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七話 笑え

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 花を売る。

 大丈夫。笑え。笑え。

「お花はいりませんか?」

 哀れに見えるように、笑え。

 そんな時、目の前に豪華な馬車が止まった。

 馬車の中からアランが下りてくると、にっこりと笑顔で言った。

「おじさんがお礼をしたいって。馬車に乗ってくれる?」

 私は笑顔で言った。

「お金を頂戴。」

「え?」

 アランの顔が歪むのが見えた。

「お金をたくさん頂戴。私、赤ちゃん助けたらお金をもらえると思ったの。だから、お金をたくさん頂戴。」

 見る見る間に、アランの顔が嫌悪感に歪められていく。

「お金?・・・昨日はそんな事言わなかったじゃないか。」

「あら、当然くれると思ったのよ。ねぇ、早くお金を頂戴。それ以外はいらいない。」

「おじさん達に連れてくるように言われているんだ。」

「行かないわ。お金が欲しいんだもの。行って何になるのよ。」

「・・・・そう。じゃあ、これ。あげる。」

 アランは冷たい瞳で執事に目配せすると、私にお金の入った袋を投げて渡してきた。恐らくこれは、アランの外出用に用意されていたもので、私に渡す予定の物ではなかっただろう。

 けれど、袋の中には相当な額が入っていた。

 私達にとっては、相当な額。アランにとっては、きっと他愛のない額。

 私はにこりと笑顔をアランに向けると、籠全ての花をアランに手渡した。

「ありがとう。じゃあもう行って。」

 アランは眉間にしわを寄せると、馬車に乗って行ってしまった。

 遠ざかっていく馬車を見つめていると、空からぽつりぽつりと雨が降ってくる。次第にそれはどしゃぶりへと変わり、そんな中、傘をさしたおばさんが、私からお金の入った袋を奪うとずぶ濡れの私を見て、にやりと笑った。

「雨がとっても似合うわねぇ。」

 おばさんは雨の中どこかへと歩いて行った。

 私は一輪花が地面に落ちて濡れているのに気づき、拾い上げようとしゃがみ込んだ。

 雨に混ざって、ぽたりぽたりと涙が溢れた。

 雨の音で誰にも私の声は聞こえない。私は自分自身に向かって口を開いた。

「大丈夫だよ。ニコ。ほら、笑って。お金はまた、貯めればいいよ。大丈夫。笑って、笑え。笑え。」

 自分の手で頬を引っ張り、顔に笑顔を張り付ける。

 これでアラン達に迷惑がかかる事はないはずだ。おばさんもあれだけお金が手に入ればしばらくは機嫌がいいはずである。

 大丈夫。

 昨日手酷く受けた折檻の傷が、ずきずきと痛む。

 体の至る所が、悲鳴を上げている。

 そんな時、ずぶ濡れだったはずの私の頭上に、傘が差し向けられた。

 顔を上げて見上げると、そこには黒目黒髪の、珍しい色を持った少年が立っていた。

「濡れてる。」

 少年の声に、私は張り付けた笑顔で答えた。

「知ってる。」

「その花。」

「え?」

 泥のついた、私の手に握られた花を少年は指差すと言った。

「一輪ちょうだい。」

 泥にまみれた、今にも萎れてしまいそうな花である。売り物にはならない。

「でも、汚いし・・・」

「綺麗だよ。」

「え?」

「君みたい。雨の中でも、凛としていて、綺麗だよ。」

 黒曜石のように綺麗な瞳で、真っ直ぐにそう言われて私は偽物の笑顔から、本物の笑顔につい変わってしまう。

「ふふふ。褒められてる?」

 心の中が温かくなった。出会ったばかりの少年の、きざな言葉に心が晴れる。

 雨も弱まり、空に光がかかった。

 それに少年は目を丸くすると、優しげな瞳で私をじっと見つめて言った。

「この街は、天気がよく変わる。」

「そうだね。」

 私の心も、他愛ない事ですぐに変わる。先ほどまでは辛くて仕方なかったのに、今では少し軽い。

 少年は一輪の花と引き換えにお金を払うと、言った。

「僕の名前はリセロ。君は?」

「ニコ。」

 リセロは傘をたたむと言った。

「ニコ。またね。」

「ええ。リセロ。またね。」

 道を駆けていくリセロの背を見送ったニコは、大きく背伸びをすると空になった籠にまた花を摘むために森へと向かって歩き出した。


 

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