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二話 侍女アリシア

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 春先の朝は、まだ空気が冷たく、目を覚ます時間はまだ冷えているために布団から出るのが苦痛に感じられる。それでも、侍女としての朝は早い。

 私は大きく伸びをすると、顔を洗い、白と紺色をベースとした侍女の制服へと袖を通し、準備を始める。

 朝一番の私の仕事は、温かなお湯と着替え、タオル、靴を準備してセオの部屋でお世話をするところから始まる。

 栗色の髪と瞳の、どこにでもいる地味な顔立ちの私は、伯爵家の三女であり、王宮に勤め始めてからすでに三年が経っていた。

 伯爵家には兄が二人と姉が二人。裕福ではあったが、帝王家に侍女として使えれば結婚時にも箔がつくとして私は十三歳の時から侍女として働いている。

 今年十六となり、そろそろ結婚の話も出てくるようになったのだが、そんな時に帝王が崩御したことによりセオの帰国が決まり、帝王へと即位された。

 帝国としては早々にセオに結婚してほしい様子だがそれをセオが拒否した為、少しでも可能性が出るようにと同じ年頃の伯爵家以上娘を侍女としてつけたのである。

 ただしこれにセオは怒りを露わにし、現在、セオに色目を使った侍女は全員拒否され家へと戻された。その分私アリシアの仕事が増えたのである。

 カートを押しながらセオの部屋へと到着すると、私は小さく部屋をノックし、中へと頭を下げてから入る。

「朝の準備に参りました。失礼いたします。」

「・・・もう・・朝か。」

 不機嫌そうに目を細め、ベッドから体を起こしたセオの横にカートを持って行くと、机の上にぬるま湯の入った桶を置き、その横にタオルを置く。

「おはようございますセオ様。朝のお手伝いをさせていただきますアリシアでございます。」

 そう言って頭を下げると、セオはアリシアを一瞥してから顔を洗い、タオルで拭くと呟いた。

「・・・お前以外、すでに侍女は廃した。毎日自己紹介をしなくてもよい。」

「はい。かしこまりました。」

 物語に出てくるセオは冷ややかな男であったがリリィに向ける視線は優しく、ヒロインだけが彼の世界で特別であった。

 私はそれを知っているので、見た目普通な自分になど興味すら示さないだろうと冷たい物言いも気にならない。むしろ、前世の記憶を思い出して以来、一番傍で見守れるのは役得ではと思いを改めるようになった。

 着替えの手伝いをするときなど、冷静な顔をしてはいても、心の中で役得に歓喜の舞を踊っている。

 シャツから覗く美しい筋肉。そう、セオはヒーローであるレクスよりも体格はがっしりとしており、細く見えてもかなり鍛え上げられているのである。

 眼福である。

 そんな事を想いながらも、侍女としては手際翌朝の支度を手伝い、そして髪まで整え、いつものようにハンカチを手渡す。

 すると、いつもは受け取ってからすぐに部屋を出て行くセオが、動きを止めると、顔を上げアリシアを見つめた。

「・・ハンカチに帝国の紋様を刺繍してくれ。」

「は?」

 思わず首を傾げそうになるが、慌てて頭を下げた。

「かしこまりました。」

「あぁ。では、行ってくる。」

 突然、何故刺繍などと言い始めたのだろうかと困惑したが、セオが部屋を出て行ってしばらく考えてからアリシアは気が付いた。

 公務で視察などに行く際、最近令嬢らが出会う機会を設けようとその場に来ている事があるらしい。そうした時に、刺繍入りのハンカチを見せれば、セオにすでに思い会う相手がいるのだと令嬢達に思わせることが出来るだろう。

 この国では恋人からもらった刺繍入りのハンカチは幸せをもたらすとされている。それ故に恋人がいる者は刺繍入りを、いない者は無地を使う事が多い。

 令嬢たちはそれでフリーの令息を見極めている節がある。

 皇帝が崩御してからしばらく経ち、落ち着いてきてはいてもセオの忙しさは変わらない。また、そんな中でリリィの事を忘れることも出来ないだろう。

 しばらくの間は女性を遠ざたくなる気持ちも分かる。

 傷心期間が終わった後には素晴らしい令嬢と出会えますようにと願いを込めて、アリシアはハンカチに刺繍を刺そうと心に決める。

 そうとなれば美しい糸が必要である。

 アリシアは王家専属の御針子のいる部屋へといそいそと向かうと、顔なじみの御針子たちへと声をかける。

「陛下より、ハンカチの刺繍を頼まれましたので、刺繍糸を頂いてもよろしいですか?」

 すると、御針子達が一斉に顔を勢いよくあげた。

「やっぱり!陛下はアリシア様に好意を抱いていらっしゃるのね!?」

 その言葉に、御針子達は黄色い声を上げ始めるが、アリシアはぴしゃりと言い放つ。

「陛下のお心の平穏の為に必要な、女性避けの刺繍入りハンカチです。そうした関係ではございません。」

 はっきりと告げられた言葉に、御針子達はがっくりと肩を落とす。

「そうですか・・とにかく、刺繍糸はこちらから自由にお選びください。」

「ありがとうございます。」

 噂好きの御針子達に誤解されれば、なんだかんだと外側から囲まれてしまいそうなのではっきりと告げておく。周りの勝手によって自分などを差し出されても、セオが困るだけである。

 セオにとって自分はアウトオブ眼中。そんなこと自分が一番よく分かっている。だからこそ、セオが幸せになれる相手を絶対に見つけてやると意気込んでいるのだ。

 刺繍糸を選び、御針子達に頭を下げてからアリシアは部屋を出て行った。

 その後御針子達は大興奮である。

「アリシア様今日もはっきりとされている所、かっこよかったわねぇ。」

「えぇ!他のご令嬢方が陛下に媚を売っている時にもしっかりと仕事をこなされる姿、何と言っても陛下にこびない姿。しびれるわぁ。」

「わかるわかるー!」

 真面目に仕事を丁寧にこなすアリシアは、あまり融通の利く方ではない。けれども、誰も見ていないような仕事にすら気づき、”ありがとう”と言ってくれる素敵な人である。

 そんなアリシアは王宮勤めの使用人からは本人が知らないだけでかなりの人気者である。

「陛下とアリシア様がうまくいけばいいのにねぇ~。」

「確かにー!」

 本人たちの知らない所で応援されている二人である。
 





 
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