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第五十六話
しおりを挟む馬車からルルドにエスコートされて降りたアマリーは、久しぶりの領地の空気を胸いっぱいに息を吸って吐いた。
「アマリーと一緒にこうしてこれて嬉しい。」
ルルドににこやかにそう言われ、アマリーも笑みを返した。
「はい。私もです。では参りましょうか。」
二人が歩き出した時であった。
屋敷の扉が勢いよく開いたかと思うと、アマリーに向かって一目散にエリックが抱き着いたのである。
「姉さん!!」
「エリック!」
ルルドは突然の事に目を丸くしながらも、自分の婚約者に抱き着く男が弟であろうということは予想が出来て、必死に間に入るのを堪えていた。
すると、ふと、エリックと視線が重なり、エリックがにこりと笑う。
それはもうアマリーの体をしっかりとぎゅっと抱きしめ、それが、うらやましいだろうと言うように、笑ったのである。
その瞬間に、ルルドは悟った。
これは宣戦布告であると。
なのでルルドもアマリーを取り戻そうと手を伸ばそうとするのだが、アマリーも嬉しそうにエリックの頭を撫で、話しかけ始めたので手を引いた。
「エリック!久しぶりねぇ。会いたかったわ。」
「僕もだよ。姉さん。こんなに痩せて、かわいそうに。」
「ふふ。そんなに痩せた?あまり自分じゃ実感ないの。」
「痩せたよ。婚約破棄がきっとショックだったんだね。無理に、すぐに新しく婚約などしなくても良かったのに。」
ルルドの目の前で堂々とそういってのけたエリックは、ルルドを一瞥した。
アマリーはにこやかにほほ笑むと言った。
「そんなにショックだったわけじゃないのよ。それに、その、、、ルルド様と婚約できたことは、、幸運よ。」
ルルドは顔を真っ赤にしながら言うアマリーに、自身も顔をほころばせた。
「アマリー。私の方が幸運だ。」
二人の間に甘い雰囲気が流れた時に、横からアマリーの母が現れてふふふっと笑いながら言った。
「ラブラブね。でも、詳しい話は中に入ってから、こんな所で立ち話などルルド様に失礼よ。」
「お母様!」
「おかえりアマリー。さあ、ルルド様をご案内して?」
「はい。」
いつの間に横にいたのだろうかとルルドもアマリーも内心で驚きながら、ルルドを客間へと案内した。
執事が領地名産の茶葉を使った紅茶を入れると、ルルドは嬉しそうにそれに口をつける。
「良い香りだ。それに、味がとても爽やかで、飲み心地もいい。」
アマリーの母はその言葉ににこりと微笑むと言った。
「良いお味でしょう。」
「はい。挨拶が遅れて申し訳ありません。私は、、」
「ルルド様でしょう?お名前も存じてますし、お家柄も調べさせていただいているので、硬い挨拶はなしで結構ですよ。」
ルルドはその言葉に目を丸くすると、アマリーに視線を移した。
アマリーは苦笑を浮かべた。
「失礼な母で申し訳ありません。」
「いや、それは良いんだが、、、調べた?」
アマリーの母はにこにことほほ笑むと、ルルドに言った。
「私、お友達がたくさんいますの。」
そう言えば、と、ルルドの頭の中でハンスの言葉がよぎる。
アマリーの実家に行くと言ったところ、ハンスに言われたのだ。
「アマリーの母上は相当な人脈を持った人だから、気を抜くなよ。」
言われた時は意味が分からなかったが、そこはかとなくアマリーの母からただならぬものの気配を感じる。
アマリーの母はルルドから視線をアマリーへと移すと、にこにこと笑った。
「それにしてもアマリーはきれいになりましたね。」
「そうですか?あの、自分ではいまいち分からないのですが。」
するとアマリーの母はクスリと笑いを漏らしてルルドを意味深に見つめた。
「外見の事ではありませんよ。恋をして、きれいになったと言っているんです。」
ダン!っと、エリックは机をたたくと引きつった笑みを浮かべながら言った。
「母様、、、、アマリー姉さんに、きれいに咲いた薔薇を見せるんじゃなかったの?」
「あら、エリック、焼きもちやきさんねぇ。はいはい。じゃあ男には男同士の何かがあるようですから、アマリー行きましょうか?」
「え?」
アマリーは視線を泳がせるが、ルルドに促されるように頷かれたので心配げな表情を浮かべながらも立ち上がり母と一緒に部屋から出て行った。
ルルドに向き合うのはポチャッ子子息。
真剣な表情をしようとするルルドだが、アマリーにそっくりなエリックに内心可愛い義弟だなぁと思ってしまっていた。
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