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四話 呪い
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黒いこびりつきのある花瓶を奪われたアリシアは、呆然としたのちにさっと立ち上がると美しく礼をする。
「お帰りなさいませ。」
何故花瓶が奪われたのかは分からないが、主が帰ってきたのだから挨拶はしなければならない。
そう思い頭を下げたのだが、聞こえてきたのは溜め息であった。
「はぁ・・気分など、悪くはないか?」
突然の質問に、アリシアは少し思案すると首を横に振った。
「体調に問題はございません。何か、不備があったのでしょうか?」
何かしら自分がミスをしたのかとアリシアは疑問に思い尋ねると、セオは首を横に振り、指でこめかみをこつこつと叩いて考え事を始めると、じっとアリシアを見つめてくる。
無言の見つめあいである。
侍女が勝手にその場を離れるわけにもいかず、アリシアは仕方がないとセオの顔をじっと見つめていた。
真っ赤な赤い瞳がとても美しい。あんな瞳の色に産まれていれば自分も何かしら変わっていたのだろうかと考えてみるものの、物語のモブには最初から無理だと頭の中で結論付ける。
王位を継承してからしばらくした後にセオは呪いの力が強まっていき、最終的に魔女に頼ってしまうと小説の中にあったが、今の所セオは元気な様子である。それまでの間に出来るならば素敵な恋を見つけてほしい。
この呪いは実の所、心から愛し、頼れるものが傍にいれば本来ならば打ち消せるほどのものなのだと、魔女は後に語っていた。ならばセオには絶対にそうした相手を見つけなければならない。
どうすればいいものかと考えていると、セオの眉間にしわが寄った。
「俺は君と睨み合いがしたいわけではない。」
「では、何をすればいいのでしょうか。」
その問いに対し、セオはさらに眉間のシワを深くすると、花瓶を指差した。
「君は何故この花瓶を磨く?」
「汚れているからです。」
「なるほど。どんな汚れだ?」
「黒いすすのようなものです。最近まっくろくろすけでもいるのか、すすが付きやすいようですので、こまめに掃除しております。」
「・・・まっくろくろすけとは何だ。」
この世界にはまっくろくろすけはいないのだなと思いながら、何と答えたらいいのか考えて、素直に答えた。
「申し訳ありません。幼い頃に聞いた物語に出てくるお化けの事です。冗談のつもりでした。」
「冗談か。」
感情の起伏の乏しい会話に、アリシアは外面と自分の心の中の感情の落差を感じていた。転生してからの人生ではそこまで感情の起伏がある方では無かった為、表情に出にくい。
ただ、内心は大騒ぎである。
-あぁもう!冗談何て鼻で笑われすらもしないって分かっていたのに。でもこの雰囲気は何なのかしら。リリィ達と別れてからすでに四か月以上が経っているはずだけれど呪われている様子がない事も気になるし。
「つまらない事を申しました。」
「いや、いい。黒いすすを拭いたのは今回が初めてではないのだな?」
「はい。このお部屋を任されてからは毎日拭いております。陛下は理由をご存じで?」
「・・まぁ。とにかく、これについては誰にも言わないように。」
「かしこまりました。では、掃除に戻ってもよろしいですか?」
「・・あと一点。」
「まだ……何か?」
今までこれほどまでにセオとお喋りしたことがあっただろうか。いやない。アリシアは心の中でセオの素敵な声を聴けることに歓喜しながら言葉を待つ。
セオはポケットからハンカチを取り出すと言った。
「これを刺繍したのは、アリシアで間違いないな?」
まさかここで刺繍の話が出てくるとは思わず、解雇されるのだろうかと動揺してしまう。
「はい。申し訳ありません。つい・・陛下のことを考えながら刺繍していたところ、手が止まらなくなりやりすぎてしまいました。決して邪な感情ではありません。ただ、陛下のこれからの幸福を願うと、止まらなくて。申し訳ありません。」
頭を深々と下げると、セオの手がアリシアの肩に触れた。
「怒ってはいない。ただ、あまりに見事だったのでな。ありがとう。」
何か他に言いたい事があったのではないかというような間であったが、解雇されないという事にほっと胸をなでおろす。
「もったいないお言葉でございます。では、仕事に戻ってもよろしいでしょうか。」
「あぁ。」
アリシアは花瓶をセオから受け取ると、それを磨き、そして他の黒い汚れも落として言ったのだが、その後ずっとセオが見てくるものだから、非常にやりにくかった。
-どうせなら、見られるよりも見たいのに。残念だ。
そんなことをアリシアは思っていた。
「お帰りなさいませ。」
何故花瓶が奪われたのかは分からないが、主が帰ってきたのだから挨拶はしなければならない。
そう思い頭を下げたのだが、聞こえてきたのは溜め息であった。
「はぁ・・気分など、悪くはないか?」
突然の質問に、アリシアは少し思案すると首を横に振った。
「体調に問題はございません。何か、不備があったのでしょうか?」
何かしら自分がミスをしたのかとアリシアは疑問に思い尋ねると、セオは首を横に振り、指でこめかみをこつこつと叩いて考え事を始めると、じっとアリシアを見つめてくる。
無言の見つめあいである。
侍女が勝手にその場を離れるわけにもいかず、アリシアは仕方がないとセオの顔をじっと見つめていた。
真っ赤な赤い瞳がとても美しい。あんな瞳の色に産まれていれば自分も何かしら変わっていたのだろうかと考えてみるものの、物語のモブには最初から無理だと頭の中で結論付ける。
王位を継承してからしばらくした後にセオは呪いの力が強まっていき、最終的に魔女に頼ってしまうと小説の中にあったが、今の所セオは元気な様子である。それまでの間に出来るならば素敵な恋を見つけてほしい。
この呪いは実の所、心から愛し、頼れるものが傍にいれば本来ならば打ち消せるほどのものなのだと、魔女は後に語っていた。ならばセオには絶対にそうした相手を見つけなければならない。
どうすればいいものかと考えていると、セオの眉間にしわが寄った。
「俺は君と睨み合いがしたいわけではない。」
「では、何をすればいいのでしょうか。」
その問いに対し、セオはさらに眉間のシワを深くすると、花瓶を指差した。
「君は何故この花瓶を磨く?」
「汚れているからです。」
「なるほど。どんな汚れだ?」
「黒いすすのようなものです。最近まっくろくろすけでもいるのか、すすが付きやすいようですので、こまめに掃除しております。」
「・・・まっくろくろすけとは何だ。」
この世界にはまっくろくろすけはいないのだなと思いながら、何と答えたらいいのか考えて、素直に答えた。
「申し訳ありません。幼い頃に聞いた物語に出てくるお化けの事です。冗談のつもりでした。」
「冗談か。」
感情の起伏の乏しい会話に、アリシアは外面と自分の心の中の感情の落差を感じていた。転生してからの人生ではそこまで感情の起伏がある方では無かった為、表情に出にくい。
ただ、内心は大騒ぎである。
-あぁもう!冗談何て鼻で笑われすらもしないって分かっていたのに。でもこの雰囲気は何なのかしら。リリィ達と別れてからすでに四か月以上が経っているはずだけれど呪われている様子がない事も気になるし。
「つまらない事を申しました。」
「いや、いい。黒いすすを拭いたのは今回が初めてではないのだな?」
「はい。このお部屋を任されてからは毎日拭いております。陛下は理由をご存じで?」
「・・まぁ。とにかく、これについては誰にも言わないように。」
「かしこまりました。では、掃除に戻ってもよろしいですか?」
「・・あと一点。」
「まだ……何か?」
今までこれほどまでにセオとお喋りしたことがあっただろうか。いやない。アリシアは心の中でセオの素敵な声を聴けることに歓喜しながら言葉を待つ。
セオはポケットからハンカチを取り出すと言った。
「これを刺繍したのは、アリシアで間違いないな?」
まさかここで刺繍の話が出てくるとは思わず、解雇されるのだろうかと動揺してしまう。
「はい。申し訳ありません。つい・・陛下のことを考えながら刺繍していたところ、手が止まらなくなりやりすぎてしまいました。決して邪な感情ではありません。ただ、陛下のこれからの幸福を願うと、止まらなくて。申し訳ありません。」
頭を深々と下げると、セオの手がアリシアの肩に触れた。
「怒ってはいない。ただ、あまりに見事だったのでな。ありがとう。」
何か他に言いたい事があったのではないかというような間であったが、解雇されないという事にほっと胸をなでおろす。
「もったいないお言葉でございます。では、仕事に戻ってもよろしいでしょうか。」
「あぁ。」
アリシアは花瓶をセオから受け取ると、それを磨き、そして他の黒い汚れも落として言ったのだが、その後ずっとセオが見てくるものだから、非常にやりにくかった。
-どうせなら、見られるよりも見たいのに。残念だ。
そんなことをアリシアは思っていた。
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