上 下
38 / 41

三十七話 アリシアは黙々と刺繍する

しおりを挟む
 添い寝事件から数日たったアリシアは、現在黙々とセオの執務室にて一人刺繍をひたすらにさしていた。

 しかも今回は超大作であり、ハンカチではなく白いシーツに黙々と刺繍している。

 何故かと言えば、セオが現在棘の魔女と共に他の貴族達も交えて聖国の現状と今後の方針を決めるために会議をしている為である。

 アリシアはセオがいないために現在やらないといけない仕事がないのだ。いや、実際のところはこまごまとした掃除や片付けなどはあったのだが、手際よく終わらせてしまった。

 なのでいつものようにハンカチに刺繍を誘うと思ったのだが、先日の一件以来、眠るのが不安になってしまったのである。

 自分でない者に体を乗っ取られてしまったという経験、そして夢の中に出てきた女性と、ローゼン。

 今まで経験したことのない程の不安な感覚に、アリシアは一人では眠れなくなり、それをすぐにセオに気付かれたのだ。

「アリシア。正直に言いなさい。眠れないのか?」

 その言葉にアリシアはいつものように無表情のまま乗り切ろうとは思ったのだけれど、結局は目の下に作られた隈が証拠となって、眠れていないことがばれてしまったのだ。

 するとセオは毎晩アリシアを自分の自室に呼び、とんとんするようになった。

 心臓が飛び出そうなほど緊張するというのに、セオの横でトントンされると一瞬で夢の中へと落ちてしまうのである。

 正直よく眠れ過ぎて、朝いつもよりも早く目覚める。その為、朝一番はセオの美しいご尊顔を眺めることがここ最近の日課になってしまった。

 それをアリシアは思いだし、シーツに顔を埋めるとうめき声をあげた。

「だめだわ。このままでは、城の皆にもいつばれるか……いえ、きっとばれているのでしょうね。そのうえで見守られているのでしょうね……知りたくない現実から逃れるのはやめましょう」

 顔をあげてアリシアはそう呟くと、嫁に行く当てもないので、このまま一生セオの侍女として暮らしていくのでもいいかとため息をついた。

 ただ、現状いつまでもセオに添い寝をしてもらうわけにはいかず、打開する方法を模索した結果、刺繍をしたシーツに包まれて寝たら、悪い夢も見ない気がしたのである。

 ただ、気がするというだけで、そうなる保証はどこにもない。

 セオには今日の会議は長いので、日中は休んでもいいと言われていた。なので、こうやってシーツに黙々と刺繍しているのだ。

「うまくいくかしら」

 そう呟いた時であった。部屋にうねうねとした影を見た気がしてアリシアは立ち上がると勢いよく近くに置いていた箒でそれを叩いた。

「てぇぇぇい!」

 虫か何かだとアリシアは思ったのである。

「ぐぇえ」

 けれどそれは、虫ではなく、一匹の蛇であった。

 アリシアと、蛇の目が合う。

「ひゃぁぁぁぁぁぁ!」

「うぇぇぇぇぇ!?」

 二つの悲鳴が部屋に響き渡った。





 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈 
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!

Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜! 【第2章スタート】【第1章完結約30万字】 王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。 主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。 それは、54歳主婦の記憶だった。 その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。 異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。 領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。             1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します! 2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ  恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。  <<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~

ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】 転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。 侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。 婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。 目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。 卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。 ○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。 ○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。

処理中です...