7 / 17
七話 笑え
しおりを挟む
花を売る。
大丈夫。笑え。笑え。
「お花はいりませんか?」
哀れに見えるように、笑え。
そんな時、目の前に豪華な馬車が止まった。
馬車の中からアランが下りてくると、にっこりと笑顔で言った。
「おじさんがお礼をしたいって。馬車に乗ってくれる?」
私は笑顔で言った。
「お金を頂戴。」
「え?」
アランの顔が歪むのが見えた。
「お金をたくさん頂戴。私、赤ちゃん助けたらお金をもらえると思ったの。だから、お金をたくさん頂戴。」
見る見る間に、アランの顔が嫌悪感に歪められていく。
「お金?・・・昨日はそんな事言わなかったじゃないか。」
「あら、当然くれると思ったのよ。ねぇ、早くお金を頂戴。それ以外はいらいない。」
「おじさん達に連れてくるように言われているんだ。」
「行かないわ。お金が欲しいんだもの。行って何になるのよ。」
「・・・・そう。じゃあ、これ。あげる。」
アランは冷たい瞳で執事に目配せすると、私にお金の入った袋を投げて渡してきた。恐らくこれは、アランの外出用に用意されていたもので、私に渡す予定の物ではなかっただろう。
けれど、袋の中には相当な額が入っていた。
私達にとっては、相当な額。アランにとっては、きっと他愛のない額。
私はにこりと笑顔をアランに向けると、籠全ての花をアランに手渡した。
「ありがとう。じゃあもう行って。」
アランは眉間にしわを寄せると、馬車に乗って行ってしまった。
遠ざかっていく馬車を見つめていると、空からぽつりぽつりと雨が降ってくる。次第にそれはどしゃぶりへと変わり、そんな中、傘をさしたおばさんが、私からお金の入った袋を奪うとずぶ濡れの私を見て、にやりと笑った。
「雨がとっても似合うわねぇ。」
おばさんは雨の中どこかへと歩いて行った。
私は一輪花が地面に落ちて濡れているのに気づき、拾い上げようとしゃがみ込んだ。
雨に混ざって、ぽたりぽたりと涙が溢れた。
雨の音で誰にも私の声は聞こえない。私は自分自身に向かって口を開いた。
「大丈夫だよ。ニコ。ほら、笑って。お金はまた、貯めればいいよ。大丈夫。笑って、笑え。笑え。」
自分の手で頬を引っ張り、顔に笑顔を張り付ける。
これでアラン達に迷惑がかかる事はないはずだ。おばさんもあれだけお金が手に入ればしばらくは機嫌がいいはずである。
大丈夫。
昨日手酷く受けた折檻の傷が、ずきずきと痛む。
体の至る所が、悲鳴を上げている。
そんな時、ずぶ濡れだったはずの私の頭上に、傘が差し向けられた。
顔を上げて見上げると、そこには黒目黒髪の、珍しい色を持った少年が立っていた。
「濡れてる。」
少年の声に、私は張り付けた笑顔で答えた。
「知ってる。」
「その花。」
「え?」
泥のついた、私の手に握られた花を少年は指差すと言った。
「一輪ちょうだい。」
泥にまみれた、今にも萎れてしまいそうな花である。売り物にはならない。
「でも、汚いし・・・」
「綺麗だよ。」
「え?」
「君みたい。雨の中でも、凛としていて、綺麗だよ。」
黒曜石のように綺麗な瞳で、真っ直ぐにそう言われて私は偽物の笑顔から、本物の笑顔につい変わってしまう。
「ふふふ。褒められてる?」
心の中が温かくなった。出会ったばかりの少年の、きざな言葉に心が晴れる。
雨も弱まり、空に光がかかった。
それに少年は目を丸くすると、優しげな瞳で私をじっと見つめて言った。
「この街は、天気がよく変わる。」
「そうだね。」
私の心も、他愛ない事ですぐに変わる。先ほどまでは辛くて仕方なかったのに、今では少し軽い。
少年は一輪の花と引き換えにお金を払うと、言った。
「僕の名前はリセロ。君は?」
「ニコ。」
リセロは傘をたたむと言った。
「ニコ。またね。」
「ええ。リセロ。またね。」
道を駆けていくリセロの背を見送ったニコは、大きく背伸びをすると空になった籠にまた花を摘むために森へと向かって歩き出した。
大丈夫。笑え。笑え。
「お花はいりませんか?」
哀れに見えるように、笑え。
そんな時、目の前に豪華な馬車が止まった。
馬車の中からアランが下りてくると、にっこりと笑顔で言った。
「おじさんがお礼をしたいって。馬車に乗ってくれる?」
私は笑顔で言った。
「お金を頂戴。」
「え?」
アランの顔が歪むのが見えた。
「お金をたくさん頂戴。私、赤ちゃん助けたらお金をもらえると思ったの。だから、お金をたくさん頂戴。」
見る見る間に、アランの顔が嫌悪感に歪められていく。
「お金?・・・昨日はそんな事言わなかったじゃないか。」
「あら、当然くれると思ったのよ。ねぇ、早くお金を頂戴。それ以外はいらいない。」
「おじさん達に連れてくるように言われているんだ。」
「行かないわ。お金が欲しいんだもの。行って何になるのよ。」
「・・・・そう。じゃあ、これ。あげる。」
アランは冷たい瞳で執事に目配せすると、私にお金の入った袋を投げて渡してきた。恐らくこれは、アランの外出用に用意されていたもので、私に渡す予定の物ではなかっただろう。
けれど、袋の中には相当な額が入っていた。
私達にとっては、相当な額。アランにとっては、きっと他愛のない額。
私はにこりと笑顔をアランに向けると、籠全ての花をアランに手渡した。
「ありがとう。じゃあもう行って。」
アランは眉間にしわを寄せると、馬車に乗って行ってしまった。
遠ざかっていく馬車を見つめていると、空からぽつりぽつりと雨が降ってくる。次第にそれはどしゃぶりへと変わり、そんな中、傘をさしたおばさんが、私からお金の入った袋を奪うとずぶ濡れの私を見て、にやりと笑った。
「雨がとっても似合うわねぇ。」
おばさんは雨の中どこかへと歩いて行った。
私は一輪花が地面に落ちて濡れているのに気づき、拾い上げようとしゃがみ込んだ。
雨に混ざって、ぽたりぽたりと涙が溢れた。
雨の音で誰にも私の声は聞こえない。私は自分自身に向かって口を開いた。
「大丈夫だよ。ニコ。ほら、笑って。お金はまた、貯めればいいよ。大丈夫。笑って、笑え。笑え。」
自分の手で頬を引っ張り、顔に笑顔を張り付ける。
これでアラン達に迷惑がかかる事はないはずだ。おばさんもあれだけお金が手に入ればしばらくは機嫌がいいはずである。
大丈夫。
昨日手酷く受けた折檻の傷が、ずきずきと痛む。
体の至る所が、悲鳴を上げている。
そんな時、ずぶ濡れだったはずの私の頭上に、傘が差し向けられた。
顔を上げて見上げると、そこには黒目黒髪の、珍しい色を持った少年が立っていた。
「濡れてる。」
少年の声に、私は張り付けた笑顔で答えた。
「知ってる。」
「その花。」
「え?」
泥のついた、私の手に握られた花を少年は指差すと言った。
「一輪ちょうだい。」
泥にまみれた、今にも萎れてしまいそうな花である。売り物にはならない。
「でも、汚いし・・・」
「綺麗だよ。」
「え?」
「君みたい。雨の中でも、凛としていて、綺麗だよ。」
黒曜石のように綺麗な瞳で、真っ直ぐにそう言われて私は偽物の笑顔から、本物の笑顔につい変わってしまう。
「ふふふ。褒められてる?」
心の中が温かくなった。出会ったばかりの少年の、きざな言葉に心が晴れる。
雨も弱まり、空に光がかかった。
それに少年は目を丸くすると、優しげな瞳で私をじっと見つめて言った。
「この街は、天気がよく変わる。」
「そうだね。」
私の心も、他愛ない事ですぐに変わる。先ほどまでは辛くて仕方なかったのに、今では少し軽い。
少年は一輪の花と引き換えにお金を払うと、言った。
「僕の名前はリセロ。君は?」
「ニコ。」
リセロは傘をたたむと言った。
「ニコ。またね。」
「ええ。リセロ。またね。」
道を駆けていくリセロの背を見送ったニコは、大きく背伸びをすると空になった籠にまた花を摘むために森へと向かって歩き出した。
0
お気に入りに追加
1,216
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません
黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。
でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。
知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。
学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。
いったい、何を考えているの?!
仕方ない。現実を見せてあげましょう。
と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。
「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」
突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。
普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。
※わりと見切り発車です。すみません。
※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)
ワガママ令嬢に転生かと思ったら王妃選定が始まり私は咬ませ犬だった
天冨七緒
恋愛
交通事故にあって目覚めると見知らぬ人間ばかり。
私が誰でここがどこなのか、部屋に山積みされていた新聞で情報を得れば、私は数日後に始まる王子妃選定に立候補している一人だと知る。
辞退を考えるも次期王妃となるこの選定は、必ず行われなければならず人数が揃わない限り辞退は許されない。
そして候補の一人は王子の恋人。
新聞の見出しも『誰もが認める王子の恋人とワガママで有名な女が王妃の座を巡る』とある。
私は結局辞退出来ないまま、王宮へ移り王妃選定に参加する…そう、参加するだけ…
心変わりなんてしない。
王子とその恋人の幸せを祈りながら私は王宮を去ると決めている…
読んでくださりありがとうございます。
感想を頂き続編…らしき話を執筆してみました。本編とは違い、ミステリー…重たい話になっております。
完結まで書き上げており、見直ししてから公開予定です。一日4・5話投稿します。夕方の時間は未定です。
よろしくお願いいたします。
それと、もしよろしければ感想や意見を頂ければと思っております。
書きたいものを全部書いてしまった為に同じ話を繰り返しているや、ダラダラと長いと感じる部分、後半は謎解きのようにしたのですが、ヒントをどれだけ書くべきか書きすぎ等も意見を頂ければと思います。
宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる