいた。

 目の前には様々な種類の菓子が並べられ、紅茶は一級品であり煎れた瞬間に香りが広がる。

 素晴らしいお茶会の席ではあるが、ルナは緊張のあまり味がしなかった。

「普通にしゃべってかまわん。サイラスは、いつもああか?」

 今まで無言だったアーロからの突然の質問に、ルナはこれは婚約破棄に協力してもらえるチャンスなのではないかと気づいた。

 けれど調整が難しい。

 あくまでも王家に非がないように、言い回しを気を付けなければならない。

「ありがとうございます。サイラス様は……自由な方ですので。ですが、御心を引き留められない私が悪いのです」

 そう言った途端、アーロの眉間に深くシワがより、ルナは気分を害したかと慌てながら言葉を並べ立てていく。

「私はこう、体に凹凸がある方ではありませんし、サイラス様の好きな青い瞳でも銀色の美しい髪でもありませんし、サイラス様は綺麗な方が好きですから! ですから、私がいけないのです!」

 アーロは怒らせたら怖い相手である。それは乙女ゲームの中でも描かれていた。だからこそ怒らせてはいけないと思って言葉を並べたが、どんどんとアーロの機嫌は悪くなっていく。

「……サイラスがそう言ったのか?」

「え? いえ、あの、分かります。サイラス様は……好みのはっきりとされている方ですから」

 言っていて辛くなってきたルナである。

 そんな相手が婚約者だなんて、何て現実は残酷なのであろうか。

 アーロは大きくため息をついた時であった。庭の反対側を人影が通り、ルナは視線を向けた。

「あ」

「ん?」

 ルナの視線の先へとアーロも視線を向ける。

 そこには銀色のフードを深々と被った人がおり、ルナは立ち上がるとその場で頭を下げる。

「叔父上!」

 その途端にアーロの表情は今まで見た事が無いほどに輝く。

 ルナはその光景をちらりと横目で見て驚いていた。

 クールなキャラのはずが今では叔父に向かって今にも駆け寄っていきそうな、尻尾をブンブンと振る犬のようである。

「アーロ。それに……サイラスの婚約者殿かな?」

 アーロの叔父であり、現国王の年の離れた異母弟であるイーサン・オール・ライネジルは今年で25歳となる。

 今にも駆け寄ってきそうなアーロのその姿に自らイーサンは歩み寄って来た。

 銀色のフードをかぶる理由としては、イーサンの髪色と瞳が王族のそれとは違うからである。

 イーサンの母は異国の姫君であった。金色の瞳と髪の美女であったから、生まれる子どもも王族の色が間違いなく出るだろうと皆が思っていた。

 しかし、産まれたのは黒目黒髪のイーサンであった。

 王族なのにもかかわずその容姿に、皆が不吉だと言い、そしてイーサンは生まれながらにして孤独な王子となったのである。

 現在も黒目黒髪を隠すようにフードを深くかぶり、王宮外へはめったに出ることはない。

「はい。ルナ・ムーンと申します」

 美しく一礼をしたルナは顔を上げる。

 イーサンと目が合い、思わず顔がにやけてしまう。

 やはり、さすがは乙女ゲームのヒーロー達である。

 アーロもイーサンも見目が麗しくて目の保養になる。何故自分はサイラスの婚約者なのかとため息がつきたくなるほどである。

「……サイラスは?」

 その言葉に、ルナとアーロはぴしりと動きを止める。

 その様子にイーサンは首を傾げた。

「?……どうしたんだい?」

 ルナは静かに微笑むと言った。

「体調が悪いそうです。今は部屋でおやすみになられていて、第一王子殿下が私を不憫に思い付き合って下さったのです」

 その言葉にアーロは何かを言おうと口を開くが、そのまま閉じる。

 二人の様子をイーサンが訝しんだ時であった。突風が吹き、イーサンのフードが落ちる。

「っひ」

 後ろへと控えていた若い侍女が慌てて口を覆い、頭を下げた。

 イーサンはその様子にため息をついてフードをかぶり直そうとしたが、ルナの一言に手を止めた。

「ふふ。今日の風はいたずらっ子ですね」




 



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