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 リナリーの秘密の時間の終わり16

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 冷たい、冷たい何かが、恐ろしさと絶望を感じさせる何かが空気を一瞬で満たした。



 胸が苦しい。



 息が出来ない。



 カールは胸を抑えると喘ぐように肩を上下させている。

 目の前の男は、肩を抱き、白い息を吐いて寒さに耐えている様子である。



 リナリーは息苦しさを感じながらも、何故か暖かさも感じた。



「シバ、、、様?」



「く、、、、っそ。」



 男はカールの事を乱暴に掴んだ。



 その時であった。



「リナリー。見つけた。」



 後ろから暖かな温もりに抱き締められる。



「シ、、、、、、シバ様?」



「探した。」



「あ、、、あの。ごめんなさい。」



 シバはリナリーの肩に顔をうずめ、息を吐いた。

 首筋にかかる息がくすぐったくて体をリナリーはよじったが、シバはそれを抑えるように抱き締める。



「し、、シバ様。カールが!」



 男に押さえ付けられるカールをリナリーは心配し、助けを求めるようにそう言ったのだが、返ってきた言葉は思いがけないものであった。



「愁傷なフリはもう止めとけ。ここまででいい。」



「はぁ、、、、もぅ。勝手だなぁ。兄様は。」



 カールは顔をむくりと上げると、男の腕を下に引くと一気に男を床に叩きつけた。



「なっ!」



 男は受け身をとってどうにか起きたがると、眉間にシワを寄せこちらを睨みつける。



「どういう事だ。」



 カールは大きなため息をついた。



「考えればわかるでしょう。僕は囮。兄様の結婚の儀の前に危険要素を一斉排除の予定だったんだ。思わぬ大物も釣れてビックリだけどね。まさか、魔族貴族の中でも名高いエルリオット公爵のご子息が一枚かんでいるとはね。」



 悪びれた様子もなくそう言った姿にリナリーは驚いた。



 そして、そういう事なのであれば、自分はなんと愚かなお邪魔虫だろうか。



「あ、、、あの。シバ様、私、、、ごめんなさい。そうとは知らず、邪魔ばかりですわね。」

 リナリーは申し訳なさでいっぱいになった。だが、シバは優しげな笑みをリナリーに向けると首を横に振った。



「いいんだ。どちらかというと、巻き込んだカールが悪い。」

「ちょっと!なんで僕のせいなんだよ。兄様がはじめに僕の鍛錬の相手が自分の結婚相手だって教えてくれたら良かったんじゃないか!」

「考えたら分かることだろう。」

「、、、、リナリーの事を僕は男だと勘違いしていたんだよ。しかも、兄様が名前すら僕には教えてくれなかったんじゃないか。」



 知らなかった衝撃の事実に、リナリーは思わず自分の胸を抑えた。ベストで隠れて入るが、胸は普通サイズくらいはある。



「リナリーって名前で分かってくださいませ!」

「女が剣技をするっていう概念がなかったんだ!はぁ、、、けどごめん。考えれば分かる事だったよ。」



 初めて出来た友達のような相手に浮かれて考えられていなかったと正直には言えないカールであった。



「いえ。」



 リナリーは口調だって別に変えていなかったのにと、自分は女らしくなかったのだなとショックをうけた。




「無駄話はそれくらいにしていただきたい。」



 エルリオット公爵が嫡子モリドエル・エルリオットは剣を構えこちらに向けていた。

 その後ろにはいつ集まったのか、怪しげな仮面をつけた集団が剣を構えている。



「覚悟をもって俺もここにいるんですよ。」

「ほう。どんな?他の貴族らを陰ながら焚き付け、カールを攫い、何をする?」



「それは。」



「どうやら、カール様を担ぎ上げてクーデターを目論んでいたようです。主に魔力の少ないもの、魔力をもっていない者たちが集まり、拠点が六ケ所。まぁ、全て潰して回って参りましたが。」



「ご苦労。」

「いえ。」



 そう言い、突如その場に現れたのはロデリックであった。どうやら裏で指揮をとっていたらしく疲れたとでも言いたげに片手で肩をもんでいる。



 モリドエルは顔を青ざめさせた。

 だが、急に気が狂ったように叫び始めた。



「カール様!どうかこちらについてください。貴方はこちら側の人のはずだ!魔力を持たない初めての王族よ!」



 その言葉にリナリーは首を傾げた。



「何を言っていますの?魔力をもっていないから魔族側がいづらいと言うなら、人間の国にこっそり行ってしまえばいいのに。私にはこれっぽっちも魔力なんてありませんわよ?クーデターを起こすよりも安全かつ楽ではありませんか。」



 その言葉に、その場がしんと静まり返った。



 カールは口元を抑え、喉の奥で笑いを堪えようとしたが堪えきれず、笑い声がをもらした。



「ははっ!たしかに違いない。こうして姉上が嫁いで来て下さった事で、以前よりも行き来もしやすくなりそうですしね!」



 姉上と呼ばれ、リナリーは心が暖かくなるのを感じた。



 モリドエルは顔を赤くし、怒りを顕にすると仮面の者たちと共に襲いかかってきた。



 カールは襲いかかってきた相手を避け、しゃがんで足元を払うと倒し、剣を奪い敵をなぎ倒していく。



 ロデリックもさすがの身のこなしで、剣を構えると淡々と目の前の相手の急所ばかりを狙い効率的に倒していく。



 シバはリナリーのレイピアを魔法で出し手渡すとニヤリと笑っていった。



「俺のお姫様は秘密で鍛錬をするほど暴れたりないらしいからな。怪我をしないように暴れてくれ。」

 そう言われ、リナリーは自分の秘密は全く秘密ではなかったのだと、眉間に皺を寄せた。

「分かっていたなら言ってくだされば良かったのに。意地悪ですわ。」

「意地悪なのはリナリーだ。秘密をもって、俺の心を惑わせる。」

「そんな事ありませんわ!」

 そう言った所でお互いに背を預けると剣を構え敵を倒す。どうやら人ではなく魔道式の人形のようですぐに崩れ落ちた。

「そんな事ではない。俺がどれだけモンモンとした日々を送ったか!」

 人形を蹴り倒し、手足を壊す。

「だって、女性が剣を持たないだなんて知りませんでしたもの!それをしたいなんて、はしたなくて言えませんわ!」

 ひらりと人形の剣のを交わすと足で人形を倒し斬りつける。

「言ってくれたら俺が相手をした!」

 飛び上がり上から襲いかかってくる人形の腹部を殴りつけて倒す。

「だから恥ずかしかったのです!、、好きな人には、、、、よく見せたいでは、、、ないですか。」

 最後の一体を斬りつけた。

「好きな、、、人。、、、、リナリー。」

「、、、シバ様。」



 二人は、壊れた人形の山の中心で手を取り合って見つめ合っている。

 甘い雰囲気が辺りを包んだ。



 カールとロデリックはモリドエルを取り押さえながら、冷めた目でそれを見つめた。
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