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十話 一人の時間

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 一人になると、考えてしまう。

 嫌なことを思い出してしまう。

 だから、ライカは一人の時間は考えなくてすむように刺繍に没頭したり、トーランド一家の持つ鉱山について勉強したりする。

 そうして何かに没頭していれば、思い出さないですむから。

 それなのに、不意に、何かをきっかけに、姉の言葉が、ショーンに欲の対象とされたことが、父に叩かれたことが甦る。

 ぞわりと身の毛がよだつ感覚に、思わず口が勝手に言葉を紡ぐ。

「死にたい」

 そしてパッとその口を両手で塞ぐのだ。

 誰にも聞かれていないか回りをちらりと見回して、誰にもばれていないことにほっとする。

 このままではダメだと思うのに、止められない。

 ロザリーは私の気持ちを知っていながらそれを無視していた。

 仲がいいと思っていたから余計に辛かった。

 ショーンは、自分のことを口では妹だといっていたくせに、姉で欲求が満たせなかったばかりに、性的な欲求を自分に向けてきた。

 ロザリーのことばかり私に相談してきたというのに。

 両親は、私の言葉など信じてもくれなかった。

 諦めろ。

 これがライカの定めなのだ。

 恨んでも仕方がないだろう。

 そう自分に言い聞かせようとする度に、耳元でもう一人の自分がささやく。

 ライカの気持ちを踏みにじられたのに、それでも自分が折れるべきなのか?

 それではライカの恋心も、姉を慕う心も、家族を大切にしてきたこれまでの人生もなんだったのか。

「バカだなぁ。私。結局考えてる」

 考えたくないのに、気づけば考えている。

「姉さん。私のこと嫌いだったのかな」

 幼い頃から、姉のことを両親はよく褒めていた。

 女の子らしくて、真面目で。
 
 ライカもそんな姉が大好きだったのだけれど、いつの間にか自分は嫌われていたのかもしれないと思うと、胸がずくりと痛む。

「私が、ショーン様のことを好きになってしまったのが悪いのよ」

 そうでなかったら、きっと違った。

 けれど、止められなかった。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 罪悪感が胸を渦巻く。

 自分は悪くない。

 いや、自分が悪い。

 自分の気持ちすらどろどろで、涙がただ溢れてくるのだ。

 その時、部屋をノックする音が聞こえた。

 涙を拭い、どうにか返事をするとヴィクターが姿を表し、そしてライカが泣いていたことに気づくと、傍にきて、ライカの手を握った。

「一人にするべきではなかった。ライカ嬢。大丈夫か?」

 優しい人だ。

 心を病んでいるような自分など捨て置けばいいのに、向き合ってくれる。

 ライカは、ヴィクターの手を握り返した。

「ごめんなさい。貴方に迷惑をかけてばかりで」

 その言葉に、ヴィクターは苦笑を浮かべた。

「男ってのは、妻になる人のことを大切にする生き物なんだ。だから、俺にだけはいつでも、どこまでも頼ってくれていい。甘えてくれたらさらに嬉しい」

 にやっと笑うヴィクターの姿に、ライカは肩の力が抜けた。

 嘘などない、真っ直ぐな言葉に思えた。

 すっと心の中にヴィクターの言葉は浸透し、そして少しかっこつけたような言葉と表情に、先ほどまでの暗い感情が消えていく。

 くすっと笑ってしまった。

 おかしな人。

 本当に優しすぎて、おかしな人なのだ。

 すると、ヴィクターが驚いたように目を見開く。

「笑った」

「え?」

 ヴィクターはライカを抱き締めると、そのまま抱き上げてくるくると回しながら声をあげた。

「笑った! ライカ。君は笑顔のほうが似合うな!」

「きゃっ! ヴィクター様! こ、怖いです!」

「あぁ。すまない。つい」

 ヴィクターは、ライカの頭を優しく撫でた。

「ゆっくりでいいから。俺はいつまででも待てる」

 その言葉が、ライカには素直に嬉しかった。



 
 
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