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八話 婚約者からの手紙
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ミラに、一通の手紙が届けられた。
それは戦場の悪魔と呼ばれる人からの挨拶の手紙であり、中身は変哲のない文面。
けれどそれは明らかに直筆であり、丁寧に書かれていた。
ミラへ届けられる手紙は全てが両親に管理されており、そのほとんどは燃やされ、ミラの手には届かない。けれどさすがにこれから結婚する相手の手紙は両親も燃やすことはできないようだった。
手紙の文面は、挨拶と、迎えに出向けない事への謝罪、そしてこちらを気遣うような言葉でありミラは想像していたよりも、アンシェスター辺境伯がこちらを気遣ってくれている事を感じた。
-婚約破棄された娘だと耳に届いているはずなのに、優しい方なのかもしれないわ。
ミラはそう思うと、少しだけ心が軽くなった。
アンシェスター家へと向かう準備はほぼなされ、後は出立の日を待つだけである。
「少し、庭を散歩しようかしら。」
そう口にすると、幼い頃からミラについている侍女リサは嬉しそうに微笑み頷いた。
「分かりました。すぐにご準備しますね。」
侍女達はアンシェスター家からの手紙を読んだミラが少し元気を取り戻したことに安堵していた。小さな頃からミラを見てきた侍女達からしてみれば、ミラへのこの家の不当な扱いはあからさまであり、優しいミラが傷つくたびに侍女達も心を痛めていた。
けれど、主に意見できるはずもなく、見守る事しかできない。
自分達にできる事と言えば、ミラがこの家を出て幸せになれるように、それまでの間精一杯尽くすことだけなのである。
公爵家の庭はそれはそれは美しく、季節ごとに咲く花々は庭師によって管理されていた。
庭へと出たミラは、美しく咲く花に手を伸ばし、花に触れると小さく呟いた。
「もう、ここを散歩することもないのね。」
ー幼い頃は何度この庭に逃げ込んだだろう。勉強の多さに辛くて、泣いたこともあったな。
思い出してみれば、辛い事や苦しい事が会った時に励ましてくれたのは、この庭の花々だった。花は自分を傷つけず、ただ、風に揺れて癒してくれた。
「リサ。庭師の皆にささやかだけれど、贈り物を準備しているの。私が出立したら、お父様やお母様にばれないように渡して頂戴ね。」
アンシェスター家へと出立する準備をしながら、ミラは世話になった者達への贈り物も準備していた。両親に知られれば必要ないと捨てられそうだったので、全て内密に準備してある。
「はい。かしこまりました。」
「ふふ。あまり良い思いではないのに、どうして寂しいと思うのかしら。」
独り言のように呟かれたその言葉に、リサは、小さな声で、言った。
「お嬢様・・・幸せになって下さいませ。きっと、お嬢様は、このお屋敷にいない方が、幸せになれます。」
「リサ。」
「侍女らも、庭師も、この屋敷に住む使用人は皆、お嬢様の事が大好きです。ですから・・・どうか、どうかお幸せに。」
瞳いっぱいに涙をためながら、そう言ったリサの姿に、ミラは驚いたように目を丸くした。
そして、ミラはそんなリサの姿に胸を押さえて微笑むと言った。
「ありがとう。」
ずっと欲しいと願っていた、両親からの愛はもらえなかった。けれど、自分は誰にも愛されていなかったわけではない。
それはずっとミラも感じていた。だからこそ、ひねくれずに、貴族としての矜持を持ち、成長できた。
侍女は侍女としての役割、庭師は庭師としての役割を果たしてくれていたように、ミラにはミラの貴族としての役割がある。
侍女としては、ミラに伝えた言葉は不敬かもしれない。それでも、ミラにとってリサの言葉は、心から嬉しいものであった。
それは戦場の悪魔と呼ばれる人からの挨拶の手紙であり、中身は変哲のない文面。
けれどそれは明らかに直筆であり、丁寧に書かれていた。
ミラへ届けられる手紙は全てが両親に管理されており、そのほとんどは燃やされ、ミラの手には届かない。けれどさすがにこれから結婚する相手の手紙は両親も燃やすことはできないようだった。
手紙の文面は、挨拶と、迎えに出向けない事への謝罪、そしてこちらを気遣うような言葉でありミラは想像していたよりも、アンシェスター辺境伯がこちらを気遣ってくれている事を感じた。
-婚約破棄された娘だと耳に届いているはずなのに、優しい方なのかもしれないわ。
ミラはそう思うと、少しだけ心が軽くなった。
アンシェスター家へと向かう準備はほぼなされ、後は出立の日を待つだけである。
「少し、庭を散歩しようかしら。」
そう口にすると、幼い頃からミラについている侍女リサは嬉しそうに微笑み頷いた。
「分かりました。すぐにご準備しますね。」
侍女達はアンシェスター家からの手紙を読んだミラが少し元気を取り戻したことに安堵していた。小さな頃からミラを見てきた侍女達からしてみれば、ミラへのこの家の不当な扱いはあからさまであり、優しいミラが傷つくたびに侍女達も心を痛めていた。
けれど、主に意見できるはずもなく、見守る事しかできない。
自分達にできる事と言えば、ミラがこの家を出て幸せになれるように、それまでの間精一杯尽くすことだけなのである。
公爵家の庭はそれはそれは美しく、季節ごとに咲く花々は庭師によって管理されていた。
庭へと出たミラは、美しく咲く花に手を伸ばし、花に触れると小さく呟いた。
「もう、ここを散歩することもないのね。」
ー幼い頃は何度この庭に逃げ込んだだろう。勉強の多さに辛くて、泣いたこともあったな。
思い出してみれば、辛い事や苦しい事が会った時に励ましてくれたのは、この庭の花々だった。花は自分を傷つけず、ただ、風に揺れて癒してくれた。
「リサ。庭師の皆にささやかだけれど、贈り物を準備しているの。私が出立したら、お父様やお母様にばれないように渡して頂戴ね。」
アンシェスター家へと出立する準備をしながら、ミラは世話になった者達への贈り物も準備していた。両親に知られれば必要ないと捨てられそうだったので、全て内密に準備してある。
「はい。かしこまりました。」
「ふふ。あまり良い思いではないのに、どうして寂しいと思うのかしら。」
独り言のように呟かれたその言葉に、リサは、小さな声で、言った。
「お嬢様・・・幸せになって下さいませ。きっと、お嬢様は、このお屋敷にいない方が、幸せになれます。」
「リサ。」
「侍女らも、庭師も、この屋敷に住む使用人は皆、お嬢様の事が大好きです。ですから・・・どうか、どうかお幸せに。」
瞳いっぱいに涙をためながら、そう言ったリサの姿に、ミラは驚いたように目を丸くした。
そして、ミラはそんなリサの姿に胸を押さえて微笑むと言った。
「ありがとう。」
ずっと欲しいと願っていた、両親からの愛はもらえなかった。けれど、自分は誰にも愛されていなかったわけではない。
それはずっとミラも感じていた。だからこそ、ひねくれずに、貴族としての矜持を持ち、成長できた。
侍女は侍女としての役割、庭師は庭師としての役割を果たしてくれていたように、ミラにはミラの貴族としての役割がある。
侍女としては、ミラに伝えた言葉は不敬かもしれない。それでも、ミラにとってリサの言葉は、心から嬉しいものであった。
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