9 / 44
九話 私の居場所
しおりを挟む
庭を一周して部屋へと帰ろうとしたミラの耳に、サマンサの笑い声が聞こえ、ミラは思わず足を止めた。
どうやら庭でお茶をしているらしく、視線を向けるとその先にサマンサとロンの姿が見えた。
「お嬢様、こちらから参りましょう。」
すかさずリサがミラの進行方向を変えようとしたのだが、ミラはサマンサと視線が合い、小さくため息をついた。
-いい機会かもしれないわ。どうせなら妹とこのまま別れたくないもの。それに、婚約者であったロンとも、ちゃんと別れはしておきたいし。
「お姉様・・・・。」
サマンサは立ち上がり、動揺するように視線を泳がせた。そんなサマンサを庇うようにしてロンは立つと、ミラに向かって言った。
「部屋から出てこないと聞いていたが?」
ミラは歩み寄ると、美しく礼をし、ロンに言った。
「ごきげんよう。シェザー様。本日お越しになっていたとは知らず、挨拶が遅くなり申し訳ありません。」
「君とはもう会うつもりはなかったよ。」
冷たい視線と声に、もう幼い頃に自分と遊び、笑い、そして日々を積み重ねていたロンはいないのだなと、悲しく思った。
けれども、瞼を閉じれば、出会った頃のロンの笑顔を思い出す。
薔薇の花束を初めてもらった時には顔を真っ赤にしていたなと、懐かしささえ感じる。
机には、ロンからもらったであろう薔薇の花束が飾られており、ミラは苦笑を浮かべた。
「ご気分を害したのならば申し訳ありません。でも、私も、もうすぐアンシェスター家へ発ちますし、ここでお会いできて良かったです。」
「何だと?・・・何か、文句でもあるのか?」
ミラはロンのこちらを警戒する様子に、少し悲しく思いながら言った。
「・・文句などありませんよ。ただ、シェザー様はサマンサが好きだと、教えてくれたらよかったのに。とは少し思いました。」
「なっ・・・」
「お姉様?」
動揺する二人に、ミラは笑顔を向けた。
「幸せになって下さいね。シェザー様、サマンサをお願いします。サマンサ、元気でね。」
ミラはそう言ってその場を去ろうとしたのだが、その腕をロンが掴み、怒鳴るような口調で言った。
「お前のそういう所が、昔から気に入らなかった。」
「いっ・・・」
ぎりぎりと手を強く握られ、ミラは驚く。
ロンは奥歯を噛み、ぎりりっと鳴らすと言った。
「お前は昔からそうだ。昔からお前と比べられ続けて、私がどれだけ苦しい思いをしたか!」
-苦しんでいたの?
いつも笑顔で、爽やかな印象であったロンの言葉に、ミラは自分はロンの何も見ていなかったのだとその時初めて知った。
ロンはにやりと笑うと、ミラを引き寄せて耳元でささやいた。
「戦場の悪魔がお前にはふさわしい。せいぜい、南の地で、一人、孤独に過ごすのだな。あぁ、もしかしたら毎晩、戦場の悪魔に苦しめられるかもしれないが、お前の自業自得だ。お前は冷たい女なのだから。」
あまりにも冷ややかな声に、ミラは怖くなった。
本当に、目の前にいる人はロンなのだろうかと恐ろしくなる。
だが、サマンサの横に戻ったロンはいつもの爽やかな笑みを浮かべて言った。
「私は幸せになるよ。愛する、サマンサと共にね。」
優しくサマンサを引き寄せ、ロンはその頬にキスをする。
先程までミラを見て動揺していたサマンサは、顔を真っ赤に染めた。
「ろ、ロン様!お姉様の前で恥ずかしいです。」
「いいじゃないか。愛しいサマンサ。」
「も、もう!でも・・お姉様、お姉様に幸せになってって言ってもらえてとても嬉しいです。私、お姉様の分も幸せになりますね。」
その言葉に、ミラは思わず目を見開いた。
サマンサは何の悪気もなく、天使のような笑顔で言った。
「だってお姉様が私の代わりになって下さるから、私はここで幸せになれるのですもの!これで不幸になったら神様から罰があたっちゃいます。」
-それは、私が幸せにはなれないという事?
ミラは、自分は愚かだなと、心の中で静かに思った。嫌いになれれば簡単なのに、そうも出来ず、偽善的な自分の心がひどく醜く思えて、苦しくなる。
「お手紙書くわね。それに、お姉様が心配だから、会いにいくわ!そしたら、お姉様も幸せでしょう?」
ミラは静かな声で、答えた。
「いいえ。来ないで。・・・だって、貴方は公爵家の大切な跡取りだもの。ね?」
「あ、そうですね。私も頑張って、立派な公爵家の跡取りとして頑張ります!」
「・・・では、失礼するわ。」
ミラは、足早にその場から立ち去る。
やめておけばよかったのだ。会わなければよかった。
胸の中に渦巻き始めたどす黒い感情にミラは流されそうになり、それを必死に堪えながら、自室に戻る。
そして、侍女達を外に出して、一人、机に置かれていた、アンシェスター家から届いた手紙を抱きしめた。
「・・・私は、会った事もない人からの手紙に・・・縋る事しかできないのね。」
ずっと一緒にいたはずの家族の誰一人にも縋ることは出来ないのに、会った事もない、見た事もない人からの手紙に縋るしかない自分に、ミラは、涙がでた。
「う・・・ぅぅ・・・・」
泣いてばかりいる自分が、弱く思えて、ミラはせめて声だけはと、嗚咽を押し殺して、涙を流した。
どうやら庭でお茶をしているらしく、視線を向けるとその先にサマンサとロンの姿が見えた。
「お嬢様、こちらから参りましょう。」
すかさずリサがミラの進行方向を変えようとしたのだが、ミラはサマンサと視線が合い、小さくため息をついた。
-いい機会かもしれないわ。どうせなら妹とこのまま別れたくないもの。それに、婚約者であったロンとも、ちゃんと別れはしておきたいし。
「お姉様・・・・。」
サマンサは立ち上がり、動揺するように視線を泳がせた。そんなサマンサを庇うようにしてロンは立つと、ミラに向かって言った。
「部屋から出てこないと聞いていたが?」
ミラは歩み寄ると、美しく礼をし、ロンに言った。
「ごきげんよう。シェザー様。本日お越しになっていたとは知らず、挨拶が遅くなり申し訳ありません。」
「君とはもう会うつもりはなかったよ。」
冷たい視線と声に、もう幼い頃に自分と遊び、笑い、そして日々を積み重ねていたロンはいないのだなと、悲しく思った。
けれども、瞼を閉じれば、出会った頃のロンの笑顔を思い出す。
薔薇の花束を初めてもらった時には顔を真っ赤にしていたなと、懐かしささえ感じる。
机には、ロンからもらったであろう薔薇の花束が飾られており、ミラは苦笑を浮かべた。
「ご気分を害したのならば申し訳ありません。でも、私も、もうすぐアンシェスター家へ発ちますし、ここでお会いできて良かったです。」
「何だと?・・・何か、文句でもあるのか?」
ミラはロンのこちらを警戒する様子に、少し悲しく思いながら言った。
「・・文句などありませんよ。ただ、シェザー様はサマンサが好きだと、教えてくれたらよかったのに。とは少し思いました。」
「なっ・・・」
「お姉様?」
動揺する二人に、ミラは笑顔を向けた。
「幸せになって下さいね。シェザー様、サマンサをお願いします。サマンサ、元気でね。」
ミラはそう言ってその場を去ろうとしたのだが、その腕をロンが掴み、怒鳴るような口調で言った。
「お前のそういう所が、昔から気に入らなかった。」
「いっ・・・」
ぎりぎりと手を強く握られ、ミラは驚く。
ロンは奥歯を噛み、ぎりりっと鳴らすと言った。
「お前は昔からそうだ。昔からお前と比べられ続けて、私がどれだけ苦しい思いをしたか!」
-苦しんでいたの?
いつも笑顔で、爽やかな印象であったロンの言葉に、ミラは自分はロンの何も見ていなかったのだとその時初めて知った。
ロンはにやりと笑うと、ミラを引き寄せて耳元でささやいた。
「戦場の悪魔がお前にはふさわしい。せいぜい、南の地で、一人、孤独に過ごすのだな。あぁ、もしかしたら毎晩、戦場の悪魔に苦しめられるかもしれないが、お前の自業自得だ。お前は冷たい女なのだから。」
あまりにも冷ややかな声に、ミラは怖くなった。
本当に、目の前にいる人はロンなのだろうかと恐ろしくなる。
だが、サマンサの横に戻ったロンはいつもの爽やかな笑みを浮かべて言った。
「私は幸せになるよ。愛する、サマンサと共にね。」
優しくサマンサを引き寄せ、ロンはその頬にキスをする。
先程までミラを見て動揺していたサマンサは、顔を真っ赤に染めた。
「ろ、ロン様!お姉様の前で恥ずかしいです。」
「いいじゃないか。愛しいサマンサ。」
「も、もう!でも・・お姉様、お姉様に幸せになってって言ってもらえてとても嬉しいです。私、お姉様の分も幸せになりますね。」
その言葉に、ミラは思わず目を見開いた。
サマンサは何の悪気もなく、天使のような笑顔で言った。
「だってお姉様が私の代わりになって下さるから、私はここで幸せになれるのですもの!これで不幸になったら神様から罰があたっちゃいます。」
-それは、私が幸せにはなれないという事?
ミラは、自分は愚かだなと、心の中で静かに思った。嫌いになれれば簡単なのに、そうも出来ず、偽善的な自分の心がひどく醜く思えて、苦しくなる。
「お手紙書くわね。それに、お姉様が心配だから、会いにいくわ!そしたら、お姉様も幸せでしょう?」
ミラは静かな声で、答えた。
「いいえ。来ないで。・・・だって、貴方は公爵家の大切な跡取りだもの。ね?」
「あ、そうですね。私も頑張って、立派な公爵家の跡取りとして頑張ります!」
「・・・では、失礼するわ。」
ミラは、足早にその場から立ち去る。
やめておけばよかったのだ。会わなければよかった。
胸の中に渦巻き始めたどす黒い感情にミラは流されそうになり、それを必死に堪えながら、自室に戻る。
そして、侍女達を外に出して、一人、机に置かれていた、アンシェスター家から届いた手紙を抱きしめた。
「・・・私は、会った事もない人からの手紙に・・・縋る事しかできないのね。」
ずっと一緒にいたはずの家族の誰一人にも縋ることは出来ないのに、会った事もない、見た事もない人からの手紙に縋るしかない自分に、ミラは、涙がでた。
「う・・・ぅぅ・・・・」
泣いてばかりいる自分が、弱く思えて、ミラはせめて声だけはと、嗚咽を押し殺して、涙を流した。
13
お気に入りに追加
6,243
あなたにおすすめの小説
公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜
月
ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。
けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。
ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。
大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。
子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。
素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。
それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。
夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。
ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。
自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。
フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。
夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。
新たに出会う、友人たち。
再会した、大切な人。
そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。
フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。
★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。
※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。
※一話あたり二千文字前後となります。
婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~
ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。
そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。
自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。
マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――
※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。
※第二章まで完結してます。現在、最終章について考え中です(第二章が考えていた話から離れてしまいました(^_^;))
書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m
※小説家になろう様にも投稿しています。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。
屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。)
私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。
婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。
レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。
一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。
話が弾み、つい地がでそうになるが…。
そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。
朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。
そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。
レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。
第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
window
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる